第41話 空飛ぶ円盤


 黒マントの響力が完全に消え去ったのを確認し、ひとまず妹達の元へ戻ることにする。


 あいつは何も行動を起こす気はないようだが信用するわけにはいかない。正体不明の変態の言葉を鵜呑みにして、妹達にもしものことがあっては俺が存在している意味が無くなる。


 念の為周囲の警戒は怠らないが、一刻も早く妹達の元へ戻るために全力で森を駆け抜ける——





 砂浜に戻ると、妹達は話し合いを終えてああでもないこうでもないと言いながら歌法の訓練をしていた。よかった。被害は出ていないようだ。


「ルド様、戻られましたか!」


「あぁ。そういえば一曲演奏る約束をしていたな」


「それはよろしいのですが……どうかなさいましたか? ひどく汗を流しているようですが、着替えなくてよろしいですか?」


 クラリネットに言われるまで気が付かなかったが、額から汗が滝のように流れているのを初めて自覚した。もちろん走って戻って来たことが原因ではない。



 恐怖してるのか。あの不気味な存在に。


 自分自身を万能の神だとは思っていない。最年少の楽聖とはいえその道を極めた者には及ばないこともわかっている。だが、響力の扱いについては誰にも負けない自信があった。


 別の分野ならまだしも、同じ分野で圧倒されたのは初めてだ。あいつは俺よりこの世界の真理を知っていた。


 そんな存在から……俺は妹達を守り切れるのか? いや、出来るかどうかじゃない。やるかやらないかだろ。


 妹達に散々教えてもらったじゃないか。こういう時に卑屈になるのは俺の悪い癖だ。


 俺にしか奴の相手は出来ない。ならば俺が成長すればいいだけだ。


 こういう前向きな姿勢を妹達から学んだはずだろうが。


「いや、問題ない。どうする? 準備ができているなら演奏ろうか?」


「そうですね……今はやめておきましょう。ルド様の体調が万全のときにお願いします」


「そうか……すまないな気を遣わせたみたいで」


 悪いことをしたな。この埋め合わせは後日行うとしよう。





「ねぇ……あそこの空、何か歪んでない?」


「あそこって……どこだ?」


「あそこよ。よく見てみて!」


「確かに……言われてみれば歪んでいるようにも見えますね」


 妹達の訓練の調子を聞くために近づいてみると、突然ジーコが空を指さして空間が歪んでいると言い出した。


「あ、お兄様。あれ、おかしくない?」


「あれは——」


 次の瞬間、空間が歪んでいた場所に巨大な鉄の円盤が出現した。


「なんだあれは!!」


「急に空に……鉄の塊が……?」


「おい、こっちに近づいてくるぜ!?」


 円盤は俺たちの斜め上空から、ゆっくりと下降してくる。


「みんな、大丈夫。安心していいよ」


「兄様はあれが何かご存知ですの?」


「まぁ……そうだね」


 実を言うと、あの円盤の正体は知っている。なんなら少し関わってもいる。


 円盤はそのまま下降を続け、ついには開けた砂浜の上に着陸した。厚みは五メートル、直径が二十メートル程度の大きさの鉄の円盤は、近未来を彷彿とさせる形状をしている。


 着陸してすぐに、円盤の側面にある扉と思われる場所が開いた。そこから顔を出したのは、意外でもなんでもない人物だ。


「ひどいじゃないすか第三位。悪夢を見させた上にベッドに放置していくなんて!」


「ちっ元気そうで何よりだな。ランブル」


「どの口が言ってんすか!! それよりも、第三位、手を貸してください」


 円盤から現れたのは俺のお目付役であるランブルだ。


 そう。この円盤は響協会が極秘裏に開発した響遺物。まだ試作段階だと思っていたが一応動かせるようになったんだな。


 この世界の移動手段は未だに馬車が主流だ。だというのに車や飛行機を通り越してUFOを作ってしまうあたり、異世界感万歳だな。まぁ普及できないから響協会も極秘にしているのだろうが。


 響協会に飼われていた頃に、これのアイデアが欲しいと楽聖第五位にしつこく付きまとわれた時期があった。主に円盤のステルス機能についてだ。光を透過させたり反射させるといった別に詳しくもない話を永遠と問われたな。結局は自分でどうにかしたみたいだが。これを見るとあの研究バカの面倒な奴の顔が思い浮かぶな。


 それにしても、ランブルが畏まっているということは仕事の話か?


