第15話 貴方のためを思うなら

俺、勇也ゆうやはサッカー部に所属している。

小学生の頃から高校3年の今までずっと

サッカーに夢中だ。

しかし残念ながら俺には突出とっしゅつした

才能は無かったようだ。

無尽蔵むじんぞうのスタミナ

爆発的ばくはつてきなシュートりょく

華麗かれいなドリブルテクニック

どれも俺には無いものだ。

そのうえ、今は怪我けがもしている。

練習中に足をひね靭帯じんたいまで

痛めるという不幸にも見舞われた。

レギュラーになれなくてもサッカーは

大好きなので練習に参加出来ないのは

つらいが悪い事ばかりでは無かった。


「今、何考えてるの?」

松葉杖まつばづえで歩く俺の隣で

幼馴染みの真実まみがそう聞いてきた。

「人生は不思議だなぁって。」

「何それ?

 変なゆうちゃん。」

そう言って真実は笑う。

「怪我したのは不幸だったけど

 そのおかげで今は真実とこうして

 いられるわけだしな。」

「うふふ♡

 そうかもね。」

真実は同じサッカー部でマネージャーを

してくれている。

怪我をして落ち込む俺を励ましてくれて

その時に真実から告白をされ

めでたく恋人同士となった。

「今までサッカーばっかりやってたから

 真実まみが俺の事を好きだったなんて

 気付かなかったよ。

 文字通り怪我けが功名こうみょうってやつだな。」

「そうだね。

 ずっと好きだったけど勇ちゃんは

 サッカーにしか興味無かったからね。

 中学の頃はサッカー部にマネージャーが

 無かったから高校生になったら

 マネージャーになって少しでも

 近付こうって思ってたんだよ。

 いま考えたら不純ふじゅん入部にゅうぶ動機どうきだよね。」

「俺は嬉しいけどな。」

「ありがとう♡

 だけどマネージャーになっても

 全然うまくいかなくて•••

 そんなふうにしてるうち

 勇ちゃんが怪我しちゃって•••

 なんて言葉をかけていいのか迷ってたら

 友達や なっちゃん(同部マネージャー)

 も【今がチャンスだよ!】って

 告白を後押あとおししてくれたの。

 •••ゴメンね勇ちゃん、怪我したのを

 チャンスとか言って•••」

「いや相手のピンチが自分にとって

 チャンスなのはサッカーも同じだし

 それに俺は嬉しかったからな。

 さっきも言ったけど怪我の功名だな。

 告白してくれてありがとう。」

「勇ちゃんがそう言ってくれて良かった♡」

そんな話をしながら楽しく帰宅した。


松葉杖はすぐに必要無くなったが怪我けが

中々なかなかもとどおりにはなおらなかった。

お医者さんからも100%には戻らないかも

しれないと宣告せんこくされた。

しかし不思議と絶望感は無かった。

一番の理由は真実が隣にいてくれる事だが

離れてみる事で色々と見えてくるものが

沢山あった。

今までは夢中になりすぎて視野が狭く

なっていたんだなぁ。

今はリハビリを続けながら真実達と一緒に

マネージャー業務を頑張っている。


サッカー部の仲間達は良い奴ばっかりで

俺に対して前と変わらずに接してくれる。

特に主将の宏樹ひろき

「勇也•••

 辛い状況でも前向きに俺達を

 支えてくれてありがとう•••

 本当に強いのは•••

 本当に強いのは•••

 お、お前みたいな奴だど•••

 お、俺はおぼう•••

 ウウッ•••」

「泣くなよ•••

 体がうまく動かなくても

 俺がサッカーが好きな事に

 変わりはないよ。

 こっちこそサッカー部に

 いさせてくれてありがとう。」

「勇也っ•••

 ウウウッ•••」

「だから泣くなって。」


宏樹率いるうちのチームは夏の大会では

県予選決勝まで進んだが残念ながら

敗退した。

「すまん勇也•••

 お前を全国に連れて行きたかった•••

 すまん•••」

「なんで謝るんだよ。

 監督かんとく(サッカーの時は先生じゃなく

    監督と呼べと言われている)も

 このチームは歴代最強って言ってたろ

 皆、最高だったよありがとうな。」

「勇也っ!

