第18話 もっと妹と近づきたい兄の願望
「なぁマイン」
「どうしたの? ルド君」
ミュートの襲撃から数日後、俺は例の如くマインと昼食をとっていた。この数日間は放課後の訓練でしか妹達に会えていない。訓練もノテットシンクロの練度を高めている段階だ。みんなの歌を聞けるだけでも幸せなのだが、訓練が終われば即解散。まるで、本当の先生と生徒のようだ。
「おかしい」
「また変なこと言い出すの?」
「何故俺はマインと昼食をとっているのだろうか」
「……怒った方がいい?」
おっと、流石にデリカシーがなかったか。
「すまん冗談だ。ただな、俺には妹がいる」
「そうだね。疑いが晴れたようでよかったね。最初は僕も驚いたけど」
周囲の奴らは疑っていたようだが、この前の合同訓練で俺と妹達が兄妹であることは周知の事実となった。
「ありがとう。それよりも、兄と妹はお昼になると一緒に食事をするものじゃないのか?」
俺は妄そ——想像していた。この七年間だ。サンキが休憩時間の度に俺の教室に出向いて、「お兄ちゃん! あ〜そぼ!」って言っている姿を。イクスが「あにうえ……たくましいです」といって俺の筋肉を触るのを。ハーピが「ルド、俺膝枕して〜」と言ってくるのを。あ、これはたまにあるな。
それが……無い。無いのだ!!
「う〜ん、僕は兄弟がこの学校にいないからわからないな。でも兄弟とか姉妹で在籍している人達も、ずっと一緒にいるわけじゃないんじゃないかな?」
「そういうものなのか?」
そんな馬鹿な……俺はもっと妹達といろんな時間を共有したいのに……
「それに妹さん達だって、ルド君との距離感がまだ掴めてないんじゃないかな? 別れた時は三歳だったんでしょ? それで七年越しに会っても、そんなすぐに甘えたりは出来ないと思うよ」
「なるほどな。要するに……親睦を深める必要があるってことか」
「そうそう。ルド君が誘ってみたら?」
妹を誘う……俺が? アバ、アバババババ。
「えっルド君!?」
「アババババ、イモウト、テンシ、オレ、フカシン——っと危ない危ない……」
「急にどうしたの?」
「あ、あぁ……実は……妹達と兄として喋ろうとすると……緊張してしまって……」
「……え?」
思えば再会してから兄として会話したのは数回しかない。ほとんど先生や保護者といった立場で会話をしていたからな。そうやって立場を変えないと……正気を保っていられないのだ。
だって妹だぞ!? 可愛すぎる妹だぞ!! 俺が兄なんて……まじかよ。十年経っても信じられねぇ。
「はぁ……妹さん達の距離感以前の問題じゃないか。ルド君が兄として接してあげていなかったら、妹さん達も真の意味で心を開いてはくれないと思うよ」
嫌だ!! それは嫌だ!! 俺は妹達の全てが知りたい!! 見たい!! 聞きたい!!
「ど、どうすればいい!!」
「どうもこうも……普通に話しかけてみればいいんじゃない?」
こいつ……馬鹿か? 俺みたいなただの人間に、神に言葉を献上する権利があるわけなだろ。神に語りかけられた日には……死ねる。
そう考えると立場というのはすごく便利だ。こんな俺でも教育者や保護者、先輩の立場としてならお話しすることが出来るのだからな。
待て、そうなると……俺が妹様達とお近づきになること自体……不敬なことなのではないか?
くそっ。八方塞がりだ……俺はどうしたら……
「あ、妹さんだ」
なっ!? 俺は慌ててマインの顔が向いている方を見る。そこには食堂内を一人で歩いているロッカの姿が見えた。
「ほらルド君!! 妹さんとお話しするチャンスだよ!!」
「馬鹿野郎!! 心の準備が——」
「あら、兄様ではないですか」
あぁ……神よ。
待て、今の俺の立場はえっと……先生? は違うな。保護者? ってほど何かに困ってる風ではないか。先輩? というほど硬い感じでも無いし、ということは兄……アバ、アバババババ。
「お、お、お、お、おおおおおお、ろろろ、ロッカさんではないですか」
「ルド君……」
「兄様……? そちらの方はどなたですの?」
「ただの生ゴ——」
「はいはい雑にしないでね、初めまして! ルド君のお友達のマインです」
「あら、ご丁寧に痛み入りますわ。兄様の六番目の妹のロッカですわ」
「ロッカさん! 妹さん達と話したのは初めてだよ!」
「そうなのですか? 兄様は普段のお姿はあまり見せませんものね」
あれ、マイン。なんで普通に会話出来ているんだ? 神が……神がいるというのに。まさかマインも……妹属性!? いやこいつは違う! だって男だぞ!!
「ほらルド君、ロッカさんももっと普段のルド君を知りたいってよ」
「なななな、なに馬鹿なこ、こ、ことをいって——」
「あ、チセちゃん?」
俺とマインとロッカで会話をしていると、見知らぬ女生徒がチセの名前を呼んだ。女生徒は、チセと呼びながらロッカに話しかけている。どうやらロッカとチセを間違えているようだ。まぁロッカとチセは瓜二つだからな。もちろん9つ子の妹達はみんな似ているが、その中でもロッカとチセは本当に似ている。
「あら、なんですの?」
「この前の授業で借りていたの、返すの忘れてたよ〜! はいこれ!」
そういってチセから借りたと思われる筆記用具をロッカに返していた。
「そうでしたわね。はい確かに」
「遅くなってごめんね! それじゃま──」
「すまない、ちょっといいか」
俺はたまらず女生徒に声をかけた。
「あ、えっと……なんでしょうか」
「その子はチセじゃない。ロッカだ」
「え……? そ、そうなの?」
「えっと……はい。すみませんですわ。騙すようなことをして」
「あ……いや、私が間違えたせいだから……その……ごめんなさい!!」
そういって女生徒は立ち去っていってしまった。若干気まずい空気になってしまう。
「はぁ……兄様、わざわざ言わなくてよかったのですわよ?」
「そうは言ってもな、失礼じゃないか?」
「私たちは慣れておりますもの。それに——」
ロッカはやれやれといった表情を浮かべながらこちらを見た。
「絶対に間違えない人がいてくれるので、気になりませんわ」
なるほどな。確かに俺がロッカとチセを、妹達を間違えることは絶対に無いな。
「そういうものか」
「そういうものですわよ」
勉強になった。俺も妹達がいてくれればそれだけでいいしな。
「二人とも……やっぱり仲良しじゃない?」
ふと、マインがそんなことを口走る。
仲良し……仲良し? 今の会話は……兄として? アバ、アバババ
「兄様」
「ちゃい! なななな、なんでしゅか、ロッカしゃん!」
やばい、急に緊張してきた。呼吸が出来なくなりそうだ。
「今度、ご一緒に王都の街に出かけてくれませんか?」
…………
「イエス、マム」
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