第5話 妹達との別れ

 庭の中心に作った焚き火を囲む俺と妹達。


 今日はお別れが近いということもあり庭でパーティをした。といっても身内だけのこぢんまりとしたもので、母さんが作った料理を庭で食べるというものだった。


 キュウカは積極的に母さん手伝いをしていたし、ハーピはずっと木陰で眠っていた。チセとロッカはジーコと一緒に野花で花冠を作っていた。イクスは最近興味が出てきた剣を振るっていて、シロは本を読んでいた。


 俺は自作の弦楽器を目一杯奏でていた。妹達には当分聞かせて上げられないからな。サンキは俺の演奏をずっと見ていて、ウドは俺の演奏に合わせて口ずさんだりしていた。それぞれがリラックスした一日を送れただろう。


 夕方頃からみんなでご飯を食べ、陽が落ちる前に焚き火に火をつけてみんなで囲む。


 母さんと父さんは俺に気を遣ってか、家の中で二人でお酒を飲んでいる。俺と妹達の時間を作ってくれてるのだろう。


「イクスはすごく剣が好きなんだね」


「はい! わたしはおおきくなったら歌武姫になりたいです!」


 歌武姫。


 歌法で戦闘を行う女性の中で、最も優れているとされる者に与えられる称号。歌法士や舞法士は、奏法士に比べて地位が低いとされているが、歌武姫ともなると流石に奏法士よりも重宝される存在だ。


「そうか。イクスならば絶対になれる。もちろん歌法も頑張るんだよ?」


「はい! あにうえにまたあえるまでにもっともっとがんばります!」


 三歳からこんなにも目標がはっきりしているなんて、イクスはすごく立派だ。兄さん嬉しい。


「ジーコはかわいいのが好きなんだね」


「そうよ! お花はかわいいわ!」


「そうだね。ロッカとチセもお花が好きなのかい?」


「わたしたちはジーコにたのまれたから、てつだってあげたの!」


「お花はそんなにすきじゃないよ、ジーコ、あれ、あげないの?」


 ロッカとチセに言われたジーコはあわあわとした表情を見せたと思ったら、体の後ろに隠していた花冠を見せてくれた。


「……はい」


「見せてくれるのかい?」


「そうじゃない! あげる……」


 なんと、ジーコは俺のために花冠を作ってくれていたのか……やばい泣きそう。


「くれるのかい?」


「そうよ! だいじにしなさいよね!」


 俺は花冠を受け取り、頭の上に載せてみる。


「どう、似合ってる?」


「ぷぷ、ぜんぜんにあってない!」


「あは! ジーコ」


「なによ! だってにあってないんだもん!」


「ありがとう。一生大事にするね」


 まさかお礼を言われるとは思わなかったのか、ジーコは少し恥ずかしがりながら返事をくれた。


「そんなにほしかったの? すぐかれちゃうんだから……またつくってあげるわよ」


 俺はジーコの頭を撫でた。ジーコも嫌がってはいない様子で受け入れてくれる。


「ロッカとチセも手伝ってくれてありがとう」


「おにいさんがよろこんでくれたならよかったよ」


「わたしたちもなでてー」


 そう言ってロッカとチセも近づいてきたので頭を撫でてあげる。これは俺へのご褒美では?


「サンキはずっと僕の演奏を見ていたけど、奏法に興味があるのかい?」


「ないよ!」


「そうなのか? それじゃ、退屈だったんじゃないか?」


「ううん! たのしかったよ!」


「そうか?」


「うん!」


 サンキは少し言葉足らずな部分はあるが、サンキの中にはしっかり物差しがや天秤が存在していて、自分の判断基準で自己完結するタイプだ。


 奏法ではない何かを気に入ってくれたのだろう。サンキについてはあまり心配していない。彼女はどんな状況下でも対応できる柔軟性が持ち味だからな。


「そうか。それは良かったよ。ウドはどうだ?」


「へ? あたし? あたしはまぁ、うたうのがすき! たたかったりするのはきらい」


「そうか。ウドが歌ってくれたから俺も楽しく演奏できたよ。ウドの歌にはそういう力があるね」


「そう? わたしがうたえばみんなたのしい?」


「うん。幸せな気持ちになるよ」


「そうなんだ……ありがと!」


 ウドは歌うこと以外の興味があまりない。歌に関しても、歌法や響力とかには全く興味がなく、本当に歌が好きという天性の歌姫かもしれない。気づけば何かを口ずさんでいるくらいだ。