 ウウウウッ!」

「泣くなって。

 宏樹はプロからスカウトが来てて

 冬の大会にも出るんだろ?

 まだまだこれからさ。

 •••練習も満足に参加出来ない

 俺だけどさ冬の大会までサッカー部に

 いても良いかな?」

「勿論だ!

 勇也はもう俺以上にチームの

 精神的支柱になってるんだ!

 いてくれるなら皆喜ぶ!」

「そんな大袈裟おおげさな•••」

「いや本当だぞ!

 俺達の練習が終わった後に残って

 自主練しているのは皆知ってる!

 勇也が頑張ってるから俺達も

 頑張ろうと皆思ってるぞ!」

「そ、そうか•••

 邪魔になってないなら良かった。」

まだサッカー部に俺の居場所はありそうだ。


夏の大会の後はマネージャーをふくめて

部員全員で夏祭りに行くのが

恒例こうれい行事ぎょうじだったが

今年は皆が気をつかってくれて

真実まみと2人きりだ。

浴衣ゆかた姿すがたは去年も見たが

今年はなんだか違って見えるな。

「可愛いな•••

 彼女だと思うともっと可愛い。」

「ウフフ♡

 ありがと♡」

「去年の夏祭りではこんな事

 想像も出来なかったな•••

 怪我してなかったら真実もまわりも

 見えてなかっただろうな•••

 こんな事言ったら良くないけど

 怪我をして良かったかもなって

 少し思ってる。」

「勇ちゃんがいつも言ってる

 怪我の功名だね♡」

「そうだな。」

その夏祭りで俺達は初めてキスをした。


キスをしてからの真実まみは積極的で

真実に誘われるまま俺達は初体験を迎えた。

「私の事、いやらしいって思った?」

「いや、そんな事は•••

 ただ真実も初めてなのに積極的だな

 とは少し思ったな。

 ちょっと意外というか•••」

「ずっと我慢してたからね。

 10年以上片想いしてたから。」

「そうか•••

 気付かなくて本当ほんとごめん。」

「謝らなくて良いよ。

 今、こうしていられるし。

 本当に嬉しい♡」

俺達の夏は幸せに過ぎていった。


新学期が始まっても俺達は幸せだった。

後輩達も俺の事を邪魔者扱いせずに

受け入れてくれている。

なんの戦力にもならない俺を

 サッカー部にいさせてくれて

 皆ありがとう。」

「勇也先輩!

 先輩は俺達のために裏方として

 頑張ってくれてるのに朝一番に出て来て

 練習して俺達の練習の後にも自主練して

 努力しているのは皆知ってます!

 尊敬しかありません!」

「あれは好きでやってる事だからな。

 うまく出来なくても俺は

 サッカーが好きなんだよ。」

「先輩!

 主将もいつも言ってます!

 本当に強いのは勇也先輩のような

 不屈の男だと!」

「先輩!」

「勇也先輩!」

「俺達が先輩を全国に連れて行きます!」

「あ、ありがとう•••

 その気持ち本当に嬉しいよ。」

「「「「「ウウウッ•••」」」」」

「いや泣かんでも•••」

宏樹を筆頭ひっとうに熱い男達だ。

でもその気持ちは本当に嬉しいな。


そんな士気の高いサッカー部だが

不安要素もあった。

それがうちのサッカー部OBの

コーチモドキ(仮名)だ。

こいつは大学生で就職の内定が決まって

暇なのかやたら部活に顔を出してくる。

部活に顔を出すだけなら良いが

先輩せんぱいづらでパワハラ•モラハラの

言動げんどうを繰り返していた。

真実まみ達女子マネージャーも

セクハラ発言をされているらしく

男女問わず部員から嫌われていた。

ただ顔を出すのは週に一度位で

監督の前では大人おとなしかったので

大きな問題にはなっていなかった。


そんなある日、洗濯物を干している

俺の所へ真実まみが怒りながらやってきた。

「どうしたんだ真実?」

「最悪だよ!

 あのコーチモドキ(仮名)から

 脅迫されたよ!」

「脅迫!?

