第5話

天窓を通り抜けて納屋の外に降り立った。

風もない、虫の声も聞こえない。

時間が止まっているなんて半信半疑だったけれども、小さな違和感はいくつも感じられた。


『トム殿、これを見てくだされ』


アールがピュア・ストーンを掲げると、納屋の壁に絵が映し出された。

ガラスのような透き通った石と、大きな石臼。


『この場所を探しているのですが、御存知ですかな?』

『これ、風車小屋の石臼だよ』


映し出された石臼を指差してトムが言う。


『本当なの?』

『うん。こんなに大きな石臼は風車小屋の粉挽きの石臼だよ。間違いない』


あまりに簡単に場所が分かってしまったからか、アーヤとアールはキョトンとしていたが、トムは自信満々で頷いてみせた。


『こっちだよ』


トムは風車小屋に向かって走り出した。


走っているのに、一切風を感じない。

相変わらず虫の声は聞こえない。

奇妙な感じだった。

しかし、夜の村の中を一人で自由に動き回ることなんて初めてだった。

そして初めて会った、不思議な友達がいる。

トムの心にはワクワクした気持ちもあった。

そんな想いを感じながら、トムは風車小屋まで走っていった。


『ハァッ…ハァッ…ここが風車小屋?』


トムに追い付いたアーヤが尋ねる。


『うん…』

『何だか、不気味だね…』


風車小屋を見上げながらアーヤが呟く。

トムも全く同じことを思っていた。

初めて見る、夜の風車小屋。

不気味な巨人に見下ろされているような威圧感があった。


トムとアーヤは、どちらからともなく手を握っていた。


(一人じゃないから、怖くなんかない!)


トムがそう決意しかけた時だった。


『やっと追い付きましたぞ~~』

『うわあぁぁぁ』


不意に背後から聞こえた声に、トムもアーヤも悲鳴をあげてしまったのであった。

声の主はアール。

ゼーゼーと肩で息をしながら、その場に座り込んだ。


『じぃは二人のように早くは走れませんぞ。少し休ませてもらいますぞ』


アールはそう言うと、地面に横になった。

ハァハァと大きく胸が上下している。


『あははは』


疲れ果てたアールを見て、アーヤは吹き出すと元気を取り戻した声で笑っていた。


『行こうか、トム』


アーヤはトムに手を差し出し、トムも手を握り返した。

トムとアーヤは、空に浮かび上がると、窓から風車小屋の中に入っていった。


風車小屋の中は光が入りにくく、納屋の中以上に暗くて不気味だった。

アーヤは石臼の近くに行くと、祈るような姿勢で呟いた。


『どこにいるの、私のピュア・ストーン。応えて』


そのアーヤの祈りが届いたかのように、床から白い光が煌めいた。


『あった!』


アーヤは煌めき続けている石を拾い上げると、大切そうに抱き締めた。


『トムのおかげだよ。本当にありがとう』

『見つかって良かったね』


嬉しそうなアーヤの声と違い、トムの声は寂しそうだった。


(今度こそアーヤとのお別れなんだ…)


風車小屋の外に出て、アールと合流する。

アールはピュア・ストーンを確認すると、トムに深々と頭を下げてお礼をしました。


『トムのおかげで助かったよ』


アーヤの笑顔を見ると、胸が苦しくなった。


『ねぇ、アーヤ。僕もアーヤの世界を見てみたい』


トムの突然の言葉に、アーヤとアールは顔を見合わせた。


『こっちの世界の人を連れて行っても良いんだっけ?』

『招待ということであれば問題ないかもしれませんな。トム殿はアーヤ様の恩人ありますしな』

『それなら、大丈夫だね!』


アーヤは笑顔でトムに向き直った。


『行こうトム。私が案内するよ』


アーヤが手を差し出した。


キィ…キィ…


アーヤの手を掴もうとした時に、雑貨屋の風見鶏の音が聞こえてきた。

同時に風が体を通り抜けていく。


『時間が、動き始めた?』


トムがポツリと口にした言葉で、アールは大慌てになり急かし始めた。


『まずいですぞ!トム殿、早く手を繋いでくだされ!』


アーヤとアールは片手を繋いでいたため、トムも手を繋ぎ三人で輪を作るような格好になった。


『では、行きますぞ!』


三人の周りを、一瞬だけ強い光が包むと、そこにいたはずのトムたちの姿は消えてしまっていた。

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