第40話 妹達のストーカーは、相当にタチが悪い
森の奥の方から感じる視線。視線とは言っても目視ではない。
響力で視られている。そういう感じがしていた。
その響力を辿った先には、全身を黒のマントで覆っている人間のような形状の何かが立っていることに気が付く。
こんな遠くから覗き見なんて悪趣味だな。
とりあえず何が目的か、場合によっては記憶を消したり目を洗ったりする必要があるだろう。
「あの、何が目的ですか?」
黒いマントを身に纏って……ええい、めんどくさい。黒マントの目前に立ちとりあえず話を聞いてみることにした。こいつも俺が迫ってきていることは知っていただろうに、何故か逃げようとはしなかった。
「いつまでそちらを向いている?」
驚いた。
男だと思われる低い声が聞こえたのは背後からだ。
警戒心を強めながら振り向くと、黒マントが木にもたれ掛かるように立っていた。こいつは俺の正面にいた奴と同じ存在だ。こいつから感じる響力がそれを証明している。既に俺の正面にいた黒マントも姿を消しているしな。
何が起きたのか。
考えられる方法としては、まず音を背後に飛ばして俺が振り向く一瞬の内に背後に移動したということが考えられる。そうだとしたら、自分の素早さをアピールするために全力で背後にぶっ飛ぶ姿が想像できるので面白い。そこまでして仕込んで自分の速さを見せつけたいのかと。
だが、それは可能性としては低い。そもそも一瞬で移動したところで、俺が全くその気配を感じ取ることが出来ないということは無い。響力が移動すればある程度はその痕跡を追うことが可能だからだ。
黒マントは、確実に目の前にいたが一瞬で背後に移動していた。そこに至るまでの響力の痕跡は見えない。
次に空間を移動した可能性についてだ。これに関しては、まだその原理が解明されていないので可能性が低い。
響力を持っているということはこいつも生物だ。無生物であれば響力で生成したり空間を移動させることは可能だが、生物に関してはそれが出来ない。俺も少し研究してみたが、肉体は可能でも絶対に移動出来ないものがある。
それはざっくりと言ってしまえば魂のようなもの。生物の精神を司り、響力を生み出している、この世界の人間に備わっている実態の無い器官だ。
魂も結局は響力の寄せ集めなのでバラして再構築は可能だと思われそうなものだが、この魂に使われている響力は少し特殊なためバラして再構築がほぼ不可能に近い。もう少し踏み入ったことを言えば、ブロックチェーンのように分散して精神の情報を保持しているため、一度離れるとエラーを出して完全に破損するからだ。
響力の扱いを極めれば精神に作用して、この特殊な響力を書き換えることまでは可能になったが、破損した響力を元通りにしたり再度繋げたりすることは出来ない。それが出来れば無響状態に陥った人々の治療も可能だろう。
故に瞬間移動のような方法も違うと思いたい。でなければこいつは俺よりも響力の扱いに長けているということになるからだ。
「どうやったのか、わからないといったところか」
「人の思考を読むなんて初対面なのに悪趣味だな」
「ふっ。実にお前らしい回答じゃないか」
俺らしい——ね。どうやら黒マントは俺のことを知っているらしい。
「そりゃどうも。それで、その瞬間移動もどきを俺に教えてくれるために待っていたのか?」
「知りたいなら教えてやってもいいが、お前はその選択をしないだろう? 無論、知ったところで今のお前には不可能だがな」
「よくご存知で。何故俺たちを監視していたのか話してもらおうか。あとお前がここで見ていた全ての記憶を消させてもらう」
こんな得体の知れない奴を放っておくことは出来ない。悪意があるにしろ無いにしろだ。
「お前にそれが出来るかな?」
「出来るかどうかじゃない。やるかやらないかだ」
「丁度、そう言いそうだと思ったところだ」
黒マントがそう言い終えると目の前から姿を消す。今度は注力していたが、先ほど同様黒マントの響力の座標が一瞬で変わった。
だが今回は後手に回らない。そういうことが起きると知っていれば、即座に出現した座標へ仕掛けるのみだ。
〔
出し惜しみはしない。黒の響力を全力で込めて放つ。俺の響力は間違いなく黒マントが出現した場所に直撃した。
しかし、黒マントの精神に作用出来た感触がない。
「その程度では俺はやれんぞ?」
座標は変わっていない。一瞬だけ座標をずらして回避したか? それなら——
〔
俺自身を中心に広範囲の球体状に影響を及ぼすように響力を放つ。これなら上空であろうが地中であろうが関係ない。
だが、どうやらこれでも黒マントには届いていないようだった。座標は先ほどと変わっていないが、俺の響力が届いていない。
「考え方は悪くないが、まだ甘い」
「なるほどな。思念体を生み出して操っているということか」
これが効かないのであれば考えられることは一つ。こいつの実体がここに無いという可能性だ。こいつ自身の魂を持った体が別の場所からこいつを操っている。だが魂は存在している。ということは擬似的な魂か?
「ふむ。考察としては悪く無いだろう。だが、残念ながら時間切れだ。***********——」
黒マントは意味不明な言語を発すると、体から何かが溢れ出した。次の瞬間、俺は自分の眼を疑う光景を目にする。黒マントの体から溢れ出たものが俺の黒い響力を飲み込んで消滅させたのだ。
黒マントの黒い響力——では無い。あれは、無響力だ。
「……お前、何者だ」
「お前を良く知る者——といったところか。今はあの子達の様子と、お前に及ぼす影響を計りに来ただけだ。だが、次に会う時にお前は決断をすることになる。せいぜいそれまで——」
黒マントの男はそれだけを言い残すと霧のように消えた。最後の方は何を言っているのか聞き取れなかった。
一つ、わかったことがある。
この世界から人の存在を消しているのは、恐らくあいつだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます