第38話 妹合宿 二日目

「それじゃ始めようか」


「「「「「「「「はい!「おー!」」」」」」」」」


 初日はリフレッシュとしたが、二日目からは本格的に訓練を始める。と言っても軍隊みたいにイエッサー! なんてことにはならないがな。


 響学校の制服を着て、砂浜に一列に並ぶ妹達。ただ、靴と靴下は履いていない。素足に制服……あれは確か妹アニメにハマった頃に見ていた——今はよそう。妹について語り出すと五年じゃ足りない。とにかく最高で最強で超絶で可愛いとだけ言っておこう。


「この訓練では、みんなで乗り越えて貰いたい課題を一つ用意したから、達成することを目標にしてみようか」


「課題……ですか?」


「いいね! 面白そうじゃん」


 今の妹達には少し難しいかもしれないけど、この訓練を乗り越えられればある程度の脅威には立ち向かえるはずだ。


「みんなは響力の精神と物理への干渉については理解してる?」


「そういうのはシロにパス!」


「響力の精神への干渉は……響力を有している生物の響力に対して干渉を……行うことです……物理の干渉は非生物に対して響力で干渉することです……」


「流石シロ。正解だ」


「ありがとう……ございます」


 響力というのは生物にしか備わっていない力だが、響力を用いて非生物に干渉することも可能だ。この干渉というのは、元の世界であれば常識であった物理の法則などを一切考慮しない。


【響力が森羅万象を起こす】という文字通り、響力から様々な物を生み出すことも可能だ。火や風、水などの自然の現象はもちろん、石ころや鉄なども生成することが出来る。尤も、ほとんどは自然現象を発生させるだけで、物体を生み出すのはそれこそ響力を極めし楽聖や歌武姫クラスでないと不可能だが。


 そしてもう一つが精神への干渉。実はこれは物理に干渉するよりも難易度が高い場合がある。その理由は単純で、物理は自身の響力を自在に操れれば実現可能なのに対し、精神は対象となる物の響力も考慮して干渉する必要があるからだ。


 俺が存在を消すことが可能なのかと疑問に思う点も、この一点に尽きる。


 世界から誰かの存在を抹消する場合、干渉しなければならない精神が多すぎるのだ。もちろん響演など大規模な精神干渉を行える技術もあるが、それはあくまで受け手側に委響力の扱いを委ねている部分が大きい。歌法士から受け取った響力で感動したり、気持ちが高まったりするのはあくまで自分自身でそうしているということだ。


 数千、数万単位の対象から記憶を消すという繊細な干渉を施すのは無理に等しい。流石の俺でも同じ場所に揃っている条件付きで数百が限度だ。



「——ということなんだけどここまでは理解できる?」


「なんとなくわかるけど……お兄様が数百人であれば記憶の操作を一度に出来るってことが驚きよ……」


「まぁやろうと思えばってだけだからね。流石に俺もそう簡単にホイホイ記憶を消せたりはしないよ。本気を出して一ヶ月寝たきりを覚悟すればそれくらいは出来るって話さ」


「歌を歌って感動させたり、誰かに思いを届けるのとはまた違うの?」


「それも結局は受け手側が受け取った響力をそう扱うかだからね。精神の干渉は、簡潔にいえば強制的に支配するって考えが正しいかな」


「それでさ、結局あたし達は何すればいいの? その精神干渉を習得するの?」


 ついつい説明が長くなってしまったな。流石に精神干渉は短い期間で会得できるものではない。天才で最高の妹達はいずれ習得出来るだろうが、そのためにはいろいろなことを知らなければならないから少し時間がかかる。


「みんなにはこの合宿を通して、自然現象への干渉能力を高めて貰おうと思ってる。これが一番戦闘能力に直結するから、護身用にもなるしね」


「今の話だと、一番簡単そうなのに一番強くなれるの?」


「そうだね。そもそも物体の生成や精神の干渉を行える存在がそんなにいないから、こと戦闘においては自然現象の発生が一番効果的なんだ。逆に、精神に干渉できる相手からは逃げた方がいい。多分世界的な強さでみたら百番以内には入っているだろうからね」


「なるほど……確かに今までの歌舞奏対抗戦も自然現象を使う相手しかいませんでした」


 学生で精神に干渉出来る存在がいたら、もはやレギュレーション違反だろうな。


「まぁ聞くよりも見た方がいいね。クラリネット」


「なんでしょうか、ルド様」


「とりあえずこの湖、全面凍らせてみてよ」



 ……



 …………



 あれ、返事がない。反抗期か?


「クラリネット?」


「あの……ルド様」


「どうした」


「それは流石に不可能です。この規模の湖を凍らせるのは……」


「……ごめん。俺がやるよ」


 あれ、クラリネットが少し泣きそうになってる。ごねんよプライドを傷つけたみたいで……天才って呼ばれてたらしいから流石に出来るかなって……


 俺は湖の方を向き、奏法の準備にとりかかる。


 こういう大規模な干渉を行う場合に使う音色は決まっている。音量が大きく、音を重ねることにより様々な表現が可能な倍音を生み出す楽器。


 パイプオルガン——



 まずはニ短調で冷酷さを表現し、湖の水を一瞬のうちに凍らせていく。音色が響力を乗せて運び、水の状態を変化させる。


「う……っそだろ」


 次にハ長調で灼熱を表現し、凍りついた湖の中央に擬似太陽を発生させ、熱の対象を凍りついている水にのみ向ける。そうすることで氷は水になることなく蒸発した。あとには隕石でも落ちたのだろうかと思われる大きな穴のみが残る。いや、湖に生息していた生物が横たわっている。ごめんねびっくりさせて。今戻すから。


「こんなことって……」


 最後にト短調で命の水を表現し、大きな穴となっている湖に水を生み出す。よかった。湖の生物達も問題ないようだ。響力をおまけしておいたから前よりも元気に育つことだろう。



 終わってみれば元通り、ちょっと前より少しだけ綺麗になった湖になった。多分傷くらいなら治ると思う。



「ふぅ。どう? これをやって貰おうと——」


「兄上……これは流石に難しいと……」



 あれ、みんなの顔が微妙だ。



 ん〜出来ると思うけどなぁ。

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