第46話 俺は種馬候補らしい

 アシュレイの話を要約すると、



 王族内で楽聖の血を取り込もうと画策し、実行しようとしている派閥があるらしい。この学校に戻ってきたら女生徒の目が狩りを行う者のそれになっていたのは関係あるのだろうか……



 ちなみにアシュレイはその派閥ではないらしい。というかその派閥のトップというのが、第一王子であるアーノルドという男だという。次期国王だな。



 響力は遺伝するという迷信を信じているので、俺と王族の間に子供を産ませ、王族に俺の血を混ぜていくのが目的だという。ある意味種馬扱いだ。



 では何故そんな話をアシュレイが俺にしたのかというと、俺との間に子供を産ませようと白羽の矢が立ったのがアシュレイだからということだ。



「私自身、政略的な婚姻に反対ではありません。王族である以上、国のために子孫を残すことも理解しております。ですが、この策略は間違っていると思うのです」


 そう言うアシュレイには何か考えがあるらしく、俺にこの話をすることを決めたらしい。


「ルド様を知るために、過去の功績、製作した歌法陣や奏法陣、様々な論文を目にしました。その結果……ルド様は、この国で飼い殺していいお方ではないと判断しました」


「飼い殺して……随分と物騒な言葉を使うんだな」


「思ったことはそのまま伝えた方が変に誤解を生まないと思いまして。汚い言葉を使う女性は好まれませんか?」


「別に? 王族だからそういう言葉は使わないと勝手に想像してただけだよ」


「そうですか。案外王族の方が性癖も下品で——」


「お嬢様」


 セバスからのお叱りにも聞こえる呼びかけに、アシュレイは思わずといった表情を浮かべて手を口に当てた。


「も、申し訳ございません。殿方の前で、はしたないですね」


「いいんじゃないか? 今日は無礼講って言っただろ」


「こんな王族を見ても幻滅しないなんて……やはり広い心をお持ちのようですね」


「そんなんじゃない。言葉ってさ、全部何かの感情や状態を伝える、表現する唯一の物だと思うんだよ。汚い物を表現する言葉だとしても、その言葉自体は一つの存在を表す素晴らしい言葉だ。言葉の意味で言葉の価値を決めるのは、俺は好かないだけだよ」



「……やはり、私の決断は間違っていないようですね」



 話が脱線しているが、結局何が言いたいんだこの王女様は。



「ルド様は、世界を未来へ導くお方だと思っております。読ませて頂いた論文はどれも現在の響力の概念を壊すほど、斬新な内容のものばかりでした。このような方をこの国が繁栄するためだけに……縛り付けていいものかと考えたのです」



 なるほど。嫌々とはいえ真面目に書いておいてよかった。


「でもさ、楽聖の俺を一国が縛りつけることなんて出来るの? こう言っちゃ何だけど、俺結構強いよ? 最近初めて負けて落ち込んだけど」


「楽聖様が……負けることがあるのですか!? いえ……ご無事なところを見ると訓練か何かの話なのでしょうか。それと縛り付けるという件に関しましては、では解決しないということです」


 普通に戦闘で負けましたよ。手も足も出ませんでした。なんならお情けで逃がされたような気さえしてますよ。くっそあの黒マントめ……


「策があるってことか」


「先ほどから話している婚約させるというのも、国に縛り付ける一つの策です。子供を儲けて血を取り込むと同時に、子供を人質にして——というやり方もあります」



 結構考えることがエグいな。子供を作る気はないので想像しにくいが、そこまでされたら流石に俺も黙ってないんじゃないか?


「他にも……妹さん達を——」


「俺の妹に手を出すようなことがあれば命はないと伝えておけ」


「……やはり妹さん達は逆鱗なのですね。事前調査の報告で、妹さん達をとても大切にしているという話は聞いております」


 流石に妹達に何かをしてきたら容赦はしない。


「流石にそこまでの強行手段には出ないと思いますが……とにかく、ルド様を国に引き入れようとする派閥は動き出しています。私自身も兄上の目を欺くためにルド様に好意を寄せている風を装わなければなりません。そのために私はこの学校に送り込まれたのですから」


 あぁ、だからこの変な時期に編入してきて団長に選ばれたのか。俺が歌舞奏対抗戦代表組の参謀になると聞いた国の奴らが働きかけたと。



「まぁそこらへんは好きにしていいよ。妹に危害を加えないならね。誰に言い寄られても婚約するつもりはないし」


 その前に黒マントをぶっ倒して、世界を救うのが先だ。それまでは俺に未来を歩む資格は無い。


「ありがとうございます。王族の策略とは関係なくルド様とは親しくさせて頂きたいと考えておりました。こうして自然体でお話しできる人は……今までいませんでしたので」


 そりゃ王族ともなれば誰でも畏まるだろうな。みんな許可もらってもペコペコしてそうだし。社交辞令? 何それ美味しいの?



 ————————————————



 客人を見送った茶会に、麗しの王女と執事の姿があった。


 会話の相手は既にいないが、その時間を味わうように執事が淹れた紅茶を飲み込む。


「殿下、何故本当のことをお伝えにならなかったのですか?」


「本当のこと? 私は嘘は伝えていませんよ」


「であれば好意を装っている風などとは」


「あら、装っていると言っても好意がないとは言っていませんわ」


 それ以上は何も聞かない。それだけで伝わってしまったからだ。


「少し……冷えてきましたね」


「……迎えの馬車を手配してきますのでこちらをお召しになってお待ちください」



 そう言って執事の男は厚手のコートを手渡し、その場を後にした。





「ルド様……」




 残されたのは、夜風になび恋心あこがれだけだった。

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