第48話 次女ジーコのマッサージ


 王女とのお茶会という異世界っぽいイベントを消化した次の日、俺は歌舞奏対抗戦参謀の役割を全うするために、校内予選の戦いを見ていた。



 ♪〔夜空に掲げた剣先に 刺突に思いを乗せ〕


 ♪〔遠く遠く見上げた 雲の行先は過去か未来か〕



 今は高響二年生の女生徒と高響三年生の女生徒が戦っていた。一人は響力を風に変えて様々な攻撃をクリアしているのに対し、もう一人は剣と自身を強化して風を薙ぎ払っていた。


 高響ともなれば、流石にある程度は歌えているようだな。しかし、俺がこの二人を代表に選ぶかと言われると難しい話だな。


 参謀である俺は代表のメンバーを選別できる権利がある。というかそれが主な仕事だ。単純な強さだけではない、俺が面白いと思える才能を俺が見つけて国内戦までに仕上げる。


 ゆくゆくは俺が選んだメンバーで構成された部隊を作り、ミュートに対抗するための組織を形成する。そのために今回参謀として参加することを決めた。


 歌舞奏対抗戦を勝ち進むだけでなく、その先まで一緒に戦ってくれる仲間を集めるという視点で選ぶつもりだ。




「お兄様、調子はどう?」




 背後から耳だけではなく全身を、空間を、世界を優しく包容する声が聞こえた。



「やぁジーコ。まぁぼちぼちってところかな」


「そ、あまり無理しすぎないでよ」



 そのままジーコが俺の隣に座ろうとしたので、俺は咄嗟に亜空間から布のシートを取り出してお尻の下に敷いた。


「朝から授業にも出ないでずっと見てるんでしょ?」


「そうだね。参謀がこんなに大変だとは思わなかったよ」


「帰ったらマッサージでもしてあげるわよ……」



 ま……ま? ままままま?




 マッサージ……だと!?




 あれは確か思春期の兄妹の日常を描いたアニメ「兄貴になんて絶対ありがとうはいわねぇ」通称あぜあいの第十話、十八分四十一秒で起こった奇跡のシーン!! 感謝の気持ちを言葉にできない妹の麻里香ちゃんが言った、「いいから! 横に……なれよ……」のシーンを再現するというのか!?



 そんな、妹の柔らかい手にのった全体重が俺の体の一部に乗せられてしまったら……




 世界が、ぶち壊れる——



 だがこの機会を逃したら絶対に叶わないかもしれない……どうする、どうする!!



「ねぇ……また変なこと考えてるでしょ」



「か、考えてないやい!!」



「やいって……プッ! やいって何よ!!」



 お腹を両手で抱えて笑うジーコ。尊い。尊いを通り越して尊い。大尊いだ。

 ジーコの笑顔をみるだけでこんなにも穏やかに気持ちになるのは何故だろうか。そうか、俺のハートは既にジーコにクラッチされてホールドされているだけだ。



「もう! 急に変なこと言わないでよ!!」


「ごめんって! 口が勝手に……」


「はぁ〜久しぶりにこんなに笑った! お腹痛い……」



 こんなに可愛い存在が……存在して存在を存在してしまっていいのか? 膨大な後悔も広大な航海も壮大で爽快が兄弟だろ。



「そうだジーコ、そのときでいいんだけど一つお願いをしてもいいかな?」


「お願い? 珍しいわねお兄様がお願いなんて」


 せっかくの機会だし、昨日話していたイクスの鎧についてジーコに話しておこう。





 ————————————————




「あっ……」


「ふんっ」


「あぁ……」


「ふっ!」


「そ、そこぉ!」


「ちょっと変な声出さないでよ!!」


 怒られた。声を抑えるなんて無理だろ!!