 どういう事だ!?」

真実は詳細しょうさいを話してくれた。


真実達女子マネージャーはコーチモドキと

二人きりになるのを避けていたそうだが

運悪く部室の近くで出くわしたそうだ。

その際に俺との事を

「あのポンコツと付き合ってんだって?

 あんな奴やめて俺にしときなよ。」

とニヤニヤしながら言ってきたそうだ。

相手にしないでいると

「俺と仲良くしておけば監督に頼んで

 少し位は試合に出られるかもよ?」

「彼氏は怪我してもサッカーが

 好きなんだろう?

 不純異性交遊で退部させたくないだろ?」

くにえない事を

言ってきたという。

これらの会話は真実まみがスマホで全部

録音していた。

今の時代、録音•録画簡単に出来るのに

馬鹿な男だ。


「試合に出られるかもとか無理だろ。

 まだ満足にプレー出来ないし

 そもそもアイツにそんな権限無いし。」

「不純異性交遊で退部も無理があるよ。

 私達が付き合ってるの皆知ってるし

 仮に写真撮られてたとしても

 私が体を許してでもサッカー部

 続けたいって勇ちゃん思う?」

「思う訳ないだろ!

 サッカーもサッカー部の皆も大好きだけど

 真実まみを犠牲にしてまで続けたいとは

 思わないよ!」

「私も勇ちゃん意外に体を許すつもりは

 無いし、そんな事しても

 勇ちゃんが喜ばないのは分かってるから

 録音してすぐに知らせようと

 思って走ってきたの。」

「ありがとう、すぐに知らせてくれて。

 真実まみがパニックになって

 体を許したりしないで良かった。」

「本当に好きな人を思うなら

 すぐに相談して一緒に闘うべきよ。

 その状況で体を許す女なんて

 自己犠牲に酔ってるか

 シンプルに浮気したかったかの

 どっちかだよ。

 どっちにしても頭悪いわ。」

いつもおっとり優しい真実の剣幕に

圧倒されてしまう。

「ま、まぁさっきも言ったけど

 パニックになって間違まちがう事も

 あるかもしれないし•••」

「間違うならその程度の想いなのよ。

 そんな女なら遅かれ早かれ浮気

 すると思うわ•••••ごめんなさい

 勇ちゃんは何も悪くないのに

 熱くなっちゃって•••」

「いやちょっとビックリした•••

 同じ女子なのに厳しいなぁって•••」

「同じ女子だからこそ、そんな女

 軽蔑けいべつするわ。」

「そ、そうか•••」

「それに怒ってるのは女を軽く見てる

 事もだけど勇ちゃんの事

 バカにしたのが許せないの!」

「まぁポンコツは本当だしなぁ•••

 でも真実まみにまで被害が出るなら

 許せないな、すぐに動こう。」

「うん!」

すぐに行動を開始した。


宏樹や他の部員達にも録音を聞かせたら

大激怒していた。

その後どうするか話し合ったが

監督に報告はしない事にした。

「監督の性格を考えたら

 【気付かなかった俺は監督としても

  教師としても失格だ!】って言って

 部活の顧問どころか教師まで

 辞めてしまいそうだよな。」

「アイツが監督の前では大人しかったのと

 俺達も週に一度位だからと我慢して

 すぐに報告しなかったのが悪いしな。」

「それでも【俺が悪い!】と思う人だろ

 監督は。

 【気付かない俺は無能だ!】って

 言って監督に辞められたらサッカー部の

 だい損害そんがいだぜあんな奴のせいで。」

「親や警察に頼るのも悪手あくしゅだな。

 どうやっても監督の耳に入る。

 そもそも問題が大きくなれば

 サッカー部の活動に影響が出る•••

 本当にアイツは迷惑な存在だな•••」

皆が悩んでいる時、俺には考えがあった。

「皆、聞いて欲しい。」


俺の考えは先輩達OBを頼る事だった。

うちの学校は県内でも強豪校として

名が知られているのでOB達も沢山いる。

コーチモドキのようなクズは例外で

ほとんどは熱意のある優しく頼れる

良い意味での体育会系の先輩達だ。

俺達は去年•一昨年の先輩達に連絡を取る。

当然先輩達は大激怒でさらに上の先輩達に

連絡がいった。

監督はうちの学校で10年以上指導している

名物監督なので監督の人柄を知っている

先輩達は上の世代にも多く、そして

俺達の考えを理解し秘密裏ひみつりに動いてくれた。

結果コーチモドキは大学を退

就職内定を退した。

退学や取り消しではなく

あくまでだという。

そしてで海外で働く

先輩の所へ行き覚悟らしい。

先輩達は

「こっちの事は気にせず

 今はサッカーに打ち込め!

