第34話 次女ジーコ
合同訓練がひと段落した時、俺はマインを連れて妹達の元へ向かった。マインと妹達の顔合わせのためだ。
顔合わせ自体は何事もなく終えた。マインは元々誰にでも好印象を与えるコミュニケーション能力を持っている。
妹達も決して無愛想というわけでないので会話自体は弾んでいるようだった。ウドだけは品定めをするような質問ばかり投げかけていたがな。
何はともあれ、マインが妹になるかどうかは妹達とマインを交えながら落とし所を探っていくべきだろうな。
他に問題は……ある。というか直面している。
「お兄様、逃がさないわよ」
「別に逃げはしないよ。でも、この状況は不味くないかな?」
「何がまずいのよ? まさか……重いとか言うんじゃないでしょうね!」
一日の予定を終えた現在、俺は家のリビングで仰向けになっていた。その上にジーコが馬乗りしている。丁度、俺の胸部あたりにだ。
こうなってしまった経緯は、ジーコが「お兄様、体をほぐしてあげるから仰向けで寝なさい!」という言葉でウキウキしながら仰向けになったためだ。
胸に感じる小さな、しかししっかりと女性らしい肉付きも感じるお尻。鼻を包み込む花の香りに、心安らぐ温もり。極め付けは妹を下から見上げ、妹に上から見下されている状況。逸らさず真っ直ぐに見つめられた瞳に吸い込まれそうになる。いや、吸い込まれたい。
しかし、何故俺はジーコに拘束されてしまっているのだろうか。
「重いなんて思ってもないよ。それよりも急にどうしたんだい?」
「どうした? 気付かないとでも思ってるの?」
「えっと……ごめん」
「全く……何かあったんでしょ。話してみなさいよ」
何かあった……あった。確かにあった。
無響力による影響が最悪の場合その者の存在を消してしまう可能性に気付いたのだ。
だが、ジーコにはもちろんだが他の妹達にもこのことは話していない。というかマイン以外には話していないはずだ。だがマインから話が漏れたとも考えにくい。そもそもマインにも多くは語っていないし、念のため俺から聞いた話は他言無用で頼むと伝えてある。問い詰めたらあるいは口を滑らせるかもしれないが、自分から率先して話したりはしないだろう。
「あら、なんで知ってるかって顔ね。これでも兄妹なのよ? さっきまでのお兄様の顔、隠し事をしているサンキの顔にそっくりよ。キュウカ達も気付いているでしょうけど」
なるほど。9つ子ゆえに気付ける他の妹達の微妙な変化。その特徴は少しだけ俺にも当てはまるということか。兄妹だしな。
というかサンキのその顔を知りたい。教えて下さいジーコさん。思えば妹達の表情については全てをコンプリート出来ていないな。長く離れていたということもあるが、今までは接する時間が短すぎたのだ。
次は妹の表情コンプリートを目指すか。既に声、鼓動、呼吸はコンプリート済みだ。何のと野暮なことは言わない。コンプリートだ。
「今は変なこと考えてるでしょ」
「いや……そんなことは……」
「本当にわかり易いんだから。ウドが変な妄想してる時の顔そっくり」
ぐっ……ジーコには全てお見通しということか。既に俺の表情はジーコにコンプリートされて……あれ、嬉しい。
「とにかく! 本当のことを話すまで降りないから!」
「わかった! 話すよ……」
妹に馬乗りといえば、俺が妹物のアニメを見漁ってた時代に見つけた『絶対妹彼女』という作品が思い浮かぶな。あの作品はよかった。最終話で悪に染まった兄を正気に戻すために馬乗りになって説得する妹の蓮香ちゃん……おっと、これ以上はネタバレになりかねない。誰がいつどこで俺の心を覗いてるかわからないからな。そいつのためにもネタバレには気をつけなければ。俺の心を覗いてる者よ。是非見てくれ『絶対妹彼女』。見る手段ないけど。
まずい、
早く降りてもらうために話すしかないか。
「実は……次の歌舞奏対抗戦でチームリーダーとして——」
「お兄様、嘘は嫌よ」
先程までの声色とは違い、少し小さい声で呟く。その言葉に乗せられた響力を感じ取る。
『お兄様、何故……本当のことを話してくれないの?
何故いつも遠ざけるの? 私達は頼りない、守らなければいけない存在だから?
そりゃお兄様に比べたらそうかもしれないけど……
これでも少しはお兄様に近づきたくて頑張ってみたのよ?
歌法だってイクスほどじゃないけど練習したし、
舞法だってサンキには劣るけどそれなりに出来るようになったのよ?
私達だっていつまでも守られるだけの存在は嫌
いつかお兄様も守ってあげられるようになろうって9人で決めたのよ。
それでもまだ……信じてくれないの?
そうやって一人で背負い込んで、また傷つくの?
私は嫌。私のせいでまた大事な誰かが傷つくのは嫌なの』
力強く俺の瞳を見つめるジーコの目には、少し涙が浮かんでいる気がした。
ここまで心配をして貰ってるのに、そんな気も知らずに誤魔化そうとしたなんて……愚かだな俺は。
「ジーコ」
「……なによ」
「ごめん、本当のことを話すよ」
そう言って、俺はジーコの脇を持って起き上がる。軽いな、羽のように軽い。こんな軽い子に俺は重たいものを背負わせてしまっていないだろうか。それでも彼女は羽ばたき、華麗に颯爽と何食わぬ顔で宙を舞うのだろうな。それを俺なんかが抑制していいはずがない。ジーコに鳥籠は似合わない。
「みんなにも心配かけたね。大事な話があるから入ってきてくれないかい?」
ジーコをゆっくりと床に立たせたあと、俺は少しだけ開かれている廊下へ続くドアへ声をかける。
「やっぱバレてたじゃん!」
「兄上には敵いませんね」
「ルドの話聞く〜!」
ドアの奥でこっそり聞き耳を立てていた妹達がリビングへ入ってきた。
「兄さんが本当のことを話さなかったら、晩御飯は抜きになるところでした。よかったですね兄さん」
キュウカがソファに座る前にそんなことを耳元で言ってきた。まずい、それは餓死する。
「ほら、いくわよ!」
ジーコが手を引いてみんなが先に座っているソファへ招いてくれる。
俺はいつもみんなに貰ってばかりだ。生きる希望も、勇気も、愛も、何もかも。
「みんな、まだ推測の段階だから落ち着いて聞いてほしいんだけど」
だから返さなきゃいけない。
「ミュートはもしかしたら——人の存在を消す力を持っているかもしれない」
妹が平穏な生活を送れるように、まずは世界を救おうか。
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