第9話 闇堕ち
ウドの話を聞いた俺は、午後の授業中も妹達の様子を伺うことにした。主にハーピとキュウカについてだ。
様子を見ている感じだと、二人に異常があるようには見えない。気になる点でいえば、ハーピは眠そうだが寝ないで授業を受けていたこと。キュウカが必要以上に妹達の世話をしていることくらいだろうか。
ハーピには俺が施した響力の制御が今も発動している。七年も変わらずに動いていることは想定通りだ。動力源はハーピの響力だからな。ただ、成長するにつれて響力の総量や質も高まっているはず。制御のメンテナンスをしなければいつもより睡魔が襲っていてもおかしくはない。
それでも眠らずに生活しているところを見ると、自分の響力を制御できている、あるいは慣れてきた、もしくは我慢しているなどの理由が挙げられる。
様子を見るに、恐らく我慢しているのだろう。疲労が蓄積している様子が伺える。ウドが言っていたのはこのことか?
だが、それだとキュウカの名前が出た理由にはならない。
キュウカの世話焼きは昔からのことではあるが、今は少しやり過ぎな気もする。他の妹達の次の授業の教材の準備や先生への連絡、周囲の生徒との事務的な会話でさえキュウカが窓口になっているくらいだ。
しかしウドが話題に出すほど差し迫って困っているようにも見えない。嫌々やっている様子でもないし、それが自分のやるべきことだと思っていそうなほど丁寧にこなしている。
ダメだ。見ているだけじゃわからないな。
もちろん最終的には二人に話を聞いてみるつもりだ。だが、一つでも多くヒントを見つけて会話に臨んだ方が話もスムーズにいくし、より深く理解してあげることが出来るだろう。
別の視点からも考えてみるか。
他に気になる点は……ハーピとキュウカだけがメイド服を着ているという点だ。
最初に見た時は、二人とも好きで着ていて仲良くリンクコーデをしている姿に微笑ましいとさえ思っていた。
だがメイド服とは本来、使用人の仕事着だ。前世ではファッションとして扱われていることもあったが、この世界にそんな文化があるというのは聞いたことがない。もしかしたら知らないだけで、あるのかもとは思ってたが。
これが、本来の意味でのメイド服だったとしよう。
なるほど、少し見えてきたかもしれない。異常に世話を焼くキュウカ、眠らずに生活を送るハーピ。二人が着ているメイド服。
もし、俺の予想が正しければ
俺は俺自身を許せないかもしれない——
———————————————————————
放課後、ハーピとキュウカが二人になるタイミングを見計らう。二人は他の妹達が担当の、放課後の掃除当番を代わりに請け負っていた。それが終わって教室に戻ってきたところだ。時間も少し遅めで、既に他の生徒達は教室にいなかった。
「ハーピ、大丈夫? そろそろ眠いんじゃないの?」
「大丈夫だよ〜もう少しだけ〜」
「失礼するよ」
教室のドアをガラガラと開いて中に入る。
「あ、ルドだぁ! 久しぶりだねぇ!」
「ハーピ、ダメだよ」
ハーピは俺の姿を見ると近くに駆け寄ってこようとしてくれた。だが、キュウカがそれを阻止した。
「えぇ〜。ちょっとくらいお話しようよキュウカ〜」
「先生に言われてるでしょ。それに私たちは……だからダメ」
「う〜ん……わかったよぉ。ごめんねルド」
「それは二人の服装が関係している話かい?」
再会を喜んで色々な話を聞きたい。だが、今は回りくどい腹の探り合いは必要ない。
「兄さんには関係のない話です」
「関係ないことはないだろ。兄妹なんだし」
「いえ、関係ありません。私達は、兄さんとは違う道を歩んでいます。どうか邪魔をしないでください」
困ったな。キュウカは聞く耳を持ってくれない。俺じゃ問題の核を聞き出すことは出来ないのか? いや、諦めるな。
「嫌だ。俺はみんなの兄だから心配なんだ。どれだけ嫌がったって、邪魔だと思われたって力になりたい。七年も会っていなかったからそんなこと言える資格はないのかもしれないけど、この七年で一瞬たりともみんなのことを思わない時なんてなかったんだ」
この言葉に嘘偽りはない。俺の全ては妹達で出来ている。一瞬だって頭から消えたことはない。
「……ごめんなさい、やることがあるのでもう行きます。行こう、ハーピ」
「ルド……」
時間をかけるしかないか。今は難しくても時間をかけて本心を知る以外ないのか。もう話はないとキュウカがハーピの手を取って教室を出て行こうとしたとき、俺が入ってきた扉とは別の扉から、教室の中に人が入ってきた。
「いるじゃない。何してるの? 早く持ってきてって言ったでしょ?」
「……ごめんジーコ、今行くところだったの」
「早く行かないとまたお仕置きなんだよ? わかってる? って、なんでこいつがいるのよ」
教室に入ってきたのは次女のジーコだ。
「二人と話をしていたんだ。どうも様子がおかしいように思えたからな。ジーコは何か知らないか?」
「勝手に話しかけないでよ。もうあんたなんて……知らない」
この反応、ジーコは完全に俺を嫌っているようだ。一番クラリネットの影響を受けているのか?
