第29話 禁断の果実という名の妹の手作り即ち美味
「兄さん、お茶の準備が整いました」
「お菓子もお持ちしましたわ」
「お疲れのようですので、甘い物で元気になってください」
キュウカとロッカとチセが、準備してくれていたお茶とお菓子を運んで来る。その際、驚愕の光景を目の当たりにしてしまう。
制服……エプロン……だと?
あれは確か20世紀末頃に放映された「妹はお母さん」通称イモオカの第三話 八分五十七秒で初めて登場した、制服にエプロンを纏った妹、咲ちゃんの伝説……! 当時、妹業界には激震が走ったのはいうまでもない。妹制服とエプロンという互いに出会ってはならない神秘が手を取り合った時、妹の次元を一段階押し上げてしまった究極の融合——
それが……俺の目の前にある……だと!?
「あぁ、神よ感謝します」
「何やってるんですが兄さん、冷めないうちに飲んでみてください」
「はい、すみません。頂きます」
程よく湯気が立っているティーカップを持ち、火傷に注意しながら口へと運ぶ。それにしてもティーカップか。
こういう、前世にも存在していた物に似ている物を見ると、この世界は俺が元いた世界を参考に作られてるのか? という考えが浮かぶな。だが、あのアホの神のことだ。見様見真似で生み出したと言われても不思議には思わない。まぁ、俺にとって妹以外はどうでもいいのであまり気にしていないが。
それよりもキュウカが淹れてくれた紅茶だ。口の中に広がる香りを堪能する。なるほど……これが妹の……じゃなくて妹が入れた紅茶の香り。
身体の芯から温まり、心が安らかになっていく。妹達に会えただけでも俺のハートはふにゃんふにゃんなのに、これ以上どうしたいというのだろうか。へちょんへちょんにでもされそうだ。
「すごく美味しいよ。心が安らぐね」
「そうでしょ!! 王都中の茶葉を売ってる店を巡りに巡って見つけた……コホン、すみません。少し取り乱しました」
何を言っているキュウカ。取り乱し大いに結構です。ありがとうございます。
「キュウカはお茶がお好きですものね。兄様、こちらのお菓子もお召し上がりくださいな」
そう言ってロッカが俺の前に置いた小皿に、焼きたてのクッキーを……焼きたて?
待て、これはまさか……
こんな神秘的な物を口にしてしまったら恐らく俺の口は一生これ以外の食べ物をおいしいと感じなくなってしまう……
どうする? 食べるか、食べないか? 食べてしまっては俺の舌が色んな意味で終わりを告げる。
「兄様、クッキーはお嫌いでしたか……すみません気付かずに……」
まずい! 俺が手に取らないことを察したチセが片付けようとしている!
「ま、待ってくれ! あまりに可愛い形だからその……見惚れていたんだ」
「まぁ! そうでしたのね! ですが、たくさんありますのでまずは食べてみてくださいな」
そう言って取り分ける前の大皿ごと持ったロッカが、俺の方へ持ってきてくれる。
こうなったら……ええい! 南無三!!
大皿に盛られたクッキーを一つ手に取り、口の中へ入れる。
程よい甘さの不思議な香りがするクッキーだ。何か薬草を使っているのだろうか? 香りといえばこれは、ロッカの匂いだろうか? チセの匂いだろうか? 浮かぶ。脳にイメージが……材料を混ぜるロッカ……それを練るチセ……形を綺麗に整えるロッカ……オーブンの前で焼き上がるのを待つチセ……焼き上がったクッキーをお皿に盛るロッカとチセ! 誰を思ってその表情をしているのカナ? うぉぉぉおおおお!!
「うぅぅぅ……美味しいです……」
「なんで泣いてるのよ……」
「やっぱり兄貴……変わんねぇな……」
その時、いかにも訪問者を告げるような音程のチャイムが鳴り響く。
「あら、どなたかいらしたようですわね」
「クラリネット先生ではありませんか? 後ほどここに来ると仰っていましたので」
クラリネットか。結局、影武者大作戦も意味が無くなってしまったし申し訳ないことをしたな。後で謝ろう。ただ、妹達との時間に水を差したことについてはしっかりお伝えしなければ。お伝えだ。
「はい、今開けます」
キュウカが入口の方へ向かい、ドアを開ける。
「どうも〜。ここに第三位の——」
〔
「あれぇぇ〜……何しに来たんだっけかぁ。あはぁ、失礼しやし……フンスっ!!」
「チッ……」
「「「「「「「「……「zzz」」」」」」」」」
「ハッハーン!! 第三位!! 五年も一緒にいたんですからその手には乗らねぇっすよ!!」
「無駄に精神力だけは強い脳筋め……」
「兄上、こちらの方は……」
「不審者だよ。もう帰るみたいだから話の続きをしようか。それにしても美味しいクッキーだなぁ」
「何言ってんすか! 五年も一緒に働いてたランブルですよ。というかクッキーあるんですか? ラッキー。俺も貰っちゃ——」
〔
「うぁ……うぅ……ごめんよママぁ……」
「「「「「「「「……「zzz」」」」」」」」」
ふぅ。どうやら悪は眠ったようだ。
俺は膝の上で眠っているハーピの頭を、ゆっくりと、ゆっくりとソファに降ろし、可愛い。玄関前で横たわっているランブルの元へ行き担ぎ上げる。
「ゴミ、捨てに行ってくるね」
「……お気をつけて」
はぁ、妹達が変なことを覚えたらどうするんだ全く。
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