第7話 長女イクス
空は綺麗だ。
青く、そして無限とも思えるほどに広がっている。
こんなにも空は美しいのに、聞こえてくるのは雑音ばかり。
『おいあいつ、無視されたぞ』
『ぷっ、出しゃばるからこうなるんだ。身の程を知れってな』
『あいつ、勉強の成績だけ良くて響力がない無能野郎だぜ』
『あぃたた……勉強のしすぎで年下好きに目覚めちまったってのか?』
そんな雑音も全く届かないほど、俺の心はどこかへ旅立ってしまった。
「ルド君……その、大丈夫?」
「大丈夫に見えるか」
俺は昇降口を出てすぐの広場に仰向けで寝そべっている。体を動かす気力が湧いて来ない。
「そうだよね……一応確認なんだけどさ、本当に兄妹なんだよね?」
「……そうだと願いたいよ」
言われて思った。久しぶりに会った兄にあのような態度になるだろうか? もしかしたら妹達は俺の妄想で、本当に他人だったのかもしれない。そうだとしたら申し訳ないことをしたな。あとで謝らないと。
……バカか。
間違いなく俺の妹達だ。
あの子達が生まれる前からあの子達の鼓動は聞いていた。俺が妹達の心臓の音を聞き間違えることはない。
となると、やはりクラリネットの影響だろうな。
まぁ生まれてから三歳までしか一緒にいれなかったし、七年も一緒にいたクラリネットの影響の方が大きいのは当たり前か。というか普通は三歳で別れた兄のことなんて覚えてないか。
そうだ! もしかしたら忘れられている可能性もある! なんかそんな気がしてきた! それならば仕方ない!!
自己紹介をしにいこう! まずはそこからだ!!
「行くぞマイン!! 妹達に挨拶に行く!」
「わっ! 急に元気になった!」
———————————————————————
次の日、授業をサボって遠巻きに妹達を観察する。
妹達に「僕が兄だよぉ〜てへっ!」と伝えにいっても困惑するだろう。なので一人一人に挨拶をすることにした。
まずは長女のイクスだ。イクスが一人になるタイミングを探っていたが、授業がある時間帯は基本的に妹達と一緒にいることが多い。
幸先が悪いな。やはり無難にみんながいるところに突入するか?
と思っていた矢先、イクスと他の妹達の会話内容をキャッチした。
「それでは私は剣道場で剣術の訓練を行ってきますので」
剣術か。幼い頃から歌武姫になることを夢見ていたイクスは歌法と剣術でその高みを目指していたな。剣道場に続く道は人気が少ないので話をするにはもってこいだろう。先回りして待ち伏せるいい機会が到来した——
剣道場の入門口の影から校舎へ続く道を覗いていると、イクスがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。そのまま門の手前まで来るのを待ち、わざとらしく声をかける。
「や、や、や、やぁ、い、いく、イクス」
「? どうしたのですか、兄上」
おぉ、忘れられていたというわけではないらしい。それとも昨日の今日で思い出したのか。
「えぇと……兄上です。久しぶり」
「お久しぶりです。ご用が無いようでしたら訓練がありますので失礼したいのですが」
冷たい……久しぶりの再開だというのに……
「えぇと、ちょっとだけ話でもしたいなぁなんて?」
俺が会話を提案すると、イクスが少し悩んで答えた。
「……場所を変えてもいいですか?」
「ん? あぁ。問題ないよ」
俺の言葉を聞いたイクスは、そのまま剣道場の門は潜らず、外壁に沿うように歩き出した。俺もそれに付いていく。イクスが足を止めたのは、人の気配が全くしない剣道場の脇道だ。
「先生から兄上とはあまり関わるなと言い付けられていますので。ここならば人の目も気にならないので問題ないでしょう」
なるほど。クラリネットの指示だったわけか。徹底してるな。
「そうか……」
「改めまして、お久しぶりです。兄上」
「久しぶりだねイクス。見違えるほど綺麗になったね」
「世辞はお辞めください。私は武に生きる者、そのような評価とは無縁です」
褒めたら、ぽいってされた。兄、悲しみ。
「ごめん。イクスは歌武姫になるために剣術を続けていたんだね」
「はい。歌武姫は私の夢ですので」
「歌は好きかい?」
「……? それは、どういう意味でしょうか?」
そうか。大切なことは教えられていないみたいだな。一体何を教えているのか……天才歌法士が聞いて飽きれる。
「いやなんでもないよ。今度、剣術で手合わせしてもらってもいいかな? イクスの相手になれるようにって今まで鍛えてきたんだ」
「……いいですよ。お話はそれだけですか?」
「うん。久しぶりにイクスと話せて楽しかったよ。引き留めちゃってごめんね」
「いえ、失礼します」
他人行儀に頭を下げるイクス。顔を上げるとそのまま背を向けて去っていってしまった。
最初はこのくらいでいいだろう。問題は明確になった。他の妹達にも話を聞いてみる必要があるな。
全ては——妹達の為だ。
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