第2話 妹は9つ子だった。

 俺がこの世界に転生して、三年の月日が経とうとしていた。


 その間はこの世界について色々と勉強をしていたが、妹のいない間のことはどうでもいいだろう。名前はルドと名付けられた。それぐらいしか目立ったイベントはない。


 今から半年と少し前に母さんが懐妊していることが判明し、テンションがブチ上がったのはいうまでもない。言葉を喋れるようになった二歳頃から兄弟が欲しいとせがんだ甲斐があった。


 転生前に神みたいな奴に告げられたのは五年後だったはずだが、少し早まっても問題ないだろう。だって妹に会いたいんだもん。


 そういえば妹じゃなくて弟の可能性もあるとか言っていた気がするが、それはありえない。何故ならば、俺がそう信じて疑わないからだ。多分。いや、そうに違いない。



 もちろん弟でも可愛がるぞ! 弟だって普通に兄弟だ。妹だけは別なのだ。天使、エンジェル、ラブリー。


 だが、一つ気になることがある。



 それは——




「それにしても本当に大きいな、お腹」


 人の心を読んだように、タイミングよく話し出したのは父さんだ。


「そうでしょう? 元気な子を産みますよ、あなた」


 大きな、とても大きなお腹を撫でながら母さんが返事をする。



 そう。母さんのお腹が、めちゃくちゃでかい。



 いや、前世で結婚していたわけじゃないから、生まれる直前の妊婦さんのお腹なんて見たことはないけど、それにしたって大きすぎる気がする。テレビとかで見た妊婦さんの一回りなんてものじゃない。五回りといっても過言じゃないぞ。


 おかげで母さんは寝た状態から少し体を起こすのがやっとの状態だ。


「ルドも、いっつもお母さんのお腹を見て、楽しい?」


「はい母上。早く妹に会えるのが待ち遠しいです」


「まだ妹って決まったわけじゃないけど、そうね。女の子だときっと私に似て可愛いわね」


 俺は母さんの懐妊を知ってから、一日の四分の一は母さんのお腹を眺めたり、撫でたりしている。今から念を送っておいて、生まれてすぐに俺が兄だと知ってもらおう作戦だ。


 妹は果たしていつ妹になる? それは兄や姉が妹を認識した瞬間からだ。妹はまだ生まれていないが存在する。それだけで毎日が綺麗に見えた。



 そんな穏やかに日から三日後——




 が生まれた。




 ———————————————————————



 母さんが産気づいてから、家の中は慌ただしくなった。


 俺が生まれた時にも助産してくれたおばさんが、今回も分娩介助をしてくれることになった。とても腕のいいおばさんとのことだが、何やら雲行きが怪しい。


 父さんと助産師さんが話しているのを盗み聞きしてみたが、どうやらお腹の中には複数の赤ちゃんがいるらしく、それぞれが干渉してうまく出てきてないとのことだ。


 お腹の大きさから一人ではない可能性は想定していたが……確かに前世でも双子は危険が伴うし、三つ子ともなると特定の病院でしか対応できないほどハイリスクな出産になると聞いたことがある。


 今は母さんと妹達の生命力に賭けるしかない。少し衝撃的な光景になるからと、出産を行う部屋に入れて貰えなかった俺は部屋で一人祈る。


 俺が出来ることはない……








 いや、ある。


 実はこの世界、異世界というだけあってファンタジーチックな概念が存在している。


 それは【響力】と呼ばれる物だ。


 響力を用いて音を奏でると、それが超常現象を起こす不思議な力。ファンタジー的に例えるなら魔力みたいな物。


 前世でも歌はメロディーに言葉を乗せて思いを届けるといった概念や、言霊というものはあったが、この世界にはそれが確実に存在する。響力が森羅万象を起こすのだ。


 例えば、響力が高い人が思いを込めて歌を歌えば、火を起こしたり水を生み出したり風を吹かせたりすることはもちろん、海を割ることも地を裂くことも不可能ではない。


 これをこの異世界では【歌法】と呼び、歌法を用いる者達を【歌法士】と呼ぶ。


 他にも【奏法士】、【舞法士】といったものが存在するが、今はいいだろう。



 俺はこの三年間、妹のことを考えている以外の全ての時間を使ってこの響力を調べた。


 その結果、相当ハイレベルな響力の扱い方を身につけたのだ。



 この力を使えば、妹達は無事に生まれてきてくれるはず。この時のために俺はこの力を身につけたのだと今理解した。


 迷うことなく全力で響力を使う。この世界には存在しないオリジナルだ。母さんと妹達に負担がかからないよう慎重に、そして生命力を維持できるように繊細なアレンジまで加えた。


 響力を用いて奏法で奏でるのはモスキート音。高音域すぎて大人には聞こえないように感じるが、確かに力強く家中に響く。今この音を聞き取れるのは子供の俺か、生まれてくる妹達だけだろう。



 さぁ、産まれておいで。兄はみんなに会えるのを楽しみにしていたよ——



 そんな思いを込め全力で演奏し続けた甲斐もあってか、十六時間という長い時間をかけて妹達が無事に生まれてきた。


 父さんに呼ばれ、生まれてきた妹達がいる部屋に飛び入る。そこで俺は生まれて、いや、生まれる前も含め俺が存在した史上最大の衝撃を受けた。



 部屋にいたのはなんと——








 9つ子の妹達だった。













 うあああああああああああああぁぁぁぁ最っっっっっっ高かよぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!

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