第23話 全てぶっ壊してでも、守るべきものは——妹だろ

 あいつはいついかなる時でもやって来る——♪きっと来る。違う。


「ルド、いた」


 廊下を歩いているときはもちろん、


「ルド、いる?」


 授業中もおかまいなし。


『おぁっ!? 何故ここにオーダーさんが!?』


『ここ男子トイレですよ!?』


「あ、いた。ルド」


 男子の聖なる空間でさえ、彼女は土足で踏み込んで来る。


「流石に男子便所はやめようよ……」


「わかった。それじゃ外で待っている」


 個室の壁の上からひょっこりと覗かせていた顔が消え、再び男子達の驚く声が聞こえてくる。


 はぁ……どうしたものか。


 とりあえず、尻を拭こう。



 ———————————————————————



「お待たせ……」


「やぁ、ルド。奇遇だね」


 何が奇遇なのだろうか。天才の発言は理解出来ない。


「それで……前も断ったと思うけど」


「うん。だから一旦専属の奏法士は保留にする。それより今度の響演に出て」


「遠慮します」


「ありがとう。それじゃ、明日の午後は調整があるから会場に来てね」


 むむ、全く話を聞いていない。


 力ずくで聞かせることもできるけど、正体の件もあるが出来ればそうしたく無い理由があった。


 オーダー・アクベンスには、兄が二人と姉が二人いたはずだ。



 そう、妹なのだ。



 俺の妹というわけではないが、妹属性を持っている人に対して俺は強く出れない。妹は俺にとって唯一価値のあるものだ。俺の世界は妹かそれ以外かで出来ている。


 妹属性を持っているだけで、俺にとって価値あるものになってしまうのだ。


 ならばいっそ引き受けてやるかとも思ったが、自分の正体が公になるリスクを背負ってまでやろうと思えることでは無い。自分の正体を隠している理由は俺の妹達と一緒にいたいからだ。上位存在が理由になる場合は下位存在の優先度は低い。


 今の所、俺の中の優先度は、


【妹達>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>オーダー(妹属性)> 越えられない壁 > その他の全部】


 となっている。


 故に断りづらいが聞き入れる気も無いという、面倒な状況なのだ。



「あ、兄さん。今、お時間あり……ませんね」



 妹よぉぉぉぉぉぉ!!! キタァァっぁあ!!



「いや、や、やぁ! キュ、キュウカじゃないかぁ!!」


「お邪魔なようなので出直しますね」


 キュウカは俺の肩越しにオーダーの姿を見た。


「邪魔だなんてそんなことな、ないぞぉ! それじゃオーダー。また今度」


「待って」


 偶然通りかかったキュウカとランデブー、じゃなくてハネムーン、じゃなくてエスケープしようと試みるが、そうはいかない。オーダーに後ろから肩をがっちりと掴まれる。


「ルドの妹だね」


「はい、オーダー様。九女のキュウカといいます」


「キュウカ……九女?」


「はい、私たちは9つ子ですので」


「ふ〜ん」


 俺越しに会話をするのはやめてくれ。あ、他所行き顔のキュウカかわいい。


「キュウカ、用がある」


「なんでしょうか。私のような若輩者がオーダー様の要求を満たせることはあまりないかと思いますが」


「謙遜しなくていい。私と——決闘して」


 周囲から『おぉ!?』という声が上がる。どうやら野次馬も増えて来たようだ。そりゃそうか。現役の歌武姫と話題の入学生が相対しているのだ。気になる展開ではあるだろう。


「あの……オーダー様にご教示頂けるのは幸いですが、決闘となると結果が見えております。私ではな成す術なく敗北してしまうでしょう」


「別に張り合いたいわけじゃない。ルドが欲しいだけ」


 野次馬の声が『あぁぁ!?』という怒号や悲鳴に変わった。オーダーが俺を求めている事実に理解が追いついていないらしい。


「兄さんが……?」


 すまない、キュウカ……こんな面倒なことに巻き込んでしまって。とりあえずここは適当に流してくれ。あとは俺が誤魔化しておく——





「わかりました。お受けいたします」




 ……




 一度、俺の目を見て力強く答えたキュウカ。





「うん。それじゃこっちにきて。ルドも、私が勝ったらさっきの話考えてね」


 そう言ってオーダーは修練場がある方へ歩き出した。キュウカもオーダーの後を追って歩き出すが、俺の横を通り過ぎる際に小さな声で言葉を紡いだ。





「——今度は私が守る番です」





 あぁ。情けない。


 情けないな本当に。


 何に恐れているのだろうか。妹に会えなくなること? 正体が公になること?


 全て俺の都合じゃないか。俺のわがままじゃないか。


 妹は自分では到底敵うはずがない相手に、立ち向かおうと決意した。


 しかも——俺のためにだ。


 俺は妹達を守る。ありとあらゆる全てからだ。そのための力もつけた。


 世界? 響協会? 無響力?


 そんなものがなんだというのだ。


 全てぶっ壊してでも、守るべきものは——妹だろ。


 例え俺が、この世界から消えたとしてもだ。





「待て、オーダー」





 俺はオーダーの方を向く。





「俺が相手だ」



 もう、逃げ回るのはやめだ。



 妹達と向き合うのに、妥協はしない。

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