第25話 少しの別れ

 保健室のベットで横になり寝息を立てているオーダー。俺はオーダーの様子をベッドの横に設置された椅子に腰掛けて眺めていた。


 やってしまったな。


 あまりにもいい歌を歌うものだから、テンションが上がってついつい調子に乗ってしまった。いや、乗せられたが正しいか。


 最終的には俺の黒の響力で奏法を行ったことにより、オーダーの響力に歪みが生じてしまった。俺がオーダーの様子を見てるのも治療を行い、その経過を見ていたためだ。治療自体は昼前から日が暮れる前に終わっていて、あとはオーダーが目を覚ますのを待つだけだった。



 それにしても——妹達の響力が溢れてしまったのは想定外だったな。



 恐らく俺とオーダーの演奏を聞いた妹達が感化され、無意識に響力を出してしまっていたためと考えられる。それか歌を口ずさんでしまったか、妹達もオーダーに乗せられたか。それほど彼女の歌には力があった。


 現在この保健室には俺とオーダーしかいない。決闘後、異変に気付いて駆け寄ってきてくれた妹達に頼みオーダーの搬送をしてもらった。流石に女性を担いでいくのは気が引けるからな。


 その間に俺はクラリネットに連絡して、保健室付近に誰も近寄らせないようにしてもらった。


「兄さん、オーダー様の様子はどう?」


 静寂が居座る部屋に、天使の声が響いた。

 保健室のドアを開けて入ってきたのはキュウカだ。


「あぁ。治療は問題なく終わったよ。もう少ししたら目を覚ますと思うけど」


「本当? よかった……」


「心配かけてごめんな」


「よぉ兄貴! 外の奴らは追っ払っといたぜ!」


「兄上、警戒の必要もなさそうです」


 続いて聞こえてきた二つの神声。イクスとウドだ。


「二人ともお疲れ様。ありがとうね。他のみんなは?」


「事のあらましを説明しに行ってます」


「そうか、後でお礼を言わないとな」


 結局、妹達に頼る形になってしまったな。今回の件については各方面から事情の説明を求められるだろう。俺もオーダーが目を覚ましたら色々と説明しにいかないとな。


「そういえば、兄貴、少し雰囲気変わった?」


「そうかい? あまり自覚はないけど」


「変な話し方じゃなくなってますね」


 え、俺って変な話し方してたの? まじかよ……全然気が付かなかった。確かに今までは兄として妹達と喋るときは少しだけ緊張していた気がする。ほんの少しだけね。


 ただ、キュウカのおかげで覚悟が出来た。俺が妹達の本当の意味での兄になることを。俺はまだ夢でも見ていると思っていたんだ。みんなが妹であるというこの現実が。


 だから、正体なんかを隠して妹達を自分の都合で愛でるだけだった。画面越しの妹達を見るのと変わらない。


 そうじゃない。俺は正真正銘、兄だ。


 全てを賭けて妹達を守るのが、俺の存在意義だ。


 そう自覚したせいだろうか。今は兄としての立場でも緊張する事なく話せていると思う。


「いい方に変わってるならいいけど、問題ないかい?」


「はい。たくましいです兄上」


 イクスから羨望の眼差しを向けられる。少し前であれば正面から受け止めることが出来なかったイクスの思いが籠っている。自分が憧れている歌武姫にも引けを取らない俺の姿を見て、少しは見る目が変わったのかな。


「うぅ……ここ……は?」


「オーダー、目が覚めたか」


「あ……ルド……その、ごめん」


 オーダーが呻き声を上げながら起き上がる。まだ万全ではないだろうに、起き上がりに話したことは俺への謝罪だった。


「どうして謝るんだ?」


「その……最後まで歌えなくて」


 オーダーの顔に浮かぶ感情はなんだろうか。悔しい。悔しい。そんな声が聞こえてくるような表情をしていた。


「謝ることはない。俺も……楽しくてはしゃぎすぎたようだ。いい歌だった」


「本当? よかった」


 そう言うと、オーダーはベッドから降りて立ち上がった。


「オーダー様、まだ万全ではないと思いますのでもう少し安静にしていてください」


「大丈夫。鍛えてるから」


「ですが……」


「キュウカ」


 保健室のドアに手をかけたところで、オーダーがキュウカに向き直る。


「次は、負けない。必ずアルファに……ルドに相応しい歌法士になる」


「……私も、いえ、私達も負けません」


 そう言い残して保健室を後にしたオーダー。彼女は本物の嵐のようなインパクトを残していったな。


 それにしても……話を聞く限りキュウカは俺を専属の奏法士にしてくれるということなのだが……まぁその話はみんなが揃ってからでいいだろう。



「失礼します」



 時を要することなく、保健室のドアが再び開かれる音がする。オーダーと入れ替わるように保健室に入ってきたのは、見慣れない女性だった。


「初めまして。響協会王都支部楽聖課所属のタルト・エッセルトと申します。こちらに——楽聖第三位、アルファ様がいらっしゃると聞き、伺ったのですが間違いありませんか?」


 来た……か。


 こうなることはわかっていた。


「兄さん……」


「大丈夫。ちょっと行って来るから……みんなによろしくね」


 そう言ってキュウカの頭を撫でる。


「兄貴……すぐ帰ってこいよ? 帰ってきたらデートしてやるよ!」


「はは。それは嬉しい申し出だね。早く帰って来るよ」


 ウドとは拳を合わせる。


「兄上……お帰りをお待ちしております」


「イクス。無理しないようにね」


 イクスとは握手を交わした。


「俺が——アルファです」


「初めましてアルファ様。突然で申し訳ありませんが、響協会本部の方までご同行頂いてもよろしいですか?」


「……わかりました」



 響協会本部か。妹達とは少しの間会えないな。それにジーコやサンキ、シロ、ロッカ、チセ、ハーピにお礼も言えない……面倒ごとはさっさと片付けて帰ってこよう。オーダーの響演も見に行けないか……まぁいい。全ては妹のためだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る