第21話 楽聖第三位 アルファ

 王都の夜空に、借り物の光を放つ星が一つ。王都の全てを照らしているかのように思えても、路地裏のここまでその光は到達しない。



「はい、確かに受け取ったよ。ご苦労様」


「……」


 俺は虚な目をした男のポケットに結構な額のお金を入れる。それでも、目の前の男は一言も喋らずに俺の前から立ち去っていった。


「今のは……?」


「あぁ、催眠で操ってひと仕事して貰ったんだ。といっても頼まれてた調べ物の結果を響協会に提出するだけの簡単な仕事だけどね」


 物陰から出て来たのはクラリネットだ。


「それにしては高額な報酬かと思われますが……あの方は知っていて仕事を受けてるのですか?」


「いや? 酒屋の外で潰れてる人に酔い覚ましと洗脳をかけてる。高額な報酬は勝手に体を借りた分かな。知らぬ間にポケットに大金が入ってたらうれしいでしょ?」


「なるほど……王都の酒場で酔い潰れると大金が手に入るという噂はそういうことだったのですね。それで……何故私を?」


 クラリネットをここに連れて来たのは、この仕事を引き受けてもらおうと思ったからだ。


「その噂が厄介なんだよね。最近は酒場付近をうりょちょろして正体を探ってる奴らもいるみたいだし。また別の方法にしようと思ってたところに、口が固そうで便利な助手が出来たってわけだ」


 クラリネットの扱いは、弟子ではなく助手で留めておいた。なんか怖いんだよなこいつの盲信……


「なるほど……すみません、それを見せていただいても?」


「あ、これ? ほいっ」


 俺は男から受け取ったものをクラリネットに投げる。


「ちょえっ!? 急に投げないでください!! こんな大事なものを!」


「別に落としたくらいじゃ壊れないよ」


「はぁ……本当にあの子達以外には興味がないのですね……それにしても……これが楽聖の象徴たる紋章が刻まれた響遺物ですか」


 クラリネットに渡したのは、楽聖であることを証明するための身分証みたいなものだ。同じものがもう一つ響協会に保管されており、その二つは常に同じ音程、音色の音が出る仕組みになっている。故に楽聖くらいでないと偽造できないものとなっていた。逆にいえば、偽造できることが楽聖になる最低条件ともいえる。


「ありがとうございます。それにしても……ルド様がそういったことに興味がおありだとは思っていませんでした」


「そういったこと?」


「その……響協会での地位や名誉などといったものです。てっきり、あの子達と歌法や奏法しか興味がないのかと」


「間違ってはないよ? これも小遣い稼ぎみたいなものだし」


「小遣い……やはり思った通りでした」


 妹達に再会するときに、金がなくて妹達に何も買ってあげられないなど言語道断。妹に貢げるくらい稼ぐのは常識。稼いだ額を貢ぐのも常識。そして見返りを求めないのも常識だ。妹のために上京して大手企業に就職し地位を高め、田舎の妹のために金を使う。これが兄道だろ。


 楽聖で稼げるようになってからは、妹達への仕送りをこっそりと行っている。こんなこともあろうかと俺が家を出る前に口座の情報を入手しておいたのだ。入金しかしてないので、使われているかは不明だが……


「とにかく、これからは楽聖三位の影武者としてテキパキ働いてくれ。あ、報酬は出すから安心して」


「それはよろしいのですが、何故隠す必要があるのですか?」


 ん〜当然の疑問か。普通は隠す必要なんてないよな。名誉なことっぽいし。


「俺の響力の存在が公になったら、響協会は俺を囲って離さないだろうからな。妹達に会える時間が減る。それだけだ」


「多少の無理は通ると思いますが……それすらも煩わしいということですね。わかりました。そういうことでしたらお引き受けいたします」


「ありがと。基本的には俺と響教会の中継役になってもらうだけだから。あ、そうそう。多少危険も伴うから注意してね。こんな感じで」


「!!」


 俺の背後に、全身黒い服を身に纏った二人組が降り立つが——。


「ルド様!!」


おん そらそば ていえい そわかごめん眠って記憶忘れてね


 少しだけ響力を発動し、襲撃者の意識を刈り取る。


「たまに襲撃とかあるから。楽聖第三位の正体は金になるらしいよ」


「なるほど……あの……すみません……」


 ん? どうしたのだろうかと思ったが、ああ。膝と膝をくっつけている。漏らしたな。


「……着替えは?」


「常備しています」


「自慢することじゃないだろ……」


「すみません、少し後ろを向いていて貰ってもよろしいでしょうか……」


 俺は言われた通りにクラリネットに背を向ける。妹以外の着替えに興味はない。いや、妹の着替えを見たいってわけじゃないぞ? 俺はそんなよこしまな感情を持って妹達を見たりしては——見たい——いない。


 ふと、路地裏の吹き抜ける冷たい風を感じる。おかしい。今日はそこまで冷える気温じゃないはずだが。


 そう思っていると、正面からこちらに向かってくる人影が見える。襲撃者の仲間だろうか。相手の出方を伺うためにも一旦待つか。ただの通行人かもしれないし。いや、この遅い時間にそれはないな。


 もう姿が見えるというところまで歩いて来た人影は、俺の想定していなかった意外な人物だった。


「やっと見つけた。探したよ、アルファ」


「……」


「ルドさ……!? ルド様! この方は……」


 腰まで伸びた周囲の景色を写すほどの美しい黒い髪。その髪と同じ色で合わせられたスーツ風の衣装に身を包み、足首まであろうかというロングコートを羽織っている女性。



 歌武姫 オーダー・アクベンス。歴代最強と謳われる歌法士だ。


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