「わかった。俺のことは嫌ってくれて構わない。でも、妹に当たるのはやめないか?」
「は? どの目線で言ってるのよ。私達姉妹がどんな話をしていようと関係ないでしょ」
「すまない。でもこれは兄からのささやかな願いだ。頼むからキュウカ達に当たるのはよしてくれ」
「何も知らないあんたが、口出してくんなって言ってんのよ!」
ジーコは激昂して叫ぶと、手に持っていた小さいポーチを俺に投げてきた。もちろん俺は避けない。ポーチには固いものが入っていたのか見事に額にクリーンヒットすると、ぶつかった部分が少し切れて血が出てきた。
「ルド!!」
「ジーコ! それはやり過ぎだよ……」
「は? なんであたしが言われなきゃいけないのよ!!」
ハーピは怪我をした俺に駆け寄ってくる。ジーコは自分に対して文句を言ってきたキュウカに近づき、キュウカの頬を平手で打った。
教室内に乾いた音が響く。
俺はその音を聞いて、今までにないほどの声をあげてしまった。
「ジーコ!! 何をしているんだ!」
「うるっさいわね!! あんたのせいじゃない! 邪魔しないでよ!!」
「ルド待って!」
俺はジーコに近づく。流石に手を出すのは見過ごせない。姉妹として対等な喧嘩ならばまだいい。だが、こんな一方的に振るわれた暴力はわけが違う。
「やっていいことと、悪いことの区別がつかなくなったのか!!」
「さっきからうるさいのよ!! 本当にどっか行きなさいよ!!」
心苦しいが、言葉はもはや届かない。心を鬼にして体罰という手段を取るしかないのか。だが、暴力で聞かせたことになんの価値があるというのだろうか。
そんな思いとは裏腹に、俺の右手は振り上げられる。
「待って兄さん! お願い。手を下ろして。話すから……全部話します。ジーコは悪くないの」
振り上げられた平手が妹を傷つけることはなかった。俺を止めてくれたのはキュウカだ。本当に愚かなことをするところだった。
だが、被害者であるキュウカがジーコを庇う理由もよくわからない。何がどうなっているんだ。
「何勝手に決めてるのよ! こんなやつに話したってわからないわよ!」
「ごめんねジーコ。私はもう、耐えられないかも」
キュウカがそんな言葉を口にする。すると、ジーコの表情が一変した。
「なによそれ……なによ! 大丈夫だって言ってたじゃない……無理してないって……だから……わたしも——」
「うん。私は全然大丈夫だよ。私が耐えられないのは、ジーコやみんなの心が壊れて行く方が耐えられないの」
突然、大粒の涙を流すジーコ。力が抜けて床に膝をついてしまった。キュウカはそんなジーコを優しく抱きしめる。
「兄さん、私達の今の状況を説明しますね」
「……わかった」
ふぅ。とひとつ息を吐いたキュウカが言葉を紡ぐ。
「できれば、最後まで黙って聞いてくれるとありがたいです。ご存知だと思いますが私達は今クラリネット先生の元で歌法士になるために色々なことを学んでいます。
クラリネット先生は才能ある私たちにとても手をかけてくれます。いえ、私とハーピを除いた他のみんなです。私とハーピはクラリネット先生のお眼鏡にはかなわなかったそうです。
ただ、みんなは誰もが歌法士になりたいというわけではありません。積極的になりたいと思っているのはイクスくらいでしょう。
最初はお父様とお母様の期待もあってみんな努力していましたが、四年前旅に出たくらいから私達の中で、なぜ歌法士を目指すのかがわからなくなっていました。
一番クラリネット先生に反抗していたのは、ジーコです。なぜ歌法士になるのかを問い続けましたが、先生は才能がある者の責務だとしか答えてくれませんでした。もちろんそれでは私たちも納得いきません。
なので、あるとき私たちはクラリネット先生の訓練に行きませんでした。これは私たちみんなで決めたことです。訓練をボイコットした結果——」
キュウカは一度話を止め、ジーコから離れて立つと、その場でメイド服を脱ぎ出した。
白い素肌が露わになっていく。美しい。だが、美しいの中にあってはならない存在がそこにはあった。
「一番才能の無い私が暴力を受けました」
身体中にある痣だ。
「それからクラリネット先生の訓練の方針は変わりました。反抗すれば私が暴力を受ける。口答えすれば私が暴力を受ける。
先生は歌法士として私達より遥か高みにいます。私たちが抵抗することは出来ませんでした。もちろん、知らない土地で頼れる人もおらず助けも求めれません。
さらに先生は私と次に才能の無いハーピを使用人として扱うようにも命じました。言うことに反した場合はまた私が暴力を受けます。そして——
一番多感なジーコの心が壊れてかけてしまいました。他のみんなも時間の問題かもしれません。
ですが、それを回避する方法もあります。先生は私達が歌法士として自覚ある行動をとれば私に暴力を加えません。
なのでみんなは先生の眼鏡にかなうように努力してくれているのです。私と、みんなの心が壊れてしまわないように——」
……
「これで事情はわかってもらえたと思います。ですので兄さんが口を出せる問題ではないのです。どうか私達のために今後は関わらないで——」
「俺のせいだ」
「え?」
「俺が……みんなの側から離れたから——」
心の奥底から黒い感情が溢れ出る。それは抑えることなど出来るはずもなく、体の外へ向けられた。
「ああああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!!!!」
そこから先は、何も覚えていない。
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