「俺は響協会の指示には従わないという条件で解放されたことは知っているだろ?」


「はい。それは重々承知です。なので今回は個人的なお願いにきました」


 個人的なお願いのためにこんなものを引っ張り出して来たのか。いや、個人的なお願いもあるが、響協会も俺に頼みたいということがあるのだろう。でなければランブルの一存でこれを動かせるわけがない。


「……一応、聞いてやる」


「ありがとうございます。今から二十五時間前、都市アークトルスがミュートの襲撃を受けました。アークトルスはこれに対処しておりましたが、巨人種の出現により多大な被害を受けたと報告が入っています」


 なるほど。ミュートの襲撃か。巨人種ということであれば……並の歌法士や奏法士では対処出来ないだろう。だが、過去形ということは既に襲撃への対処は済んでいるはずだ。


「状況はわかった。話を聞く限り俺の出る幕は無さそうだが?」


「実は……多くの市民が無響状態に陥っています」


 無響状態か……そうなってしまっては流石の俺も応急処置程度しか出来ないぞ。それをランブルもわかっているはずだ。俺が言っても出来ることは少ない。


 そう思ったところでランブルがその場に膝を付いて頭を地面に擦り付けた。


「アークトルスは俺が生まれ育った街なんです! 個人的な感情を任務に持ち込むのはいけねぇことだってわかってます! ですが……俺の知ってる奴らが無響力に侵されたってことを考えると……すみません……」


 泣きながら嘆願するランブル。その気持ちは……痛いほどわかる。


 仮に俺がいない間に王都が襲撃されたと聞いたら、いても立ってもいられないだろう。


「家族は……無事か」


「……わかりません」


 本当は今すぐにでも行きたいはずだ。だが、俺を連れて行くという条件でこの円盤の出撃許可を貰って来たのだろう。それが一番早く故郷に帰れる手段だと考えて。


 それに俺であれば多少は救える命があるかもしれないとも考えているはずだ。


 正直一緒に行ってやりたい。


 だが、今の俺は妹達の側を離れるわけにはいかない。


「キュウカ、屋敷にある荷物を私の分も持って来れる?」


「任せてジーコ。手荷物になりすぎない程度にみんなの分も整理するよ。運ぶのにイクスとサンキ、手伝って貰っていい?」


「任せろ」


「おっけー」


 そう思っていたとき、ジーコの一声から妹達が行動を開始した。


「どうしたのお兄様。行くんでしょ?」


「いや……しかし……」


「ウジウジしない!! 一緒に行ってあげれば安心でしょ? 何があったか知らないけど、離れたくないって顔に書いてるわよ」


 ……また読まれていたか。本当にジーコには敵わないな。


「これから行く先は戦場かもしれない。襲撃は収まったとはいえ危険なんだ」


「だったら尚更ですわね」


「今も心が不安に支配される人が増えてるかもしれませんわ。早くその芽を取り払って差し上げましょう」


「仕方ないじゃない? お兄様は行かなきゃいけない。でも私達と離れられない。だったら一緒に行くだけよ。わかった? それに、何かあってもお兄様が守ってくれるんでしょ?」



 そうか……そうだな。ありがとう。



「……わかった。ランブル、準備が出来次第出発する。みんなも迅速に準備を進めてくれ。クラリネットにも同行してもらう。みんなで……救おう。命を」



 妹達が微笑みかけてくれる。実は俺が弟なんじゃないかと思えるくらい包容力と愛に溢れた笑顔だ。



「すみません……すみません……」



「わかったから泣くな。行こう——」






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