第16話 ノネットシンクロ

 ミュート。この世界で唯一無響力という力を扱う存在。


 無響力は文字通り響力を無くす性質があり、無響力を受けることによって響力の減少、ひどい場合は声が一生出せなくなったり、聴力を失うこともある。


 ミュートは突然出現し、響力を持つ者に襲いかかる。それは、ミュート達が世界から響力を消し去ろうとしているのではないかという推測がされている。



『警告、第三種無響力警報発令。小響、中響の生徒は付近の教員の指示により避難を開始してください。高響二班以上は担当教員の指示に従い割り当てられた区域の警戒に当たってください』



 響学校とはいえミュートに対抗できる生徒は少ない。とはいえ高響生ともなればミュートと渡り合える人材もいる。どの程度の規模でミュートが出現するか不明な以上、危険とわかっていても生徒に命を張ってもらう必要がある。


『例外的に、ミュート撃退経歴があるクラリネット指揮下の小響薔薇組一班は第三訓練場裏の警戒に当たってください』


 う〜ん。どうやら人手不足は深刻なようだ。まさか妹達まで駆り出される事態になるなんて……


「兄様……行ってきます」


「いや、もちろん俺も行くよ」


「ですが……」


「呼ばれてないとはいえ妹達が戦いに行くのに俺だけ安全な場所で待ってるわけないよ。とにかく急ごう」


「はい……」


 俺はシロと共に第三訓練場裏へと向かった。



 ————————————————


 第三訓練場裏へ辿り着くと、既にシロ以外の妹達とクラリネットが警戒に当たっていた。


「ルド様、来てくださると思っていました」


「当たり前だ。妹達だけを危険な目にあわせるわけにはいかない」


「ったく兄貴ったら心配性だぜ。あたしだってミュートとは何回も戦って来たんだぜ? 大丈夫だって」


 ウドは少し余裕があるようだ。気負っていないのはいいことだな。だが甘くみすぎていなければいいが。


「——来ます」


 空間が揺らぎ、そこから紫と黒の渦が出現する。その渦から姿を現したのは、ミュート。人類の敵だ。


 目の前に現れたのはミュートの中でもスタンダードな個体で、霊長類の形態をしている。肌は全身が白に覆われていて目や鼻はなく、響力を捉える耳と響力を補食する口が付いている。


 出現したのはミュートは三体だ。


「トリオで一体ずつ迎撃します! ウドとジーコがそれぞれ指揮をとってください!」


「あいよ!」


「任せて!」


 トリオというのは三人一組で陣形を組んで戦うということだ。イクス、シロ、ハーピ。ジーコ、ロッカ、チセ。ウド、サンキ、キュウカでそれぞれトリオを組んで戦うようだな。今回俺はサポートを行うことにしよう。だが妹達の今の実力を知るいい機会だ。あまり危険な状況でもないし、出来るだけ見守る方針でいこう。


 陣形を組んだことで早速戦闘を始めるみたいだが、俺は思わず目を疑ってしまった。



 ♪〔流るる血は故郷に捧げ——〕


 ♪〔天を舞う花びらに——〕


 ♪〔太陽を隠す月が——〕


 ♪〔揺れ動く——〕


 ♪〔遠く遠く見上げた——〕


 ♪〔正義を掲げた——〕


 ♪〔正義に魅入られ——〕


 ♪〔眠れる森の——〕


 ♪〔夕暮れに沈む——〕



 妹達はそれぞれ歌法を歌い始めた。自分達が得意な歌や、役割に応じた歌法を選んでいるのだろう。


「なぁクラリネット」


「なんでしょうか、ルド様」


「これは……何だ?」


「何と言われましても……申し訳ございません。何かお気に触ることがありましたか?」


「気に触るも何も……なんで妹達はそれぞれ違う歌法を歌っているんだ?」


「すみません、質問の意図が理解できないのですが……」


 そうか。いや、そうだよな。


 幼き頃の妹達を知っているのは俺と両親くらいだ。俺が何を妹達に教えていたのかを知っているのは俺しかいない。妹達のポテンシャルがこんなものではないと知らなくて当然だろう。


