第42話 無響状態
都市アークトルス——
舞法を扱う者が多く済んでいる踊りの街。普段であれば路上で舞法を踊っている人がいるほど賑やかな街だったはずだ。
それが今は嘘のような静けさに包まれていた。
アークトルスより少し外れた場所に鉄の円盤で移動して来た俺たちは、円盤を降りてから徒歩で街へ辿り着いた。
もちろん道中で必要な会話は済ませてある。妹達は空飛ぶ乗り物に興味津々だったが、ランブルに気を遣ってあまり聞けなかったようだ。帰ってから色々と教えてあげるとしよう。
「すみません、俺は一旦ここで」
「わかった。家族の安否が確認出来たらでいいから、後で合流してくれ」
「はい……失礼します」
事前に打ち合わせていた通り、ランブルは一度実家に帰らせることにした。ランブルは俺を被害者が集められている場所へ案内すると言っていたが、それよりもやることがあるだろうと言い聞かせた。
「それでは行きましょうか兄さん」
「ランブルさんから拝借した地図によりますと、この先にある大通りを東に向かった先にある大きな楽堂に被害者の方々が集められていると仰ってましたわ」
「まずはそこに向かいましょう」
まだ避難をしているのか、街中に人影はない。それに街の
「被害者の元へ向かう前に、みんなには聞いておいて欲しいことがあるんだ」
歩み始めようとした妹達を止めるように声をかける。
「何かあったのですか?」
「これから行く先には、無響状態の人が多くいると思うんだけど……決して背負ったりしないようにね」
「背負う……ですか? それは一体どういう……」
「行けばその意味がわかる……ってことね」
そう。行けばわかる。円盤の中で聞いたが、妹達は無響状態の人にあった経験が無いらしいからな。
「よし、行こう」
俺達は被害者に会うために、楽堂を目指して歩き始めた。
————————————————
「楽聖……様? 足を運んで下さったのですか!!」
「はい。微力ながらお力添えさせてください」
「微力なんてそんな……きっと住民達も楽聖様の来訪を聞いて希望を取り戻してくれます。申し遅れました。私、この都市の副都市長を勤めておりますブラムと申します」
「楽聖第三位のアルファです。色々状況を伺いたいところですが、まずは……一番被害が大きい方々の元へ案内してくれますか?」
楽堂へ辿り着いた俺達は、被害者の受け入れを行っていた都市の職員に楽聖の身分証である響遺物を見せ、この場所を仕切っている責任者を呼んでもらった。すると、数分待った後に現れたのはこの都市の二番目に偉い副都市長だった。
「畏まりました……こちらへどうぞ」
そう言ってブラム副都市長は楽堂のホールには入らず、ホールを囲むように伸びている通路を歩き始めた。
「歩きながらで失礼します。現在この楽堂には軽傷や中傷といった比較的被害が少ない方々がホールで治療を受けています。都市内の病院では重症や重体の方の治療で手一杯になっておりますので……ですが、病院では治療できない重体の方々もこちらに集められています」
そう言って通路の途中にある扉に手をかけたブラム。
「こちらは大部屋の控え室になります。ここには……その……」
「無響状態の方々ですね」
「……はい」
ブラムが扉を開け、俺達を部屋の中に招き入れる。
「あぁ〜えぁ〜」
「……」
「なぁメリア、今度の記念日に踊り子の酒場で食事をしようって約束したの覚えてるかい? といっても……聞こえて……ないんだね……」
「ねぇ……ここどこ? 兄さんは……? ママは? パパは……? ねぇ……」
「ヤメ……ロ……クル……ナ……」
部屋の中にはざっと見ても10人以上の人が、並べられたベッドの上に横たわっている。
ある人は虚空を見上げて唸り、ある人は音が聞こえない状況に絶望して表情がない。ある人は付き人の話を聞こうとしてるが声は届いておらず、ある人は両手を伸ばして探るように家族を求め、ある人は——
「そんな……お兄様、どうすることも出来ないの?」
「……出来ることは少ないね。これ以上被害が大きくならないように精神を安定させるくらいしかない。被害者の人は自分の存在を形成する響力を消されてしまっているからね。それを元に戻すことは……出来ない」
