第22話 歌武姫 オーダー・アクベンス

 歌武姫 オーダー・アクベンス。


 現在の年齢は十五歳。俺より二歳年上だったはず。


 生まれたときから類い稀なる響力に恵まれ、歌法士として英才教育を受けて育った真の天才。おもらし天才とはわけが違う。


 十歳の頃にその才能を響教会に認められ、歌武姫の地位を得たのがオーダーだ。


 今の妹達と同じ歳には既に歌武姫になっていたと考えると末恐ろしい才能だな。まぁ妹達も俺が十歳まで付きっきりで教えていたら、みんな歌武姫になっているくらいのポテンシャルはある。けど俺はみんなに歌武姫になってほしいわけじゃないしな。


 しかし、こんな夜中に一体何の用があるのだろうか。


「初めまして。でいいよね? 少なくとも俺は会ったことがないと思うけど」


「うん。初めまして。オーダーだよ」


「うん。知ってる。有名だもんね」


「うん。有名」


 むむ、会話が終わってしまった。テンポが合わないのか話が進まないな。俺を探していたんじゃないのか? まぁこういった天才型は会話は苦手だとよく聞く。興味がないことや人の話は全く聞かないともな。こうやって会話出来ているだけでもいい方なのだろう。仕方ないから色々聞いてみるか。


「俺がどうしてアルファだと?」


「ずっと探してた。最近は酔っ払いに金を積ませて響協会と連絡をとっていることはわかってた。でも、会ったであろう人はもちろん、後をつけていたはずの人達もみんな記憶が無くなってた」


 そのせいで、ここ一年位やけに動きづらかったわけだ。


「だから今回は私が来た」


「なるほど。俺の代わりに動いていた人をつけている人をさらに尾行したってわけだ」


「そういうこと。直接だと警戒されて会えないと思って」



 そうまでして俺に会いたいとは……何が目的だ?


「歌武姫って結構暇なの? わざわざ俺なんかに会いにくるなんて」


「これでも一年は探した。けど全然情報がつかめなかった。それに丁度王都に来る機会ができた」


 それで俺に会いに来たと。わからん。


「ルド様……来週、オーダー様の【響演】がこの王都で開催されます」


 あぁ、それでか。


 この世界の歌法士や奏法士、舞法士はまとめて【響法士】と呼ばれ、主に二つの使命がある。


 一つはミュートが出現した際に応戦し、一般人の人命を守ること。

 そしてもう一つが、地域ごとに乱れた響力を安定させることだ。


 人々が集団で生活を行っていると、様々な感情の響力が混ざり合ったりすることでその地域の響力が濁っていく。響力の濁りはミュートの出現頻度を増やすだけでなく、人々が負の感情に陥りやすくなったりするなど様々なデメリットがあるのだ。


 濁った響力は小規模であれば、少数の響法士で整えることが可能だが、首都など何十万という人が生活する場所では数十人の響法士を集めても整えることが困難だ。とはいえ対処しなければ悪影響が大きすぎるので、響法士達は日々響力を整えていた。


 三年前、俺が響演という手法を世間に伝える前までは。



 響演とは、優秀な響法士を中、大規模な都市に派遣し、そこに住む住民の響力を用いて響法士が響力を整えるという手法だ。


 簡潔にいえば、アーティストがライブを行い客を熱狂させて、みんなハッピーということだ。元々、数十人の響法士で困難だった理由は単純な響力不足。


 それが五万人規模の人々を熱狂させれば、その地域の響力を整えるのに必要な響力は十分に集められる。


 俺はこの理論を響協会に提出したことで、楽聖の地位を得た。もちろん、ただ案を出したわけじゃなく響演をするために必要な歌法陣や奏法陣、それらを演出する俺が生み出した響法陣というものも全てだ。


