第26話 脱サラリーマン(楽聖)

「第三位、頼まれてた仕事終わりましたぜ」


「終わったら次の仕事をさっさと片付けろっていっただろ! それと第三位って呼ぶな」


「へいへい、まったく人使いが荒いな〜」


 狭い部屋に男二人。机に向かってひたすらに書物を書き殴る。こんなものは清書する奴らが読めればいい。故に適当でいいのだ。


 一緒に仕事をしているのは、響協会本部楽聖課のランブルという男。こいつ自身は楽聖でないものの、奏法士としてもそれなりの腕を持っている。なにより事務仕事が出来る。雑用を任せるのにはぴったりな人材だ。


 俺がこの響協会本部に来てからどれくらいの時間が過ぎただろうか。前世の自分も驚くほどの徹夜を繰り返し、頼まれた仕事、仕事、仕事の山をひたすらに片付けていた。もはや日付の感覚はない。時間という概念も無駄だった。


 何故なら、一分でも、一秒でも早く妹達の元へ帰るためだ。俺は予定を常に巻きで終わらせればいい。


「あと少しで頼まれてた仕事は終わりじゃないんですかい?」


「あのジジィ共め……他の楽聖が手をつけられない曲者ばかりだからって、俺ばかりに仕事を押し付けやがって……」


「どの口が言ってるんだか……」


「俺をあいつらと一緒にするな!!」


 全員ではないが他の楽聖がここを訪ねてくることもあった。とはいってもあいつらと仲良くなれる気がしない。あいつらとは趣味嗜好が合わないからな。


「それにしても、第三位が捕まったおかげで響法の技術レベルも数十年は進んだんじゃないですか?」


「理論が曖昧で不明確だったものを形にしてやったりしただけだ」


「でもほら、響照法や音響法なんかも作っちまったじゃないですか。おかげで響演も色々な表現が出来て、より大規模な響力調整が出来るってんで話題になってましたよ」


「あれはこんなところに閉じ込められなくても発表する準備が出来てたものだ。ここに来てやらされた仕事なんて、一つも俺の夢のためにならねぇよ」


 響照法は響力で光を操る方法で、音響法はその場に存在する音と響力を調整するための方法だ。前世でいうところの照明とPAをこの世界に生み出した。


「夢? 楽聖第三位ともあろうお方がまだ何かを欲するんですかい?」


「その呼び方やめろ。夢は……いつだって無限だろ?」


「くっさ!?」


「いいから働けや!!」


 俺とランブルは再び机に向かい、ひたすらに書物を書き上げていく。今やっているのは無響状態患者の対策と回復理論についての論文みたいなものだ。これが出来上がれば無響に侵された人々の手助けになるだろう。まぁ、妹達の歌の方が絶対効果はあるけどな。


 こんな論文ばがりを書かされる日々だが、唯一の救いもある。



 それは妹達からの手紙だ。



 妹達がたまに送ってくれる手紙を読むだけで、俺は十徹でも軽くこなせるようになった。すまん、響力でドーピングはしている。だがテンションは最高潮になるのだ。


 妹達の手紙は書く人を順番にしてるようで、次はサンキかな。次はシロだな。と思っているだけでも楽しい。最高。ハッピーだった。


 過去、妹達と離れ離れになっている期間に妹達を傷つけてしまう事態があったため、こうやって妹達の日々の話を聞けるのは有り難い。もちろん、妹達に危機が迫っていたり、悩みを抱えていそうであれば何もかもを捨てて一瞬で駆けつけただろうが、手紙の内容からは日々を有意義に過ごしていることを感じ取れた。


 とはいえ、妹達は何か問題があっても隠してしまうかもしれないから安心しきっているわけではない。


 それ以外に少し気になることがあるとすれば、手紙の量が相当たまっていることだろうか。俺の日付感覚と計算が合わない。


 ここに来てから一度も時間を確認していないが、まだ一年も経っていないくらいの感覚だ。しかし手紙の数は二百三十九通にも及んでいた。この計算だと三日に二通程度は受け取っていることになる。


 まぁ細かいことはいいか。もう少ししたら帰れるんだ。


 というのも、この響協会に来た時、俺に頼みたいことリストなるものを見せられた。俺の正体が不明な間に追加されていった、頼む仕事の一覧みたいなものだ。どうやら響協会も俺を探していたらしく、見つけたら取っ捕まえて仕事をさせる気満々だったらしい。


 突っぱねることも出来たが、「これしてくれないと定期的に来てもらうことになるからね」と脅された。それは非常に面倒だ。もうこんなところに来たくはない。無論それさえも突っぱねることは出来るが、俺の夢のためにも響協会と疎遠になることは本望ではない。


 仕方ないので、速攻で全部終わらせるから絶対今後は呼ぶなという交換条件で、少しの間仕事をしているというわけだ。ほんと、異世界に来たのにデスマーチを経験するとは。


「ふぁ、眠くなってきた」


「終わったら寝ていいぞ。俺も帰るし」


「え! 終わったら帰っちゃうんですか?」


「当たり前だろ!! 一刻も早く妹に会いたいからな」


「でたよ変態発言……そういえば忘れてましたわ。今朝、妹さんからの手紙を預か「何!? 馬鹿野郎なんでそれを先に言わねぇんだよ!! 寄越せ!!」ってたんすよね。はい、どうぞ」


 ランブルは胸の内ポケットにしまっていた妹からの手紙を取り出す。というかそんなところにしまうな! 残っているかもしれない妹の温もりがかき消されるだろうが! いや、妹の温もりは消えない。あぁ、温もりを感じる。まるで胸ポケットで温められていたような温度だ。


 俺は丁寧に封がしてある手紙を開け、中身を取り出す。今日はキュウカの手紙の番だったな。どれどれ……


『兄さん、ご無沙汰しています。元気にしてますか? こちらは変わりなく皆元気にしています。

 あまりこういう話題には触れ辛いのですが、兄さんが連れて行かれてからもう五年の月日が流れようとしているのですね——』



 ん……? まて。



 ご、五年?



 ショックのあまり持っていた手紙を落としそうになってしまうが、キュウカから貰った大事な手紙を落とすわけにはいかないため気合いで正気を保つ。


「お、おい。俺がここに来て……どれぐらい経った?」


「あれ? 珍しいっすね第三位が時間を気にするなんて。雨でも降るんですかい?」


「いいから答えろ」


「はいはい。丁度、五年くらいになるんじゃないですかね?」



 嘘……だろ?




 俺はまたしても……




 妹達の成長を見逃したのかぁぁぁぁぁ!!!!!

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