 帰宅してみんなでご飯を食べ終え、自室で明日の対抗戦の組み合わせ資料を見ていたときにジーコが部屋を訪ねてきた。


 昼間に言っていた通り、どうやら俺のマッサージをしに来てくれたようだ。夢を……叶える時が来たのだと思った。



 自分のベッドの上でうつ伏せになり、ジーコは俺の背中に跨って——跨って!?——肩甲骨のあたりを揉みほぐしてくれている。



「ごめん……あまりにも気持ちよくて……」


「その割にあまり凝ってるようには感じないけど……」


「うん、疲れたら回復してるからね」


「……それじゃ何のためにマッサージしてるのよ!!」



 ジーコに肩を鷲掴みにされる。あ、効くぅ……



「それで、昼間話してたお願いってのは何よ」


 ジーコは俺の足を向くように跨る——跨る!?——体勢を変え、今度は腰の辺りを揉みながら話しかけてくれた。


「ジーコに、お願い、したかったのは、イクスの、鎧の、ことで」


「鎧? あ〜あまり付けてるのは見たことがなかったけど、歌舞奏対抗戦は鎧で出ていたわね」


「そうそう、イクスは、一人で、出るみたいだから、鎧を、新調して、あげたくて」


「なるほどね。でもそれと私のお願いにどう繋がるのよ」


「イクスの、鎧をさ、自分で、作ろうと、思ったんだけど、ジーコに、見た目の、アイデアを、聞こうと、思って」



 そこまで話したジーコが、俺の腰を揉むのをやめ、隣にちょこんと座った。



「途切れ途切れで聞き取り辛いわよ」



 そりゃ……妹に揉まれてますから……ね。



「とにかく、話は大体理解したわ! でも鎧なんて作ったことないわよ?」


「鎧といっても、性能が鎧なら見た目が服でもいいでしょ?」


「え、それって鎧として成り立つの?」


「ジーコ……物にはね、奏法陣を組み込めるんだよ?」


「……ちょっと待って、聞いたことが無いわ」


 いや流石に知っているはずだ。俺が開発したマイクもそうだし、同じ要領でスピーカーやレコードも生み出した。ハーピの響力を制御しているのもハーピに奏法を付与したからだ。


「そっか……まだ今日学校で教えられレベルじゃ無かったか」


「楽聖様の常識ってわけね……とりあえずその言葉は信じるわ。それで服を鎧に出来るのはいいとして、どんなのが作りたいのよ」


 どんなのってそれはもちろん——


「飛び切りに可愛いのを」


「……乗ったわ」


 ジーコが目を鋭くさせ、俺に向かって手を差し伸べてきた。その姿が物語っている。『お前、わかってるじゃねぇか』へへっ、ありがとうございます親方。



「デザインは任せて。イクスにぴったりの衣装にしてみせるわ。素材は任せてもいいの? 鎧の機能を兼ね備えてるならある程度強度があるものがいいと思うけど……」


「任せて。王都で手に入る最高のものに響力と奏法陣を織り交ぜてすごいのを準備するよ」


「いいわね……あと大事なことは」


「あれしかないね」


「あら、お兄様。いつになく勘が鋭いじゃない」


 ジーコと目があった。それは必然だったのかもしれない。二人の中でせーのという合図はいらない。俺たちが思ってることはいつも一緒だ。



 何故なら俺達は兄妹だから——



「配色ね!!」「採寸だね!!」



 あれ……



 二人の間に、冷たい風が吹いた気がした。



「お兄様? 誰の、何の、どこを測りたいの?」


「いや、あはは、冗談だって」



 ジーコの表情は笑顔だ。だが、目の奥が笑っていない。



「悪かったわね〜私じゃイクスの代わりに採寸出来ないものねぇ。ウドだったら出来たかしら? ハハハッ。誰がまな板よこのヤロー!!」



 言ってないです言ってないです!! 落ち着いてくださいジーコさん!!






 この日は陽が世界を照らす直前まで、ジーコの有難い愚痴を聞かせて頂いた。


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