「あぁ、それで響演の生みの親である俺に会いたかったってことか」


「ちがう」


「ちがうよねごめんね」


 なんだよ違うのかよ!! ちょっと恥かいた。


「聞いて」


 一言だけそう言ったオーダーは、そのまま目を閉じ、アカペラで歌法を唱え始めた。




 ♪〔カラカラに乾いた喉から

   ただただと紡いだ言葉は

   もう一度聞きたいだけと強請る

   叶わない恋の歌〕




「……う、うぅ…」



 圧巻。



 おかげでクラリネットは速攻で嗚咽が込み上げたようだ。


 サビのたった8小節で感情をここまで見出されるとは。流石は歌武姫だ。それにこの曲は——



「どう? 私の一番好きな歌」


「俺が作った歌法陣か」


「そう。この歌を知った時、私の世界が変わったの」


 この歌は俺の世界の音楽をしっていないと歌えないレベルで、この世界のトレンドとは外れている。ノリが全然違うから、この世界の歌法士にはリズムに乗せることすら難しいだろう。


 こうも簡単に歌い上げた上に、特殊な感性を持っている。


「今まで私を満足させる歌法陣はなかった。どんな歌法陣も、全力で歌うと歌法陣が耐えられない。でも、あなたの生み出す歌法陣はどれも独特で愉快で難しくて……楽しい。初めてこんな気持ちになったの」


 それは良かった。苦労して生み出した曲が誰かに響いてくれたなら、曲も本望だろう。だが、そんなことを伝えるためにわざわざ来たのか? 響協会伝手に手紙でもくれれば良かったのに。


「それはどうも。いい歌を聞かせて貰ったよ」


「こちらこそ、ありがとう」


 律儀だなぁ。歌武姫になるくらいだから豪快で脳筋みたいなイメージだったがそうでもないらしい。





「それで——私の奏法士にならない?」





 オーダーから伝えられたのは、パートナーにならないかという提案だ。これは、いわゆるバンドを組むに近いかもしれない。


 俺がオーダーの専属の奏法士になり、オーダーの歌法を最大限に引き出す関係。




「すまない。それは出来ない」



 人生を賭けるような告白にも等しいが、悪い。断る。


「……どうして?」


「既に……俺が専属になりたい歌法士がいるんだ」


「それって……誰?」


 ん〜楽聖第三位ってことは伏せてるからなぁ。記憶を消してもまた追ってくるだろうし、あまり言いたくは無いが……専属の申し出を断ったお詫びではないが、ここは誠実に答えよう。


「俺の、実の妹達だ」



「……そう」



 その言葉を聞いたオーダーは少し俯いた後、背中を向けて去っていってしまった。


 悪いことをしたな……だが俺は妹達の専属になるために奏法士を学んだと言っても過言ではない。あの歌法陣だって妹達に歌わせたい曲が世間にすぐ馴染むように、あらかじめ新しい概念を伝えるためのものでもある。妹達がいなければ生まれなかった曲ともいえるだろう。



 だが、俺はオーダーのことを全く理解していなかった——







 ———————————————————————




「本日から、中響生薔薇組三年として皆さんと勉学を共にする、オーダー・アクベンスさんです」



「よろしく」



「皆さんもご存知の通り、オーダーさんは歌武姫ですが、この学校にいる間は学友になります。多くのことを学び、自身の糧にしてください」


 朝から急遽、全校生徒を集めて集会なんて珍しいとは思っていたが、まさかオーダーがこう出るとはな。


 先生からの紹介を受けたオーダーは、そのまま備え付けのマイクを持って喋る。ちなみにあのマイクも俺が発表した響道具だ。というかお前そろそろ響演だよな。リハーサルとか大丈夫かよ。



「ルドの妹、立って」



 ってうぉぉぉぉぉいおい!! 妹達に何をする気だ!? と思って妹達の方を見れば、イクスなんかは憧れの歌武姫に呼ばれて舞い上がってるし、他の妹達もなんだが嬉しそうだ。そりゃ憧れるか。



「あなた……達? には負けないから。って多い……」



 会場にいる全員の頭に疑問符が浮かんだのは言うまでも無い。



 なんか、修羅場に突入したかも俺の学校生活。

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