第24話 黒と虹が紡ぐ世界
『おいおいおい! なんで歌武姫と無能が向かい合ってんだ!?』
『決闘するんだってよ! どうやら兄貴が妹の代わりに決闘するらいしいぞ!』
『なんだって!? 出しゃばりやがったな! 無能のくせに!』
修練場は各学年の合同訓練が行える程度には広い。
二階部分は観覧席が設けられており、歌舞奏対抗戦などを行う際にも使用される施設だ。
そんな施設を勝手に使っていいものか? とも思ったがそこは歌武姫の特権があるのだろう。オーダーが修練場の管理人に話をしたら、すんなり借りることが出来た。
噂を聞きつけた野次馬も続々と二階部分に集結していた。だが、その烏合の衆とは違う、神々しい光を放っている場所もある。
妹達が、二階席の最前列でこちらを見ている。
元気百万倍だ。
だからそんな不安そうな顔をしないでくれ。
「よかったの?」
「ん? 何がだ?」
「素性、隠してるみたいだったから」
正面に立つオーダーがそんなことを言う。そう思うなら見過ごしてくれてもいいじゃないかとも思うが、彼女にとって俺を口説くことは絶対条件のようだ。
「もう、いいんだ。これからは妹達の前ではかっこいい兄で居続けることにしたから。逃げも隠れもしないよ」
「そう、よかった」
「あぁ。それで、どうやって決着をつける?」
決闘といっても様々な方法がある。そもそも歌法と奏法は比べることも難しいしな。響力の扱い方は負ける気がしないが、流石に歌武姫を相手に歌法で勝てる自信はない。
単純な響力の扱いで歌法や奏法の良し悪しが決まるならそもそも歌う必要がない。歌に乗せてこその歌法だ。こと歌に関しては、俺はオーダーに勝ることはないだろう。
歌法で挑まれると流石に分が悪い。もちろん、ただで負けるわけにはいかないから足掻いてはみるが。
「歌法は?」
「嗜む程度には」
「でもルドは奏法士。それにルドの奏法も見てみたい」
「人前で見せたことはあまりないからね。緊張するなぁ」
奏法であればこっちの土俵ともいえる。というかオーダーは奏法を扱えるのか?
「わかった。それじゃ——
オーダーがそういった途端、空気が一瞬で変わる。
アドリブ。響法士同士が打ち合わせも無しに演奏を合わせる高等技術。
互いのレベルが相当高くなければ出来ない芸当だが、歌武姫にとっては朝飯前か。
いいだろう。俺の奏法の上で上手に
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やっと見つけた私に相応しい奏法士。
楽聖第三位、アルファ。ここではルドと呼ばれている。
ルドは私の世界を変えた人だ。
歌法陣や奏法陣を唱えた音を記録する、録音という技術を発明した天才。
その録音された彼の奏歌法陣は私の概念を全て覆した。
初めて、歌うことを楽しいと思った。
この人の奏法に歌法を乗せたい。そう強く思うようになった。
歌武姫になって何年かした頃、私は響協会に楽聖第三位との面会を求めた。だがそれは叶わない。楽聖第三位は誰も姿を知らないということだった。そんな馬鹿な話があるかとも思ったが、楽聖は頭がおかしい人も多いと聞く。あんな奏歌法陣を生み出す人物ならあり得ると思った。
私は探した。独自のコネや金を使って、楽聖第三位の正体を。
そうして一年後、まさか私より年下だとは思わなかったけどようやく見つけることが出来た。
この機会を逃すわけにはいかない。ルドには私の専属の奏法士になってもらう。
そう思ってたのに……ルドは既に誰かの専属になることを決めていた。それも……自分の妹の専属になることを。
ルドの妹だから、私を脅かすほどの歌法の使い手かもしれない。だからそれを確かめるためにも決闘を申し込んだけど、まさかルドが乗ってくるとは思わなかった。
ルドは楽聖第三位であることを隠している。この響学校でも自身の力を隠し通していたらしい。
隠していたというのに、私とルドの妹の決闘に割り込んできた理由はわからないけど、こうなったら本気で奏法を奏でさせてみせる。うまく逃げようと思っていても、私の本気を聞けばきっとルドも紫の奏法陣で返してくれるはず。
あなたが作ったこの、紫の奏歌法陣で——
♪〔カラカラに乾いた喉から〕
歌い出しはサビから歌法陣の音だけ。奏法は二小節過ぎたところから静かに入ってくる。そのタイミングをルドが逃すことはないはず——来た。
♪〔ただただと紡いだ言葉は〕
すごく繊細な音色。ただリズムを取るだけの音でさえも意思をもっているように丁寧に置かれていく音。やっぱりすごい。
♪〔もう一度聞きたいだけと強請る 叶わない恋の歌〕
この奏歌法陣における奏法は、最初のサビの歌い終わりから始まる。ルドが考えた
と思ったけど、サビが終わっても激しい奏法にならない。これは……私の知っている奏歌法陣じゃない。まさか間違えている? 期待しすぎた? そんなことを思ったが杞憂だった。
鍵盤楽器のみで展開する前奏。安らぎに包まれると思っていた次の瞬間——打楽器、弦楽器、管楽器、金管楽器、ありとあらゆる音が一斉に響き渡る。
まさか——奏法陣の
ルドの方を見れば、「ついて来れるの?」といった表情を浮かべている。面白い人。歌武姫の名は伊達じゃないことを教えてあげる。
♪〔狭い部屋一人 膝を抱えて 終わりの時を待ってた
希望のない空の下にいたって 照らされる隙間に居場所はない〕
前奏終わり、奏法と歌法が初めて合わさる区間。本来であれば一定のリズムで落ち着いた印象を与える区間だったはず。でもルドはその概念を壊して、闇とも捉えかねないほどの重い、重い音で表現する。
辛い。苦しい。悲しい。一人は嫌だ。歌っている私の心がそんな感情達に支配されている。こんな奏法は初めて……
♪〔ドアに二つノックが響く
「いつまでそこにいるんだ出ておいで」
鍵をかけたはずの 扉を開けた君に
手を引く君に 恋をしたんだ〕
先ほどの区間とは打って変わり嬉しい、楽しい、愛しい、そういった感情が心を優しく包み込む。こんな短時間で感情の最高と最低を行き来し、もはや私は歌っていないのではないかという錯覚に陥る。そう、私は主人公。これは私の物語。
♪〔カラカラに乾いた心が ただただと求めた言葉は
どんな風に きっとこんな風に 形のない思いが届く
カラカラに乾いた喉から ただただと紡いだ言葉は
もう二度と離れたくないと強請る——〕
サビと呼ばれるこの奏歌法陣の一番大事な区間へ入る。私はもうルドの奏法陣の上で演じるだけ。私の人生を。だというのに……気付いてしまった。
ルドの、黒い響力。
あれは……何?
そう思った途端、声が出なくなってしまった。
私はあの響力に耐えきれない。あの響力に受け入れてもらえない。あの力は——私のために向けられていない。多分、私は見限られている。
私の後ろ——二階席の最前列で強烈な光を放つ九人のルドの妹。
それぞれが別々の色を放ち、それが混ざり合って虹の響力を生み出している。
聞いたことも見たこともない、ありえない光景。黒い響力と虹の響力が共存する空間。
今の瞬間だけは、この世界はあの兄妹のためにあるのだと思ってしまった。
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