第8話 三女サンキ、五女ウド

 イクスと七年ぶりに会話をした次の日、俺はなんと授業をサボって遠巻きに妹達を観察していた。


 昨日の傾向によると、サンキとウドが休憩時間に一人になる確率が高いことがわかった。といっても一日だけで集計した何のソースにもなり得ない確率だが。


 とにかく、今日はサンキとウドに話を聞いてみるとしよう。


 と思っていたら早速その機会は訪れた。二限目の終わりの少しだけ長い休み時間に、サンキが教室を出て一人になった。


 これはチャンスだ——



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「おぉ、サンキじゃないか。奇遇だね」


 階段を降りてきて踊り場に差し掛かろうとしたサンキに、階段を登り偶然出会った風に声をかける。


「兄さん。久しぶりだね」


 素っ気ない返事ではあるが、イクスよりも印象は悪くないか?


「どうだい、学校は慣れたかい?」


「まだ入学して三日目だよ?」


「それもそうか……困ったことがあったらなんでも言ってくれよ?」


「おっけー。それじゃ一つだけお願いしちゃおうかな?」


 お、何か困り事があるのだろうか。兄としてここはしっかりと助けになってやらねば。


「あんまり学校内で話しかけられると困るかな……? あ、兄さんが嫌いってわけじゃないよ? ほら、私たちって色々と複雑な事情があるからさ」


 これはイクスに聞いた話だな。クラリネット関連だろう。


「昨日イクスから話は聞いたよ。とはいっても俺はみんなの兄で、みんなは俺の妹だ。気にかけたりすることは普通だと思うけど」


「そう思うなら尚更かな。私たちは遊びに来てるわけじゃないからさ。自分達のことは自分達でなんとかしなきゃいけないんだよ」


 遊びに来てるわけじゃないという意味はわかる。妹達はクラリネットの指導の元で、歌法士としての高みを目指しているという意味だろう。


 だが、それは本当にやるべきことか? やりたいことか?


 歌法士なんて、誰かに強要されてなるものじゃない。歌なんて、誰かに言われて歌うものじゃない。


 歌いたい。その衝動が歌法士の本来の力の源だ。響力という力があるせいで感情が乗らずともある程度歌えてしまうが、それは本物の歌とは呼べない。


「それに、兄さんにはどうすることも出来ないじゃないか。聞いたよ。落ちこぼれだって言われてること」


 俺は響力を隠しているため、響学校では落ちこぼれの烙印を押されている。クラリネットも常々そのことを話題に上げているはずだ。


「別に落ちこぼれだからって私は嫌いになったりしなけどさ、今の兄さんには助けは求められないかな」


 そうだよな……


 どうする、力を隠すのをやめるか? だが、それだとこの学校にいられなくなる可能性もある。そんなことを言っていられない状況ならまだしも、今は差し迫って俺の力が必要な問題はない。妹達との関係だって、コミュニケーションを重ねていけば自ずと修復されると信じている。だって血のつながった兄妹だからな。


「わかった。頼りにならない兄でごめんな。でも話くらいはいつでも聞けるからさ、何かあったら相談に乗るよ」


「うん。ま、今度お昼ご飯でも奢ってよ」


 そう言い残して、サンキは手をヒラヒラと動かしながら階段を下っていった。



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 ♪〔ふ〜んふ〜んふふ〜んふんふ〜ん〕


「夕暮れの湖かな? まだお昼だけどね」


「おわっ!? って兄貴じゃん。趣味悪いよ盗み聞きなんて」


「はは、ごめんごめん。最高にいい歌声が聞こえてきたからさ。懐かしい曲だね」


 昼休み、中庭のベンチで一人鼻歌を歌っていたのは五女のウドだ。七年経ってなぜか兄貴呼びになってしまった。うん、悪くない。


「本当に? そういえば、あたしの歌を褒めてくれるのはいつも兄貴だったね」


「クラリネット先生は褒めてくれないのか?」


「……先生との話はあまりしないようにって言われてんだよね」


「そうか。隣座っても?」


「う〜ん、いいよ」


「ありがとう。隣失礼するね」


 ウドが少し返答に困ったのは、あまり俺と絡むなと言われているからだろう。それでも了承してくれたということは、無碍にするほど好感度が落ちていないということだろうか。


「ウドは今も歌が好きなんだね」


「どうしてそう思ったの?」


「どうしてって……鼻歌を歌ってたからさ。好きじゃないと鼻歌なんて歌わないだろ?」


「そっか……そうだよね」


 どうしたんだろう。少し元気が無いように見える。


「あたしってさ、歌好きなのか?」


 これは……本当に難しい話だ。もちろんウドが歌うことが好きなのは間違いない。鼻歌を歌ってしまうことからもそれは明白だ。だが、深層の意識と表層の感情がいつも同じとは限らない。


「なんていうかさ、何年か前から歌うことがあんまり楽しくなくなってきてさ。でも私が歌わないと……いろいろと不味くてさ。それはジーコやロッカ達も同じなんだけど」



 ……待て、これは何の話だろうか。


 何かすごく大事なことを話してくれているということはわかる。それこそ、今の状況の核になり得るクリティカルな話だ。これは歌が好きとか楽しいとか、そんな次元の話ではない気がする。


「いっけない、喋りすぎちゃった」


「ウド、俺にできることはないか?」


 なんとなくだ。なんとなく助けを求められている気がした。


「どうだろうね。でも、まぁ出来るとしたら兄貴くらいしかいないか——」



 続けてウドから出た言葉に、俺の鼓動は急激に早まるのだった。







「ハーピとキュウカを助けてあげて」

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