第31話 伴侶候補か妹候補か
「——であるから、ここの歌法は——」
「なるほどね。家の都合で男に偽って生活してたと」
「う……うん。騙すようなことしてごめんね」
「いや、それは別に構わないが。というか何でわざわざ男になる必要があったんだ?」
「えっと……有力な奏法士や歌法士と仲良くなって、卒業してからの就職先を見つけて来いって言われていてね」
「そんなの女でも出来るじゃないか」
「女性だと職場探しよりも、伴侶探しの意味合いが強くなるらしくて……ていうかルド君、そろそろこっちじゃなくて先生の方を見なくて良いの?」
朝のホームルームを終えてからランブルの授業が始まったが、俺はそんなものには興味がないのでマインの方に体を向けて事情を聞いていた。
「そうっすよ第三位。一応、この響学校のルールとして——」
「伴侶探しではダメだったのか? マインは顔がいいから男なんて選び放題だろ」
「……ありがと。でも、それはダメみたい。実は私にはお兄ちゃんがいたんだけど……お兄ちゃんはミュートの襲撃で……死んじゃったから」
ここですごく、すごく大事な情報を耳にしてしまう。
マインが……妹属性を持っているだと?
確かにおかしいとは思っていたんだ。男の癖に、俺の妹センサーがたまに反応する時があったから、妹に会わな過ぎたせいで起きたバグだと思っていた。男友達から妹を感じるなんてまずいと思い、そのセンサーを信じきれなかった。
まさか俺のセンサーに不具合が無かったとは。ありがとうセンサー君。頼りにしてるよセンサー君。いや、これからは
「それで男として生きて就職した先で実績を積んで、最終的に家を継ぐとか? もしかして良いところのお嬢様なの?」
「そんな格式の高い家じゃないよ。一般ではないけど……でもそんな感じかな」
「それがどうして今になって女になったんだ? 今の話からすると家を継がなきゃいけないから男として生きていたわけだと思うけど」
「それはね……私がルド君と知り合いだってことがお父さんに知られたせいなんだ」
俺と仲がいいと何故女になれるのだろうか。
「えっとね……言いにくいんだけど——」
少し言うのを躊躇っているマインだったが、決心したのか少し姿勢を正して言葉を続けた。
「ルド君の……伴侶候補に名乗り出ろって」
ふむ。
ふむふむふむふむふむふむふむ。
なるほどわからん。
「俺は伴侶を作る気はないぞ」
「いや、うん……ルド君ならそう言うと思ったよ。でも、世間はそうはさせてくれないというか……」
そこでふと気付く。今のこの会話、誰かに聞かれているな。
全く、俺を狙ってる奴らの仕業か? こんな時にまでご苦労なことだ。とりあえず俺とマインの会話を意識的に聞いている者を、響力の糸で俺だけが見えるように可視化する。すると俺とマインの音を聞いて脳内で思考している者に糸のような線が現れた。
なんとその響力の糸、クラスの女子全員に繋がった。
こいつら……平然と前を向いてる癖にランブルの話は一切聞いていないらしい。
この中の全員が俺の伴侶になりたいと思っているわけではないだろうが、少なくともこの話題自体に興味はあるようだ。
「言いたいことはなんとなくわかったよ……それで、マインはどう生きたいんだ?」
「え?」
「どう生きたいかと聞いている。一応、数少ない友達と呼べる存在だからな。生きてみたい道があるなら手助けはするぞ」
そういえば前にも同じようなことを聞いたことがある気がする。確かクラリネットの弟子になりたいと言っていた頃か。あの時のマインは結局、遠慮してしまったはずだ。
そういう決断をするようになったのも、全ては育ってきた環境のせいなのかもしれない。自分のやりたいことは二の次。親に言われたことをしっかりとこなす。ただ、自分が本当にやりたいことではないので情熱がなく、消極的になってしまう。
本当にそれで良いのかマイン?
「そんな……私は死んだ兄さんの代わりに家を……」
「兄、家、親、他人。そんなことはどうでもいい。俺が聞きたいのはマインがどうしたいかだ。聞かせてくれないか?」
ふと、前世の記憶にある曲が思い浮かぶ。あれは確かグリーンハーツというバンドの曲だ。
♪〔本当の声を聞かせてください——〕
「私は……私は!!」
いろいろな感情がぐちゃぐちゃになり、整理が出来ていないが何とか言葉を紡ぐマイン。滑り落ちた涙はきっと嘘じゃない言葉の証明をしてくれていた。
「ルド君の……妹になりたい……!!」
……
あれ。
待って、なんか思ってたのと違う。
「あの〜、授業中なんすけど」
マインの啜り泣く声が教室に響く。ランブルは相変わらず空気が読めない。
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