第28話 妹団欒

 妹達が生活している家——天国に足を踏み入れる。


 その瞬間、俺の心が浄化されるのを感じた。


 自覚はなかったが五年経過していたというのは嘘ではないようだ。今まで気付いていなかった、深層に溜まっていた疲労があることに気づいた。それらがたちまち消えていくのを感じる。


「兄さんはそちらのソファに座っていてください。お茶でもしながらこの五年のことをお話しましょう」


「私も手伝いますわよキュウカ」


「それでは私も参りますわ」


「わかった。ありがとう」


 キュウカに案内されたソファに腰掛ける。いいソファだ。いいソファの条件なんて知らないがいいソファだ。なんとなく腰にフィットしている気がする。


「それじゃおやすみルド〜」


 俺がソファに腰掛けた途端、ハーピが俺の隣に座り、そのまま俺の膝に頭を乗せて眠りについた。ほら、いいソファじゃないか。


「あ! ハーピ!」


「そんなに羨ましいならジーコもやってもらえばいいじゃん」


「そうだよ。あたしは流石に恥ずかしいからパスだけど」


「羨ましくなんてない!! 何ニヤついてんのよ!!」


 おっと、微笑ましすぎて顔に出てしまった。危ない危ない。


「というかバカお兄様! なんで挨拶もなしにいっちゃうのよ!!」


「それについては本当にごめん……」


「連れてかれたんだから仕方ないだろ〜? なぁ兄貴」


「それはそうだけど……シロもなんかいってやりなさいよ!」


「私は……兄様に……また会えて嬉しいです」


「……何よ! 私が悪いみたいじゃない!」


 確かにジーコ以外は寛容すぎる。もっと責められてもおかしくはない。


「ジーコ」


「……何よ」


「怒ってくれてありがとう。次からは絶対何も言わずにいなくならないよ」


「……ふん」


 ジーコなりに心配してくれていたのだろう。本当にすまないことをしてしまったな。


「でもさ、実際のところ帰ってきて大丈夫なのか?」


「もう大丈夫だよ。俺がやらなきゃいけない仕事は片付けてきたからね」


「てっきり……忙しすぎて……もう会えないかと……思っていました」


「ほんと、また会えてよかったよね」


 確かにウドとシロとサンキがそう考えるのも仕方ないか。楽聖とは世界中に十人もいない選ばれた天才達だ。まぁその実状は変態の集まりなのだが。もちろん俺は違うぞ。


 口を開けば姉最高! とか、尻が正義なのだよ。とか、君のラの音は興奮するね。とかそんなのばっかだ。というか仕事しろよあいつら。


「一生分の仕事を片付けるのに五年かかっちゃったけど、これからは一緒にいられるから安心して」


「一生分って……相変わらずおかしいわね」


「流石、兄上です」


 ジーコからは呆れられてしまったが、イクスは尊敬の眼差しを向けてくれている。


「それに帰ってくるタイミングもバッチリだしね」


「バッチリ? 何かあるのかい?」


「はぁ、やっぱり兄さん忘れてる。歌舞奏対抗戦だよ!」


 歌舞奏対抗戦か。そういえば俺が響協会に行く前も、歌舞奏対抗戦の話が出ていたな。


「イクスは五年前から小、中響生最強だったんだよ!」


「すごいじゃないか。イクス」


「それ程のことではありません。オーダー様にはまだ遠く及びませんので。それに今年からは高響生になりますので、今まで通りにはいかないでしょう」


 謙遜するイクスだが、十分すごいことだ。国内最強を五年も連続で取り続けるなんてまず出来ない。新たな歌武姫候補に上がっていることは間違いないだろう。


 そういえば、みんなの手紙に歌舞奏対抗戦の話は書いてなかったな。


「イクスが努力した結果だよ。手紙で教えてくれたらお祝いをしたのに」


「兄上にご報告する程のことでもないと思いまして……それに」


 他にも何か言いにくかった事情があるのだろうか。


「みんなで話し合って、あんまり心配かけないような内容にしてたのよ。お兄様の仕事に支障が出ないようにね。歌舞奏対抗戦があるなんて言ったら飛んできちゃうでしょ?」


 確かに。流石ジーコ。わかってらっしゃる。


「ジーコが言い出したんだよね〜。兄さんのことよくわかってんじゃん」


「なっ! 余計なことは言わない!!」


 またふんっとそっぽを向かれてしまった。でも全く嫌な気がしない。


「そっか。気を遣わせてたみたいだね。ありがとう」


「いいのよ別に……」


 それにしても歌舞奏対抗戦か。夢を叶える下準備は……出来ているな。この五年遊んでいたわけじゃない。俺の夢を叶えるために必要な準備も行っていた。


 よくも悪くもこの世界の音楽は、純粋な音楽だ。


 俺の夢。それは……エンターテインメント。


 この世界の音楽の概念をひっくり返す準備をしてきた。そのための響照法と音響法だ。


「みんな、帰ってきて早々お願いがあるんだけど……」


「やるんだろ? アイドル? だっけ?」


 俺が言いたいことを、ウドが先に言ってくれた。覚えていてくれたんだな。


「待ってたぜ〜? 兄貴が最高に面白れぇっていうからよ〜」


「私も……楽しみでした……」


「正直あたしも興味あったんだよねぇ〜」


 他の子達も期待してくれていたらしい。


「みんなありがとう。次の歌舞奏対抗戦、世界の度肝を抜きにいこう」




 ウドがニヤリと笑う。



「いいねぇ。そうこなくっちゃな」







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