第6話 妹達との再会

 俺がこの響学校に入学して、三年の月日が経とうとしていた頃、父さんから一通の手紙が届いた。


 内容としては、妹達に指導している家庭教師の意向で、十歳になるまでは響学校に入学せず、国内の各地を巡り修行を行うことになったという旨の手紙だ。


 もう少しで妹達に会えると思っていた俺は絶望した。


 今からさらに四年。妹達の成長を見守ることが出来ないなんて、生きている価値があるのだろうか? それもこれも全て妹達の家庭教師をしているとクラリネット・バーミリアンとかいう女のせいだ。


 この学校に来てからクラリネットについても調べたが、クラリネットはこの響学校の卒業生だったらしく、当時は天才歌法士といわれていた程の実力者。


 経歴に文句は無いが、どうやら実力がない者は価値がないという思考の持ち主らしい。


 現に妹達とやりとりをしていた文通も、クラリネットによって禁止された。ご丁寧に手紙までよこしやがって。


 クラリネットの手紙を要約すると、「学校で落ちこぼれといわれているお前にはわからないだろうが、この子達に不要な知識を詰め込んで時間を無駄にするな。教育の邪魔だ」という内容だった。


 俺が蔑ろにされることは問題ない。ただ、妹達がそんな家庭教師の元で育って大丈夫だろうかという心配の方が大きい。妹達は才能があるから問題ないと自分にいい聞かせるしかない。


 正直、不安も不満も募る一方だが、父さんと母さんがそう決めたなら仕方がない。ここで俺が出しゃばっても妹達にとっていい未来が待っているとも限らないからな。


 それに、妹達が前向きに努力している可能性もゼロじゃない。いや、きっとしているだろう。妹達は天才で努力家で責任感がある子たちだ。


 十歳になれば会える。歌法士にとって十歳というのは専属の奏法士を決められる歳だ。妹達の奏法士を探しに入学してくることは間違いない。


 あと四年という月日は無限のようにも長く感じてしまうが、立派になった妹達に会えるのを楽しみに生きていこう。そうだ。前向きが一番だ。



 ————————————————



『おい、今日は入学式だよな?』


『そうだけど、それがどうした?』


『忘れたのかよ! 例のあの子達が入学してくるだろうが!』


『あぁ! 天才歌法士の弟子の9つ子か!』


『そうそう! なぁ、入学式見にいかねぇか?』


 午前の授業の終わりに、クラスの男子の話し声が聞こえた。


 そう、あの日から四年——


 待った。待ちに待った。この日をどれだけ待ち侘びたか。


「ルド君、いよいよだね!」


「そうだな。遂にこの日が来た」


 俺に声をかけてきたのはマインという歌法士志望の男子生徒だ。


 無能と言われ続けていた俺に声をかけてくれるお人好し。唯一の友達といえるだろうか。単に物好きなだけの気もするが……何かあったら手助けくらいはしてやろうと思えるくらいの仲ではある。


「ルド君の妹さんかぁ! 天才歌法士クラリネット・バーミリアンのお弟子さんなんだもんね! すごいなぁ。僕にも歌法教えてくれないかな?」


「さぁな。頼んでみたらどうだ?」


「また適当に流して……それよりも! 妹さん達が向かってくる頃じゃない? お迎えとか行かないの? 久しぶりの再会なんだから!」


 行く。もちろん行く。行くには行くのだが、正直緊張している。


 そりゃそうだろ! 七年ぶり……七年だぞ!! どんな風に大きくなっているんだろうか、たぶんかわいい、いや絶対可愛いそれよりも綺麗か? もしかしたらそんな陳腐な言葉では表せないかもしれない。そうだ。妹達を言葉で表そうするなんて言語道断だ。彼女達はエンジェルで天使で女神で神だ。いやそれもまた凡庸な表現でしかない。その全てを超越した存在で世界の希望、世界の中心、世界そのもの。時間、時空ありとあらゆる概念の中でも最も上位の存在であり——


「何をぶつぶつ呟いてんのさ! 気持ち悪いから早く行くよ!!」


 突然マインが俺の手を引く。俺は強制的に椅子から立ち上がった。



 マインに連れられるまま妹達へ会いに行く。



 会いに行くんだ——






 校舎の昇降口へ辿り着くと、外には人が溢れかえっていた。

 今日入学する生徒もいるが、大半は在校生だ。恐らく妹達の噂を聞きつけた奴らが一目見ようと集まっているのだろう。


 天才歌法士の弟子で、国内で修行を積んだ9つ子の美少女達が入学してくると数日前から噂になっていたからな。


 まぁこいつらにも多少は見る目があるらしいが、触れた奴は問答無用で処するから覚悟しろよ? あと兄と妹の感動の再会を邪魔するなよ?


「ルド君! 来たようですよ!!」


 マインの呼びかけで我に返り、マインが指差す正門の方へ視線を向ける。


 まだ遠いのと人混みのせいでよく見えないが、人混みが割れていってるのがわかる。思わず道を空けてしまうほどの高位な存在が来ているのだろう。


 必死に耳を凝らして目的の音を辿る。他の雑音の一切を聴覚から遮断する——聞こえた。背が伸びてリズムが変わっているが、間違いない妹達の9つの足音だ。


 俺も昇降口から出て外の広場へ出る。


 徐々に近づく足音。どれだけこの瞬間を待ち侘びたか。苦しかった孤独な日々も今日で終わりだ。


 気付けば俺以外の生徒は広場の道を開けるように脇に逸れていた。そして待つこと数十秒後、姿を現したのは七年ぶりの妹達だ。


 伸びた髪をなびかせて歩くイクス。

 少し眉間に皺が寄っているジーコ。

 頭の後ろに腕を組んで歩くサンキ。

 本を抱え、メガネをかけているシロ。

 脇道の人に手を振りながら歩くウド。

 瓜二つな顔で並んで歩くロッカとチセ。

 何故かメイド服に身を包んで少し後を歩くハーピとキュウカ。


 もう死んでもいいと思えたが、ここで死んでは勿体ない。やっと再会できた妹達のこれからの成長を見守れるんだ。殺されても死なん。


 妹達はそのまま昇降口の方へ歩いてくるので、俺も妹達を迎えるように歩みを進める。そして丁度正面で向かい合いそうなところで立ち止まり声を掛けた。


「久しぶりだね、みんな。元気にして——」


 妹達も立ち止まって返事をくれると思っていたが、予想外のことが起きる。


「失礼します」

「邪魔よ」

「あはは……」

「……」

「ごめんねぇ!」

「あら」

「うふ」

「……ル」

「ハーピ、行くよ。遅れちゃう」


 妹達は、立ち止まることなく校舎の中へ入っていってしまった。





 何故だ……









 妹達に無視された。







 死にたいもうダメかも。


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