第12話 世界初のアイドル(妹達)

 あの日から、五日が経過した。


 あの日というのはもちろん、俺の盛大やらかし乙終わってる事件の日である。


 感情のたががはずれて学校中を巻き込む大事件を起こした。学校中を巻き込むだけならまだいい。まさか、妹達に迷惑をかけてしまうなんて……


 妹達を守る立場だと思っていたが、一度も守ったことがないままに先に妹達に守られてしまった。情けない。兄失格だ。


 事後処理にはついてはみんなが上手いこと誤魔化してくれた。何せ、目撃者が誰もいないんだ。クラリネットと妹達が突如現れた謎のミュートを撃退したということにしてくれている。


 そんなこんなで妹達は事情聴取など忙しくしていたのだが、ようやく落ち着いて話が出来るようになったのが今日だ。


 俺は現在、妹達が見守る中で土下座をしている。


「どうも、すみませんでした」


「はぁ……兄さん、いい加減頭を上げてください」


「そういうわけにはいかないよキュウカ。なんなら頭を踏みつけてくれてもいい」


「そういう趣味はジーコにお願いしてください」


「なっ!? なんで急にあたしの名前が出てくるのよ!!」


「引っ叩いた仕返しです」


 キュウカ、やっぱり怒ってるじゃないか。


「それに——クラリネット先生も」


 キュウカが声をかけたのは、俺の横で同じように土下座をしているクラリネットだ。


 彼女は俺の響力を直に浴び重度の響力障害を引き起こしていたが、俺の響力で干渉して復元した。キュウカにお願いされたからな。



「いえ……私は決して許されないことをしました。なんでも罰は受けますのでお申し付けください」


 正直ギッタンギッタンにしてやりたいところだが、一番の被害者であるキュウカと妹達が許すと言ったのだ。同罪である俺は口出しできない。


「恨みがないと言えば嘘になりますが、私達が強くなるためには必要なことだと思って受け入れていた部分もあります。全てをなかったことには出来ませんが、これから、間違いのない付き合い方を模索する方が賢明だと思っています」


「ですが……」


 そう言ってクラリネットは土下座をしたままこちらを少し向く。


「兄さんも、そういうことでいいですね」


「……はい。全ては神々の御心のままに」


「兄貴って、会わないうちに変なこと言うようになったな。頭壊れちまったか?」


 ウドが机の上であぐらをかきながら膝に肘をつき、頬に拳を乗せた状態で喋りかけてくれた。パンツ見えそ……ゲフゲフ。馬鹿か俺は! 今は極猛反省中だぞ!! 妹のパンツなんて見ている場合じゃ——見たい——ない!!


「それはそれとして、これから私達はどうすればいいのです?」


「このままクラリネット先生に教えを乞うのも……何か違う気がしますわね」


 そう切り出したのはロッカとチセだ。確かにこんなことがあってクラリネットから指導を受け続けるのは互いに気まずいところもあるだろう。


「それについてなんだけど、俺に任せてくれないか?」


 ここでひとつ、提案してみることにしよう。


 みんなの個性、長所、短所はもちろん、身長、体重、声質、鼓動の音、歩行速度、呼吸の速さ。全て知っている。その上で歌法、舞法、奏法も最高峰のレベルで教えてあげることが出来る。


 俺以上の適任はいない。いや、俺が教えたい。決して長い時間一緒にいたいなんてよこしまな気持ちはない。決してだ!!