 どうか変わらずにいてほしい。この世界で、自由に歌うということがどれだけ尊いことかを魅せてほしい。


「シロは本が大好きだね」


「はい……歌法陣や奏法陣は面白い……です」


 歌法陣や奏法陣というのは、前世でいうところの楽譜のことを指す。歌法士や奏法士は歌法陣や奏法陣に記された音や言葉を暗記するところから始まる。


 ちなみに現代で歌法陣や奏法陣を組める人は片手で数えられる程度しか存在しない。いわゆる作曲家だな。それほどまでにこの世界の作曲は難しいということだ。下手に作れば演奏者を殺しかねないしな。


 そういう陣を組める一握りの人間を、【楽聖】と呼び、それに加えて序列を付けて、楽聖一位から順にその凄さが決められているみたいだ。


「そうか。シロはもしかしたら楽聖になれるのかもな」


「そんな……わたしには……」


「まだ初めてもないのに諦めることはない。やってみてダメだったらその時考えよう」


「……はい」


 シロは引っ込み思案なところがあるため積極性にかけてしまうが、やるとなれば全力でやれる子だ。妹達の中でも一番博学だし、劣っている点など何一つない。


「ハーピは……寝ちゃったか?」


「もうハーピったら……せっかくのパーティなのに、ねてばっかりで」


 ハーピは一日のほとんどを寝て過ごす。側から見たらそんな状態で大丈夫かと心配になるかもしれないが、ハーピは一種の天才なので問題ない。


 彼女は寝言でも響力が乗る。それくらい響力が強い。起きている時に何も制御せずに歌でも歌った日には、この家はもちろん半径1キロ程度は消し飛ぶだろう。


 そのため俺が響力の制御を行なっていたのだが、今回離れ離れになってしまうにあたり、少しだけハーピに響力の制御方法を教えた。それに加えて、響力を自動的に発散させる曲を作成し、ハーピに常に聞かせている状態なのだ。


 響力の発散で疲労が溜まる速度が尋常じゃないことと、俺が作った曲がヒーリングミュージックのため常に眠い状態にあるということだな。


「いいんだ。ハーピは寝かせてあげよう。それよりキュウカはお手伝いばかりで疲れてないかい?」


「はい。わたしはそういうのが好きみたいなので」


 キュウカは本当にしっかりしている。視野が広く気遣いができ、率先して人が嫌がることに取り組む。まるで聖女だ。しかも嫌な顔ひとつしない。聖女なんかじゃキュウカに失礼だな。女神だ。これでもキュウカに失礼だな。うん、キュウカだ。


 しっかりしている分、逆に心配になってしまう。無理していないか? 好きなことが出来ているか? 辛いことはないか? そういう姿を一切見せない分、本心が見えにくい。


「だいじょうぶですよ、にいさん。みんなのことはわたしにまかせてください」


 ほら、こうやって人の心を読んだかのように的確な言葉をくれる。まるで親のような言葉だ。


 だがキュウカ、キュウカが困ったときに頼れる人はいるかい?


 俺はキュウカにとってそんな存在でありたいよ。


「ありがとうキュウカ。少しの間だけど、みんなのこと頼んだよ」


「はい!」


 妹達と色々な話をして過ごした最高の時間も、もう終わりだ。


 焚き火はほとんど消えかけ、空に向かって煙が立ち上がるばかりだった。


「ねぇみて! おほしさま、きれい!」


 ジーコが夜空を指さして言う。前世でも星は見えたが、なるほど。大切な人と見る星はこんなにも美しく、こんなにも輝いて見えるのか。


「あの星はジーコじゃない?」「それじゃあれはロッカ!」「となりはチセだね!」


 妹達は思い思いに星達を指さして自前の名前をつける。あの星にも誰かが勝手に付けた名前があるだろうに。本当に星の名前を変えてやりたい。その方が星も本望だろう。


「それであの真ん中は……」


「「「「「「「「お兄ちゃんだね!「……zzz」」」」」」」」」


 ハーピ以外の妹達が自分たちで名付けた星の、中心で輝く星に俺の名前を付けて呼んでくれた。


 星が輝き続ける理由がわかった気がする。大事な人にその光を届かせるに、どんなに遠く離れても輝き続けるんだ。


 もう少しでお別れになってしまうけど、俺は頑張って輝き続けるよ。



 今日のことは、一生忘れないね。



「ありがとう。みんなにいつも囲まれていて嬉しいよ」




 ————————————————————




 一ヶ月後、俺は一人首都にある響学校へ入学した。


 三年間待てば妹達も入学してくる。それまでに俺は何があっても妹達を守れるように更なる力をつける必要がある。そんな思いでひたすらに鍛錬と学習を続けた。


 都合上、力を隠すしかない三年間だったが、無能と罵られながらも全く気にすることなくやれていたと思う。



 そして三年の月日が流れた頃、








 妹達は入学して来なかった——


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