第47話 長女イクスのおねだり
「ってことがあったんだよね~」
「そうですっかっ!!」
「イクスはどう思う?」
「私はっ! 色恋にはっ! 疎いのでっ!」
「そっかそっか〜」
「ここだっ!!」
イクスが訓練用生み出した木剣で俺の腹部目掛けて横薙ぎを放つ。
「おっ、今のは悪くないよ! 俺じゃなかったらやられてたかも」
「ということは、強者には通じないということですね」
イクスは打ち込んだ木剣を引き、数歩離れた位置で剣を振って納刀する動作をした。鞘がないことに気付いて少し顔が赤くなるイクス。可愛い。
「意図的に生み出した隙に釣られずに、そこで生じた隙を突くのはいい考えだと思う。でも、相手もそこに隙が生じてるのは理解してるから警戒はしてるだろうね。だから意識の外にある攻撃をしなきゃいけないんだよね」
「なるほど……まだまだ掌の上で踊らされてるということですね」
王女とのお茶会を終えた俺は、妹達の訓練を見るために実習室を訪れた。
しかし全体の訓練は既に終わっていたらしく、イクスが一人残って訓練をしていたので少し模擬戦をすることになった。
「でも仕上がりはいい状態じゃない? 歌武奏対抗戦も楽しみだね」
「はい。今回個人で出場するのは私だけですので、恥にならぬ様に全力を尽くします」
今年の歌舞奏対抗戦は、イクス以外は個人での出場をしないらしい。妹達だけの特別な歌舞法を習得するのが大変だったからな。その上で個人の鍛錬を積んでいるイクスは、最高で最強といっても過言じゃない。むしろ足りないくらいだ。
ただ、そのことを自分の我儘だと思っている節があるらしく、全体での訓練に差し支えはないようにしますと常々口にしていた。
出来れば俺もイクスを個人戦に注力させて上げたいが、この歌舞法によるノネットシンクロは文字通り妹達の命に直結する重要な力だ。この力が本当の意味で使えれば黒マントの男が現れても一方的にやられるということはず。
その分イクスに負担を掛けてしまっている。申し訳ないな……何かイクスが欲しい物とかをプレゼントとかしてあげたいが……
もちろん決してやましい感情なんてない。イクスに似合うネックレスをプレゼントして身に付けてくれたら超跳べるとか考えていない。考えてない!!
「少し座って話そうか」
「はい。お隣失礼しますね」
イクスが俺が腰掛けた隣に腰掛けようとしたので、俺は咄嗟に亜空間から布のシートを取り出してお尻の下に敷いた。女神のお召し物を汚すわけにはいかないからな。
さりげなくやったつもりだったが、気配に敏感にイクスには気付かれてしまったようだ。そのまま座ると長い髪を掛けるように肩に優しく乗せ、少し上目遣いで微笑みながら「ありがとうございます」と呟いた。
ふむ。ディ・ワールドゥッ。
「イクスは頑張り屋さんだね」
「そ、そんなことはありません。私は兄上に少しでも追いつきたいだけですので」
俺に追いつく? あれ、イクスって天上で優雅な椅子に座って俺の顎を羽根で撫でてなかったっけ? いや違う違う。ここは響力の扱いという意味だろう。存在だったら俺が三億光年の速さで進んでも追いつけないだろうしな。
「イクスならそのうち追いつくどころか追い抜いて空の彼方まで飛んでいけるよ」
「そうでしょうか……それにしても兄上は時々不思議な表現をなさいますね。やはり複雑な歌法を組むことが出来るからでしょうか」
やべっ! 気持ち悪かったかな?
「ごめん……伝わりづらいよね」
「いえ、私は好きですよ」
好き――
好き――?
あぁ、俺も好きだ。
「そ、そうだ! イクスはさ、何か欲しい物とかないの?」
「欲しい物ですか? そうですね……差し迫って必要な物はないかと思いますが……」
「必要な物じゃなくてもいいよ。気になるものとか、したいこととかでもいいし」
「なるほど……であれば、鎧が欲しいです」
鎧か……鎧ね……
恐らく歌舞奏対抗戦で身につける物なのだろう。イクスは普段から武具の手入れは怠らないため、今使っているやつも丁寧に管理されているはずだ。そうえいば鎧を持っているのはイクスだけだな。
「今の物でもいいのですが……その……サイズが少し小さくなってしまって」
そういってイクスは身体の前で組んでいた腕を、自分を強く抱きしめるように力を強めた。えっと……どこのサイズでしょうか。いや、聞かない方がいい。これ以上は帰って来られなくなる。
「わかった。イクスの武部門個人歌法に間に合うように準備してみるよ」
「本当ですか!?」
イクスが太陽を浴びた向日葵のような笑顔で返事をした。いや、イクスは太陽。向日葵は俺の心の方だ。
一級品の鎧であれば素晴らしい物もあるが、王都の店に置いているようなのでは心許ないだろうな。俺が作った方が絶対にいい。
決して採寸がしたいとかそういうことじゃない。じゃないぞ!!
よし、そうと決まればまずはジーコに相談してみよう。こういうのはジーコが絶対に向いているはずだ。
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