第10話 兄の真実

『とにかく急いで教室に来て!』


 キュウカから、響力を用いた音波で連絡があったのは数分前。イクスは、珍しく落ち着きがないキュウカの声を聞き、焦りを感じていた。


(一体なんなのですかこの状況は……)


 剣道場での訓練中に学校全体を黒い何かが飲み込んでいった。その結果、自分以外の先生や生徒が皆、昏睡状態に陥ってしまったのだ。


 その直後にキュウカからの連絡。周囲の人達の安全を確保するべきとも思ったが、一刻を争うといった内容だったため必ず助けに戻ると心の中で呟き、急いで教室へと向かった。


 道中、出会った人達も同じように昏睡状態で倒れ込んでいた。間違いなく異常事態。学校のロビーや廊下も倒れている人ばかり。


 自分一人では対応することは出来ない。キュウカが何か解決策を知っていることを願ってひたすら走った。



 ***************



 教室の目前、同じようにキュウカの音波を聞いたであろうサンキ、ウド、ロッカ、チセが廊下の逆側から走ってくるのが見えた。


 互いに視線だけで合図をし、教室の前で合流する。イクスは剣を抜いて皆の先頭に立ち教室のドアを開けた。


 教室の中にいたのは虚ろな目をしたジーコと、そんなジーコを抱きしめるハーピ、キュウカの姿があった。


「キュウカ! 大丈夫ですか!」


「私は大丈夫! ハーピも、ジーコも一応は大丈夫だよ。ここ以外は大変なことになってるの?」


 イクスは道中キュウカには逐一何が起きているかを伝えていた。この悲惨な状況についてはみんなと合流してから話すとのことだった。


「一体、この学校で何が起きてるんだ?」


 疑問を投げかけたのはウドだ。この異常事態の原因はなんなのか、恐らくそれを知っているであろう人物にみんなの視線が集まる。


「こんな状況になっているのは……多分、兄さんが原因なの」


「兄貴が……? 兄貴はどうやって……?」


「それは……わからないのです」


 それからキュウカは目の前で起きた出来事を話す。


 ハーピといるときにルドが教室を訪れたこと。話の途中でジーコが教室に来たこと。ジーコとルドが口論になったこと。キュウカが自分たちの置かれた状況を話したこと。それを聞いたルドが——


「兄さんから、突然……黒い響力が溢れ出てきたのです。いえ、恐らく響力と思われるものです。正直、学校一帯を黒に染めあげているこれの正体が何かは、見当がつきません」


「これが、兄様の……響力ですの?」


「にわかには信じ難いですね……これはまるで」


 ロッカとチセが感じたことは、ここにいる全員が感じていることだ。


 黒い響力。そんなものは存在しない。何故ならばそれは、無響力と呼ばれているからだ。無響力を扱うのは、この世界の人類の敵である【ミュート】と呼ばれる存在だけ。


 だが、妹達はこれが無響力ではないことを知っている。旅の中でミュートと幾度と対峙してきた妹達は、無響力がどのようなものかを身をもって体感してきたからだ。


「でも、響力を奪われたり消されたりしている感覚はないよね?」


「サンキもそう感じますか。これは無響力ではありません。では一体——」


 イクスとサンキが互いの意識を合わせていたとき、教室の扉が開く。


「ハァ……ハァ……これが……兄様の……本当の力です」


 教室に入ってきたのは四女のシロだ。体力が無い彼女は教室に到着するのが遅れていたが、ようやく到着した。


「シロ、何か知ってるの?」


 シロは、少し息を整えた後にキュウカの問いに答える。


「兄様に……聞いたわけではありませんが……私が辿り着いた答えが……あります」


「ひとまず聞かせてくれませんか? シロの思う真実を」


「わかりました……」


 シロが説明したのは、ルドが隠していると思われる力についてだ。


「そもそも……響力が使えない人が……三歳児でも安全に歌える歌法陣を組めるはずがありません……」


「確かに兄貴は自作の曲を教えてくれたりしたな……というか今考えると」


「色々と異常、ですわね」


 ウドとロッカだけではなく、妹達は幼い頃の朧げな記憶を辿る。


「仮に響力があったとして……父様と母様に、響力が無いと錯覚させるほど……響力のコントロールが出来ることになります……そんな次元の響力制御が可能だと記されている書物には……出会ったことがありません」


「シロがそう言うならよっぽどか……でもよ、だったらなんで響力があるって言わなかったんだ?」


「恐らくですが……この響力が原因かと……思います」


 シロは、自身が辿り着いた考察を妹達に伝える。


「一見、無響力に見える……異常な響力……それだけでも世界的に前例がない特異な存在です。ですが仮にこの響力が……全ての系統が混ざり合っている響力だとしたら……」


「!!!」


 響力の色は個性であり、色によって感情への響き方がそれぞれ異なる。黄色い響力を持つ者が青い響力で構築された歌法陣の歌を歌っても、青の感情に作用する効果は少ない。


「原初の楽聖……レートー・ヴァンは七色の響力を扱う多重響力者だったという文献があります……もし同時に全属性の色の響力を放出した場合——」


「黒色の響力が出来上がる、ということですわね」


「はい……昏睡状態の方々も……初めて強力で特殊な響力に触れ……響力障害を一時的に引き起こしているだけだと……」


 シロの話からすると、この黒い響力が取り除かれれば倒れている人たちも自然に目を覚ますはずとのことだった。


「それでは、今すぐ兄上にやめてもらうように伝えるべきです」


「でも兄貴はどこに行ったんだよ。というか、なんでいないんだ?」


「すみません、あまりの異常な光景に体を動かすことが出来ませんでした。その……恐ろしいと感じてしまい……」


「恐ろしい……ですか?」


「はい。兄さんは発狂した声を上げた後、おぼつかない足取りで何かを呟きながら教室を出て行ってしまいました。その姿は何か……狂気をはらんでいるようにも見えました」


 キュウカの話を聞いたシロは、手に顎を乗せて少しの間考える。


「まずいかも……しれません」


「何がまずいのですか?」


「キュウカの話を聞く限り……兄様は自身に対して怒りを感じていると思われます……ただ、もう一つ許せないものがあるはずです」


「……まさか!?」


 何かに気づいたウドは、もう猶予がないことを察する。


「急いで兄様を止めましょう……! キュウカの痣を見てその状態に陥ったのであれば……クラリネット先生が危険です」


「あのバカ兄貴! いくぞイクス! あんな優しさの塊みたいな奴に人を殺させちゃいけねぇ!!」


「すぐに出ます! 皆はあとからでも付いてきてください!」


「待って……」


 教室を飛び出そうとしたウドとイクスに声をかけたのは、虚ろな表情をしていたジーコだ。


「私も連れて行って……」


「……わかりました。遅れずに付いてきてください」


「……」



 イクスはジーコにそれだけを伝えると、走り出して教室から出る。ウドも一緒だ。ジーコも二人を追うように足を踏み出した。



(絶対に……止めてみせる)



 ジーコの瞳は先程の虚ろな目とは打って変わり、決意の赤に染まっていた。

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