第33話 〓が〓を認識した瞬間

「マイン、冗談はよしてくれ。いただろ? 五班の班長で無駄にプライドだけが高いブルレだよ」


「ごめん……そこまで言われてもわからないよ」


 どういうことだ? マインはブルレを覚えていないといった様子では無い。まるで知らないかのような振る舞いをしている。


「流石に私も同じクラスの班長を忘れたりしないよ? 五班の班長は昔からリーン君だよ」


「そんなまさか……待て、ブルレにはリーンの他にも取り巻きがいたはずだ。確か……ラブロとか……」


「ラブロ君は知ってるよ! 二年前のミュート襲撃中に五班の人に結構被害が出ちゃってね……ラブロ君はその時に……無響力中毒に陥っちゃって」


 無響力中毒。無響状態の人のことを指す言葉だ。俺は好んで使わないが、世間ではこちらの言葉の方が認識されている。


 無響力は体内にある響力が貯めてある場所の空間を侵食し、響力の保有量が減ることで様々な弊害を引き起こすと言われている。


 だが、実際には違う気がしている。俺は、無響力は響力を消滅させるものだと考えている。


 響力とは精神力や魂といった概念に近い存在だ。この世界で生物に分類されるものには少なからず響力が存在していることから、そのように仮説が立てられる。


 無響力が引き起こすのは聴覚障害や言語障害など、音に関する障害が発生することからもその仮説が完全に外れているわけでは無いといえるだろう。


 もちろん人間の耳に聞こえない音も含まれている。誰にも認識されていない草だって、根から吸い上げた水分を葉に運ぶ際には微量な音が発生している。


 この考えは響協会で最後に書いた論文にまとめたので、これから世界に浸透していくことになるだろう。


 ラブロが無響力に侵されたということは、無響力を浴びて響力を消滅させられたということだ。状況はわからないが、仮にその場にブルレもいたとした場合、ブルレは……ミュートにやられた?


 しかし、ミュートの無響力を浴びて存在ごと消えるなんてことは聞いたことがない。俺もそうだが、世界の共通認識として無響力に侵され続けた場合待っているのは死だ。


 それはマインが兄をミュートに殺されたといっていることからも間違いではないことがわかる。




 待て……何か引っかかる……何かが違う……



「ルド君、大丈夫?」


 っと、考えすぎて黙り込んでしまっていたようだ。


「そうだな……とりあえず大丈夫だ」


「何かおかしいこと言ってたらごめんね」


「いや、この場合おかしなことを言ってるのは俺の方だろうな。俺しか知らない人を知っているか、と聞くなんて……俺しか……知らない?」



 そうだ。仮に無響力による最大の被害が、存在そのものをこの世界から消してしまうようなことだとしよう。そうした場合……






 ——誰も認識出来ていない。






 故に誰も知らない。無響力が、存在そのもの消し去ってしまう恐ろしい力だと。


 もちろん、もう少し詳しく調べる必要はある。ブルレをよく知る人物やブルレの両親に話を聞いたり、ブルレの所持していた物や痕跡を探す必要があるだろう。


 人一人の存在が歴史から消えることは、歴史から見ればすごく小さい豆粒のようなことなのかもしれない。


 ただ、世の全てのことは塵のような小さい物事を積み重なった結果だと思っている。全は個、個は全。俺という存在がブルレから受けた影響や考え、思考は小さいかもしれないがゼロじゃない。それが消えた場合、絶対的に矛盾が生じるはずなんだ。


 仮にそんなことが許容される世界なのだとしたら……それはこの世界の歴史や人々の記憶が膨大なデータベースか何かで管理されていない限りは不可能だ。


 逆に言えば、管理されている場合は可能なのかもしれない。


 ブルレという歴史を、何か別のものに置換ちかんするだけで世界の歴史に矛盾がなくなるからだ。丁度、五班の班長がリーンにすげ替えられていたように。



 もし仮説が正しく、この情報を公開した場合、世界の人々に及ぼす影響は計り知れない。ミュートに対抗しようとする人が激減してしまう可能性もある。その結果、対処できる人が減り被害者が増加するといった懸念もあるだろう。他にも考えることは多くある。なぜ俺だけが消えたかもしれない歴史を認識出来るのかなどもだ。



 だが、それよりももっと考えなくてはいけない大事なことがある。



 それは、妹達のことだ。



 俺は、このまま妹達を歌法士として育てて、ミュートと戦わせていいのだろうか。


 もちろんミュートが原因と決まったわけではない。もしかしたら俺が全く知らない響力や無響力を扱う存在がいる可能性もある。だが、ミュートが原因の可能性を捨てきれないのも事実であり、それが一番濃厚な気がする。少ない情報ながらも辻褄が合っているからだ。


 今まで、妹達には俺がいなくても困難を乗り越えれる力をつけてほしいと考えていた。だが、その困難がこんな危険な物であれば話は別だ。



 俺は絶対に妹達を失いたくない。寿命で最後を迎えるならまだしも、世界から存在を消されてしまうなんて……考えたくもない。



 このことを妹達が知ったら……あの子達のことだ。絶対にミュートに対抗する力を身につけようとする。


 仮に妹達に告げず、響力やミュートといった存在とは無縁の人生を選んでもらうとしよう。その時点でもう妹達の意思ではない。かつて体罰をして妹達に言うことを聞かせたクラリネットと同じだ。



 それは本意ではないが……



 どうしたらいい。




 どうしたらいいんだ。


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