「兄上が? 響力を持っているということは理解しましたが……」


 イクスの言いたいことはわかる。響力を隠していたとはいえ、落ちこぼれと呼ばれている存在だ。教えることはまた別だと思っていることだろう。


 なら、まぁ手っ取り早く実感をして貰うか。


「不安だよね。よし、それじゃ今から実習室に移動しよう」



 ———————————————————————


 クラリネットの実習室に移動し、妹達と向かい合うように立つ。


「それじゃまずは、イクス」


「はい」


「歌法を使いながら打ち込んできてくれ」


 響力で二本黒い木剣を生み出し、一つをイクスに手渡す。


「兄上!? これは!?」


「奏法の応用だね。まぁいずれ教えてあげるよ」


「すごい……です……!」


 シロが若干興奮している。相変わらず喋るスピードはゆっくりだが、言葉に熱が籠っている。シロは博学だな。これだけで実力を認めてくれたようだ。


 木剣を持ってある程度の距離をとり、イクスと向かい合う。


「兄上、いかほどの力で?」


「もちろん、全力でおいで。ちょっとでも傷をつけられたらイクスには百点満点をあげよう」


「……お怪我をなさらないように」


 イクスの目が鋭くなる。スイッチを入れたようだ。


 ♪〔剣の先で切り付けるは 己の嘘か誠か

   焚き付ける魂に 乗せる重みは誰の為〕


 歌法を唱え始めるイクス。すると、イクス体から青い響力が溢れ出す。綺麗だ。美しい。とても澄んだ響力。かわいい。


 それにしても、騎士歌十三番か。イクス好みのテンポの曲だが、正直ダサいよなぁこの曲。あぁ、早くイクスにオリジナルソングを教えてあげたい。


 地面を強く蹴り、一瞬で俺との距離を詰めて切り掛かってきたイクス。上段からの振り下ろされた木剣を受け止める。そのままイクスは連撃を放ってきたので、合わせるように木剣を重ねた。


「イクス、斬撃と歌のリズムを意識した方がいい。歌に適切なタイミングで切り込めばそれ自体が奏法となって威力が増すよ」


 そう、演奏するだけが奏法ではない。剣技でさえリズムにしてしまえばそれも奏法といえるのだ。これは解釈の問題だな。


 ♪〔流るる血は故郷に捧げ 振るう己の生き様

   雨風に打たれてもなお 未来を見据える目を開く〕


 おっ! 教えたそばからもう実践している。流石のセンスだ。込める力は変えていないだろうが、威力が増している。イクスも少し実感できたのか、頬が緩んだように見えた。


 よし、一旦ここまでいいだろう。


 俺は指をパチリと鳴らす。


「はい、ここまでね。流石じゃないかイクス」


「なっ、響力が……消え!?」


「あ、ごめん。反動は無いように響力を拡散させたんだけど痛かった?」


「え……? いえ、痛くはないですが……」


 あれ、何かまずいことしたかな。


「はぁ……兄さん、クラリネット先生のお顔を見ればわかります。何かおかしなことでもしたんですね」


 キュウカにそう指摘されたのでクラリネットの方を見れば、何故かクラリネットは両手で顔を抱えて女の子座りをしていた。表情はガクブル☆といったところか。


「剣術で奏法を行う発想……瞬時に気付き的確なアドバイス……しまいには指鳴らしのみで響力の拡散……もう……無理……」


 そのまま後方に倒れ込んでしまったクラリネット。


「やっちゃったね、兄さん」


 サンキがやれやれといった仕草でそう言った。かわいい。いや、俺は何もしていないぞ?


「先生も倒れてしまいましたし、続きは後日にしましょうか」


「といっても兄様は教える能力があるということは十二分にわかりましたわ」


 ロッカとチセの言う通り、流石にこの状況で続きをするほど鬼畜じゃない。本当はもっと続けたいが、それを言うとキュウカに怒られるのは目に見えている。


「結局のところさ、私達はイクスみたいに歌武姫を目指せってことなのか?」


 ウドがそんな疑問を投げかけてくる。まぁ今の部分だけ切り取るとそう見えても仕方がない。ただ、俺が本当にしたいのは歌武姫を目指すための訓練じゃない。




「いや、みんなには——世界初のアイドルを目指してほしい」





「「「「「「「「アイドル?「……zzz」」」」」」」」」





 プロローグ 完

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