 応援してるぞ!」

と熱いメッセージをくれた。


チームに平和が戻ってきた。

俺の怪我も良くなってきて100%元通り

とはいかないが皆と同じ練習メニューを

こなせるようになった。

まぁ100%元通りでもレギュラーは

厳しかったと思うが真実まみも皆も

涙を流して喜んでくれた。

本当に良い奴らだな。


そして冬の県大会の決勝でうちのチームは

夏に敗れた相手と再びぶつかった。

うちの学校と毎回優勝争いしているチームで

相手もまたプロからスカウトがくる

選手をようする歴代最強の呼び声が

高いチームだ。

激闘の末、勝ったのはうちの学校だった。

本当に激闘で試合後双方の応援から

万雷ばんらい拍手はくしゅが送られた。

俺も叫び過ぎて声が枯れてしまった

やっぱりサッカーは素晴らしいなぁ。


試合後のインタビューで宏樹は泣きながら

俺の話をしていた。

「勇也がいたから•••

 勇也が頑張ってくれてたから•••

 俺達はここまで来られました!

 本当のキャプテンはあいつです!」

この話はかなり美談にされて全国に

放送されてしまった。

【もう1人のキャプテン】なんて大袈裟だ。

俺はただサッカーが好きでやってただけだ。


全国大会では一回戦は突破したが

二回戦では激戦の末PK戦にまで

もつれんだが残念ながら敗退した。

俺は応援する事しか出来なかったが

泣きながら俺と抱き合う宏樹の映像は

大会のニュースやダイジェスト映像で

何度も流された。

少し恥ずかしいな。

ちなみに激戦を繰り広げた相手チームは

そのまま優勝しているのでうちのチームは

高校サッカーファンの間で実質準優勝

ではないかなどと論争になったとか。

こうして俺の、いや俺達の高校サッカー

生活は終わった。

本当に良い夢を見させてもらった。


高校卒業後は一年の浪人生活猛勉強を

医学部に入る事が出来た。

そして怪我をした時に出来た新しい夢

スポーツドクターになる事が出来た。

自分が怪我をした経験も本当に

役に立った。


ずっとそばで支えてくれた真実まみ

結婚式を挙げる事も出来た。

式にはあの頃の仲間達が来てくれた。

そして二次会の貸し切りの居酒屋では

後輩達も駆け付けてくれた。

皆大号泣で祝福してくれたが

盛り上がり過ぎて始まった胴上げで

天井を突き破ったのにはまいった。

真実の友達はドン引きしてたなぁ•••


さらに時は流れ今年小学校に入った

息子と一緒にサッカー教室に参加していた。

俺が言う前からサッカーに興味を持ち

「サッカーがやりたい!」

と言ってくれた。

俺にそっくりな息子があの頃の俺と

同じように夢中でボールを追いかけている。

このサッカー教室にはプロ選手になった

宏樹もまねかれていた。

そこでも宏樹は俺の話をして

「勇也から諦めない心を教えてもらった!

 怪我をしても諦めず誰よりも早く来て

 誰よりも遅くまで残り必死に努力を

 していた勇也の姿に俺は励まされて

 昨シーズンついにJ2からJ1に•••」

涙ぐみながら話す宏樹の姿に

保護者達は同じく涙ぐみ息子を含めた

子供達は尊敬の目を向けてくれる。

しかし俺も隣の真実も顔を赤くする。

練習はちゃんとしていたが登下校や

練習後に隠れてイチャイチャするのが

楽しみだったのは2人だけの秘密として

墓場まで持っていこう。


          完

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