「そんなのって……ありなのかよ」
「ウド……自分を傷つけないで」
ウドの手が強く握られ、拳から血が滴っている。その手を優しく取って包み込んだシロ。ウドは人一倍感受性が豊かであるが故に感じ取ってしまうことが大きすぎた。
「それでは……応急処置にはなりますが治療をさせて貰います」
「お願いします……」
俺は一番通路側にいる被害者の元へ歩みより、被害者に向けて手をかざす。
「音は聞こえますか?」
「……」
「——わかりました。届くように語りかけるので、もし何かを感じたら教えてください」
「……」
音を届かせるためにかざした手から緻密に練り上げた響力を送り、被害者の魂を司る響力へアクセスする。どうかこの声が届きますようにと願いながら。
〔おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか
おん ころころ せんだり まとうぎ そわか〕
「……」
魂の一部の響力が欠落し、エラーを起こしていた欠落した付近の響力を正常に戻す。ひとまずこれで他の響力に影響を及ぼすことはないだろう。
「すみません、俺に出来ることはこの程度です。無責任な言葉かもしれませんが……強く、生きてください」
「……」
ひとますこの方の治療が終わったので、次の方の治療を行うために別のベッドへ移動しようと背を向けた時、背後から微かにだが、声が聞こえた気がした。
「……ありが……とぅ」
俺は……御礼を言われるようなことは何もしていない。
「兄さんがさっき言っていた言葉の意味が少しだけわかった気がします」
次の患者のもとへ移動する際、キュウカが俺が言った言葉について話をしてくれた。
「兄さん、背負っていませんか? あれは……私達だけじゃなく、自分自身に言い聞かせた言葉でもあるのですね……」
「……そうかもしれないね」
「救えなかったのは……兄さんのせいではありませんよ」
「うん。大丈夫。心配してくれてありがとう」
恐らく妹達も思っているだろう。こんな残酷なことが起きてしまうのに、自分達は好きなことをして生きていていいのだろうかと。仮に襲撃があった時にその場にいれば救えたんじゃないかと。
だが、それは結果論に過ぎないんだ。もしかしたら俺たちがいない王都が今現在襲撃されている可能性だってある。全てを救うことなんて出来ないんだ。俺達はヒーローでも神でもなんでもない。ただの……人だ。
少しだけ人より響力の扱いが上手くて、少しだけミュートに対抗できる力を備えているだけ。人はその両の手で守れる範囲以上のものを守ることなんて出来ない。その範囲が少し大きいか小さいかの違いしかないんだ。
俺が救えるのは、せいぜい妹達とこの世界の未来だけだ。必ずミュートと人間の争いは終わらせるし、黒マントとも決着をつける。でも残念ながらそれは今じゃない。
だからすまない。間に合わなくて——
「なぁ兄貴……その、意味ないと思うんだけどさ……」
今まで思いつめた顔をしていたウドが、何かを決心したかのような表情で話し始める。
「どうしたんだい?」
「歌っても……いいかな」
ウドは……そうか。そうだな。
「もちろんさ。きっと届く」
「ありがとう……わかんねぇけどさ、歌いたくなったんだ」
その言葉を聞いて俺は被害者の治療へと戻った。ウドが歌い出してから、他の妹達もウドに寄り添うように歌い出した。暗く絶望が支配していたこの部屋に、妹達の虹色で少しだけ希望の色が光っていた。
その光はまだ小さい。この絶望の中では必死にその灯火を絶やさないことが精一杯だ。
だが俺は信じている。
この光がいつか世界の絶望を晴らす光になると。
妹達の歌を聞きながら治療を続ける。次の被害者は、妹達と近い年齢と思われる女の子だった。
「音は聞こえますか?」
「ねぇ……誰か聞こえる? 誰もいないの?」
意識ははっきりしているな。目が見えていないのは怪我をして包帯を巻いているせいだろう。同じように治療を始め——
「怖いよ……ママ……パパ……助けてよ……ランブル兄さん……」
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