第43話 理不尽が闊歩する世界

『アリア! アリアはどこだ!!』


 ホールの入り口の方から男の叫び声が聞こえる。まるで連れ去られた我が子を探す竜の咆哮のようだ。


『アリアぁぁぁぁ!!』


 楽堂中に響き渡るほどの大声が、次第にこちらに向かってくるのを感じた。


『すみません!! 治療中の方もいますのでお静かにお願いします』


『アリア!! どこだ!』


 無響状態の人達の治療を終え、ひとまず役目を終えた俺達は別の控え室でランブルが来るのを待っていた。


 どうやらランブルが来たようだ。


「みんなは待ってて」


「わかりました」


 イクスが頷いたのを確認し、控え室から無響状態の人たちがいる大部屋へ向かう。


 大部屋の扉を開けて中に入ると、ランブルが無響状態の人が寝ているベッドの傍で膝をついているのが見えた。


 あの子は、妹達と同じくらいの……ランブルの名を呼んでいた少女だ。


「妹が、いたんだな」


「……あまり仲がいいとは言えないですけどね」


「お前の名前を呼んでいたよ」


「……そうです……か」


 そういってランブルは静かに妹の手を取り、優しく両手で包み込んだ。


「正直……他人事だと思っていたんです。ミュートの襲撃とか、無響状態とか……響協会に身を置く人間の言うことじゃないですけどね……だから……自分の家族が被害に遭うなんて……」


 少しの間沈黙が世界を包み、ポツリとランブルが呟く。


「妹は……どうなるんすか」


 俺に聞いたわけではないのかもしれない。しかし、治療をした以上は説明をするべきだと思った。


「無響力の影響は食い止めたからこれ以上症状が悪くなることはないはずだ。だが……耳が聞こえていない。精神の破損の規模自体は小さいから声を発することは出来るようだった。もしかしたら自分の声だけは聞こえているかもしれない。パニックを起こす前に寝かせておいたから、起きたら話をしてやってほしい。目の怪我も治してあるから筆談で意思疎通は可能なはずだ」



 俺が放った言葉を皮切りにランブルは息を殺すように泣き始めた。



 俺に出来ることは……何もない。



 俺は、無力だ——







 ランブルとの会話を終えた後、俺はそのまま軽傷、中傷の患者達が集まるホールのステージ裏へ向かった。


 ブラム副都市長に、無響状態の人達の治療が終わった後は可能な限り軽傷、中傷の患者の治療をしてほしいと頼まれていたからだ。


 気落ちしている場合じゃない。出来る限りのことはしていこう。



「お待ちしていましたアルファ様。この先がステージになります」


 ステージ裏にいたブラム副都市長の部下の人に誘導され、ステージへ出る。ステージから見えるホールはほとんどが満席。座れない人は通路に座り込んでいる程人で溢れていた。


 本来であればこれだけ多くの人の前で演奏できるのは音楽家冥利に尽きるのだろうな。


 ステージを見る人達の表情が、悲しみや苦しみの色に染まっていなければ——


 黒の響力で愛用の弦楽器を生み出す。大きいホールとはいえ湖ほどの広さはないのでこれで十分。演奏する曲は特に決めていない。気の向くまま、思いが乗るままに即興で引く。その場で奏法陣も組み上げればいい。


 外傷であればある程度は治すことができる。だが、心はそうはいかない。ありきたりな音なんて今は誰も求めてはいない。


 ここにいる人達の呼吸を聞いて、鼓動を聞いて、命を聞いて、心を聞いて。


 この場における最高の演奏をする。



 少しでも、少しでも傷が癒えるようにと願いを込めて




 ————————————————



「本日はご助力頂きありがとうございました」


「いえ、出来ることをしたまでです」


「おかげさまで医療の逼迫問題は解消しましたので、後は我々だけでも対処可能かと思います」


「力になれたのならよかったです」


「このご恩は忘れません。いずれ何かの形でお返しさせてただ来ます。それはそうと、本日は泊まって行かれますか? 被害が少ない貴賓館であればご招待出来ますが」


「いえ、そのまま帰ります。ランブル……響協会楽聖課所属のランブルという男に先に帰る。何か力になれることがあれば連絡をくれと伝言をお願いします。身内の方が無響力の被害に遭われたので、タイミングを見て伝えてください」


「ランブル様ですね。畏まりました。必ずお伝えいたします」


 これ以上は俺がここにいてもやれることは少ない。元々楽聖レベルじゃないと対処できない無響状態の人の治療を行うために来たのだ。これ以上居座ったら何かと気を使わせてしまうからな。楽聖ってのは一応偉いらしい。


 都市がこんな状態になっても持て成さなければいけなくなるようだし、そこまで手間をかけさせるなら帰った方が無駄な仕事を増やさなくていいだろう。




 ブラムに別れを告げ、俺と妹達は都市の外へ続く道を歩き出すが、誰も喋る気にはなれなかったのかしばらくは無言の時間が続いた。



 その空気を払拭するように話し始めたのは、ウドだった。



「あたしさ、歌うよ」


 他人から見たら普段はおちゃらけている、どこか不真面目にも見えるウドの目には、決意の色に染まっていた。


「歌が好きとか、歌が嫌いとかそういうんじゃなくてさ。誰かのために歌いたい。そう思ったんだ」


「私も、歌は戦うための道具だと思っていました。ですが……自分の歌で誰も救えないことを知って……悔やみました。私の歌に力がないことに……」


 そんなことはないよイクス。俺はみんなの歌に救われた。無響状態の人達の治療中にみんなの歌がなかったら、もっと自身の無力さに打ちひしがれていたかもしれない。みんなの歌があったから、出来ることを全力でやろうと思い続けられたんだ。


「強く……なりたいね」


 サンキが下唇を噛み締めながら言葉に、妹達が頷く。



 辛いこと、苦しいこと、悲しいこと、どんなことがあっても歌を届ける、音楽を届ける者は、偽りの偶像を作り上げてでも人々の幸せを願って歌う。



 それが健全かどうかはわからない。耐えきれなくて心が壊れてしまう人もいるだろう。



 それでも救いたい誰かがいるから、伝えたい誰かがいるから、歌を歌い続ける。音を響かせ続けるんだ。



 だからこそ忘れないでいてほしい。



 音楽は、自由で楽しいものだということを。



「帰ろう。この世の理不尽に対抗できるくらい強くなるために」




 次章 【歌舞奏対抗戦編】

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