第15話 四女シロ
小響生と中響生の合同訓練も終わり暇になった。
というのも、午前に合同訓練があった日の午後は、自習や休息に充てていい自由時間となるからだ。
「ルド君はこのあとどうするの?」
昼食を共にした同じ薔薇組のマインが尋ねてきた。
「ん〜図書館にでもいくかな?」
「相変わらず勉強好きだね、ルド君は」
実はマイン。薔薇組二班に所属しているため、ちょっとだけエリートだったりする。人当たりがよく、クラス内でも嫌ってる人はいないだろう。だからこんな俺にもよく声をかけてくれる。なんだかんだ妹達との再会のときも背中を押してくれたしな。
「そういえば、ルド君ってクラリネット先生のお弟子さんになったの?」
「ん? あぁ、まぁ成り行きでな」
「そっかぁ。いいなぁ〜僕も天才歌法士クラリネット・バーミリアン先生に教えを乞いたいよ」
「俺から頼んでみようか?」
「いいの!? でも……やっぱり大丈夫! 僕に才能があれば、いずれ声を掛けてくれると思うからさ! そうじゃないってことはそれまでだったってことだし……」
うむ。意見が割れる考え方だろうな。コネでもなんでも使えるものは使って他人を蹴落としてでも上に行く。そういう貪欲な考えの方がいいという意見もあるだろう。
誰しも自信があるわけじゃないし、己の全てを掛けて何かに取り組んでいるわけじゃない。
俺も妹以外のことは割とどうでもいいしな。妹のことに関しては一切妥協しないしけど。といっても最近は妹に助けられてばかりで不甲斐ないが……
マインのスタイルを否定する気はない。本人がそういうならそれでいいだろう。
「それじゃ俺は図書室へ行くよ」
「うん。またね」
————————————————
図書館へ辿り着くと、そこには最近見慣れてきたよく知っている背中があった。
「シロ、一人で勉強か?」
「兄様……! はい……奏法陣の学習を……」
シロの座るテーブルの前には、奏法陣に関する書物と奏法陣が書かれたメモがあった。
「昔から奏法陣に興味があったもんね。どう、楽聖にはなれそ?」
小さい頃のシロは、楽聖なんて恐れ多いと思っていたからな。
「どう……でしょうか……でも……それくらいじゃないと……」
少し俯きながらゆっくりと喋り掛けてくれるシロだったが、最後の言葉だけは目を見て力強く伝えてくれた。
「兄様の隣にいる資格は……ないと思ってます」
ぶわっ。泣きそう。
俺という存在が生まれた理由を貰えた気がした。シロのためにも、俺はシロの尊敬出来る兄で居続けなくてはならないな。
というか可愛すぎる。少しおっとりしているようにも見えるが、妹達はみんな母さんの遺伝子を受け継いでいるので、どちらかといえばカワイイ系よりもキレイ系だ。力強い言葉と同時に現れた凛々しさから溢れるギャップでハートを射抜かれない人間はいないだろう。出来ればそのギャップは他の人類に見せないでほしい。これを見たらシロの虜になってしまうこと間違いなしだ。
「シロが妹である限り、そんな資格なんてなくても俺はいつでも隣にいるよ。でもありがとう。そう言ってもらえてすごく嬉しいよ。シロに幻滅されないように俺も頑張らなくちゃ」
再会してから兄らしいところを見せれていないが、妹達の尊敬出来る兄で居続けなければ。
「そういえば、その紙に書いてある奏法陣は見たことがない物だね。どこで見つけたんだい?」
シロのメモである奏法陣について尋ねてみると、シロはハッとした表情を浮かべてメモを両腕で覆い隠してしまった。
「これは……その……」
「まさか……自分で書いたのかい?」
「えっと……そうです……」
まじかよ……一瞬しか見えなかったが相当しっかりしたものだったぞ。
「よかったら見せてもらってもいいかい?」
「……恥ずかしい……ですが……よろしく……お願いします」
なぜシロがよろしくなのだろうか。本来であれば俺は土下座をしてでも拝見させて頂きたいものなのに。
シロの描いた奏法陣を見る。それだけで俺の脳内で音が流れる。
とても……とても優しく温かい曲だ。ちゃんと奏法士への配慮も出来ている。響力が暴走しないような安全装置も付いている。構成もよく考えられてるし、曲が単調にならないような抑揚や仕掛けが工夫として見受けられる。
「すごくいい奏法陣じゃないか。恥ずかしがることなんてないよ?」
「ありがとうございます……ですが……兄様には遠く及びませんので……」
「そんなことはない。少なくとも俺にとっては自分で作るどの奏法陣よりも輝いて見える。これは嘘じゃないよ? 歌法も奏法も、感じ方は人ぞれぞれなんだ。テストみたいに点数で優劣をつけるものじゃないからね」
これは本心だ。自分の感性に刺さる曲というのが、その人の人生や価値観に影響を与えるものになる。その気持ちは、同じ曲を好きなもの同士であれば共有できるかもしれないが、本来は自分だけで完結するものだ。誰が何と言おうと好きな曲は好きだし、世間的にその曲より評価されている曲でも、自分の感性に合わなければその人にとってのいい曲にはなり得ない。
歌法陣や奏法陣も同じことがいえる。俺の奏法陣は相当高度な技術を使って組んでいるが、俺にとってはシロの奏法陣の方が刺さっている。それくらい俺はシロの奏法陣に感銘を受けたのだ。
「もし完成できたら一番最初に聞かせてくれるかい?」
「はい……是非、お願いいたします」
俺は最高の曲を一番最初に聞けるチケットを手に入れた。これはどんな転売ヤーでも入手出来ない極上の逸品だ。
「そういえば……兄様はどうやって奏法を? 即興で作ったものも……構造が全くわかりません……でした」
「気になるかい? それならシロには今度教えてあげるよ」
この世界の楽譜、いわゆる歌法陣や奏法陣は、わかりやすくいえば五線譜に音符を記していくような構造をしている。
だが俺が生み出したのは前世で本職だったDTMやDAWといった、コンピューターで楽曲を作る技術をこの世界風にアレンジしたものだ。そういった概念がないこの世界の人に教えるのは難しいだろうが、シロは天才なので問題ないだろう。
「本当……ですか? 是非、お願いします!」
元気に返事をするシロ。気になることを積極的に知ろうとする姿勢は好感が持てるな。シロは知識には貪欲だ。俺もシロのために色々な知識を手に入れなければ。
と、妹と幸せなひと時を過ごしていたとき、それは鳴り響いた。
『警告、警告、無響力波を感知しました。王都に第三種無響力警報発令——』
サイレントとに聞こえてきたのは、ミュートの出現を知らせる警報だった。
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