「っちょイクス! こいつらなんか違くないか!?」


「硬い……普通の個体ではないようです。でも何故……」


「王都はこの国で一番響力が濃い場所だからね。ミュートの個体も他の場所よりも強いんだ。それより——」


 俺は一度手をパンと鳴らす。乾いた音は空間に鳴り響いた。


「みんな、注目」


「お兄様!? 何してんのよ! 今戦ってるでしょ!」


「あぁ、そいつらの動きは今止めてるから。それよりも、丁度いいしレッスンをしようか」


「兄さん、今は戦闘中だよ? そんな暇は……あるけど緊張感足りないんじゃない?」


「今だからこそだよ。みんな一旦歌法を止めてね」


 ミュートが俺の放った音で静止しているのを見て、妹達は歌法をやめる。


「それで、何するってのさ」


「せっかくだからさ、みんなで歌おうよ」


 俺は自身の響力で黒い弦楽器を生み出す。


「みんなで歌おうって……今することじゃないですよね?」


「まぁまぁ、騙されたと思ってさ。家で毎朝歌ってた歌覚えてる?」


「一応覚えてるけど……ってあれ歌うのか!?」


 ウドは恥ずかしいようだ。まぁあの歌は子供が歌えるような歌だからな。


 みんなが困惑している中、すごく乗り気になってくれたのはシロとハーピだ。


「私……歌います……! 兄様の奏法で……!!」


「わぁ〜! 久しぶりだねぇ〜! あの歌好きだよ〜」


 その姿を見て、他の妹達も少しやる気になってくれたようだ。


 俺は一度弦楽器の鳴りを確かめるために和音を鳴らす。うん。いい音だ。ちゃんと妹達の声を乗せてくれよ。


 そして前奏を演奏し始める。響力はあまり使っていない。本命は妹達だし、俺はあくまでサポートだからな。


 二小節の前奏後、妹達が声を揃えて歌い出した。


 ♪〔お山に太陽さん ひょっこり顔出して〕


 うん。良い歌い出しだ。少し恥ずかしくはあるだろうが、流石は妹達。久しぶりでも問題なく歌えている。


 ♪〔朝を迎えたら こんばんわにさようなら〕


 妹達から出てきた響力を運び、この空間を支配する。本来混ざり合うことはない別々の色の響力が、輝きを放ちながらどんどん大きくなていく。


「これは……虹色の……響力!?」



 ノネットシンクロ——



 なぁ綺麗だろクラリネット。俺の汚い響力なんかとは違う、9つの色で出来た虹の響力だ。個性は違くとも9つ子である妹達だから出来る最高の歌法。


「ほら、もう大丈夫だね。行っておいでみんな」


「すごい……負ける気がしません」


「ふぅん……やるじゃんお兄様」


「これなら届きそうですね」


「兄様は……やはりすごいです……!」


「いいじゃんいいじゃん! 楽しくなってきたじゃん!」


「正義、執行ですわね」


「合わせますわよ」


「やっぱりこの歌好き〜!」


「この歌だと私が低音だから大変なんだよね……」


 妹達も昔の感覚を取り戻したみたいだ。そういえば大事なことを伝えなくちゃ。


「キュウカ」


「なんですか? 兄さん」


「みんなの指揮をお願いね。キュウカが一番適任だからね」


「私に……出来るでしょうか」


「出来る」


 俺はキュウカの目を見て答える。


「……わかりました。やってみます!!」


 よし、こうなればあとは問題ないだろう。この状態の妹達がスタンダートなミュートに遅れを取ることはない。


 さぁ、知れよ世界。これが俺の、最高で可愛くて天才で歌姫で女神で天使の妹達だ。

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