15.キスがしたい


旅行から戻ってきて数日が経った。


いつも通りの日常に戻り、加那多は毎日お仕事へ、俺は仕事探しを再開した。

仕事探しは直ぐに結果が出るわけじゃないし、時間が掛かるものだ、とはいえ、手応えは肌で感じる程度には悪い。

正直俺も駄目だろうなーって思いながら面接を受けたりして、まあ面接して貰えるだけまだましなんだけど。


というわけで以前と変わらぬ日常なんだけど、2つ変わった事が。


一つは加那多が筋トレを始めた事。

30になって体力の衰えを感じ始めたのか、旅行帰りから始めた。

動画サイトを見ながらの自重トレーニングだけど、適度な運動で結構効くらしい。


もう一つ、それは俺が借りを返す事。


今では毎日一緒に風呂に入り、加那多のベッドで朝を迎えるようになった。

気持ち良すぎて完全にハマってる。


加那多が毎回必ずキッチリ、優しく丁寧に激しくして気持ち良くしてくれる。

お風呂はただたんに一緒に入るだけの事も有るけど、ベッドでは毎回俺が借りを返す、と宣言して加那多は俺が満足するまで相手してくれる。

いや、加那多も満足しているとは思うけど。



ただ、一つだけ不満がある、気分が盛り上がってきて、加那多の顔が近いと凄くキスしたくなる。

別に好きとかそういうのじゃなくて、ただ興奮して口づけしたくなる。

加那多からされた事は一度も無く、これは俺だけの気分なのだろうかと思ったりもする。


そして昨日、キスしようと思い加那多の唇に顔を近づけると、加那多が露骨に避けたのだ。

そして体勢を変えて顔を遠くにやってしまい、その日はもうチャンスは訪れなかった。


なんだそりゃ、そんなにも嫌か!


……嫌か、嫌だよな、うん。元男で親友とのキスだもんな、そりゃ嫌に決まってる。

飲み物を回し飲みする間接キスとはわけが違う。

冷静になった今なら拒否するのも分かる。


すっかり忘れてたけど加那多は女性不信だった。

それに加那多は義務感で相手しているだけなんだ、それにさらにキスまでとか、俺は調子に乗りすぎたかもしれない。

一端キスの事は置いておこうと思う、うん。


◇◆◇


ある日、晩飯を一緒に食べていると加那多からお誘いがあった。


「ノブ、週末空いてるか?何処か行かないか?」

「そりゃ空いてるけどさ、お金が掛かる所は嫌だぞ」


「別にどこかに泊まるわけじゃないし、そんなに掛からない所にするから大丈夫だって」

「それなら良いけど、……そうだな、良し!それじゃまた頑張っておめかしするから期待しろよ」

「それは楽しみだ、期待してる」



「ところでさ、なあカナ、……カナはさ、俺の事好きか?」


最近気付いた。借りを返すために抱かれるっていうのは、別に加那多が俺を気持ち良くさせる必要は全くないわけで。

最初が初めてだったから加那多に全てを委ねて、それで始まったものだから、そのままの流れで加那多が一生懸命に俺気持ち良くさせてくれてるけど、本来は俺が加那多を気持ち良くさせないといけない、という事にやっと気付いた。


それで俺が頑張らないと、ってのは置いといて、なんで加那多がそこまでしてくれるのか。

本来の借りを返すという事からいけば、俺に対し、ほれ返せ、と横柄な態度でも問題無いはずだ。

もしかして、俺の事を好きになってて、それで一生懸命してくれているとか?


だって中身はともかく、外見は加那多も綺麗と褒めてくれる程の美少女で、胸だって大きい。

それで肌を重ねる事も増えて……と考えると情が移って好きになってもおかしくは無いと思う。


ただ、女性不信なわけで、そう考えるとやっぱり違うか、とも思うけど、そうなるとなんでここまでしてくれるのか、という答えにはたどり着けない。


だから、まあ、直接聞いてみた。


「なんだ急に……俺よりお前はどう思ってるんだ」


「俺?俺かあ……正直言うと、男はまだ無理だ、加那多なら嫌悪感や拒否感を感じないからまだ良いとはいえ……うん、今はこんな関係だけど、これからもずっと親友で居て欲しいかな」


そう、俺の正直な気持ちは、加那多は親友だ、ただ他の男みたいな嫌さを感じない。そこは大きな違いだけど。


「……そうか、親友か、そうだな…………俺は好きだぞ、親友として色々思うところはあるけども、ちゃんと信親でいてくれよ、ずっとな」


加那多は親友として好き、か。となると残るは加那多の性格か、やるからには徹底的に、みたいな。

なんというか、心に引っかかったというべきか、少しの寂しさと胸がモヤモヤとするような、何かを感じた。


そして、寂しそうな加那多の表情が、俺の胸を締め付けた。


その日の夜の加那多はいつもの気遣いが少なく、そして普段の何倍も激しく、俺が何かをしたいと言っても何もするな、と言って聞かず、一心不乱に俺を貪っているように思えた。


加那多も偶には欲望を発散したい時もあるだろう。

されるがままに受け入れて、やはりいつものような気持ち良さが無く、こういう時もあるだろうと少しの不満を覚えた。


翌日朝、目を覚ます。

少し腰が痛い気がする。

身体を起こし、シャワーを浴びて部屋に戻ると加那多が神妙な顔をして待っていた。


「昨夜はすまん!やりすぎた!……身体……何処か痛い所とか無いか?大丈夫か?」

「……やりすぎだ全く、んー、ちょっと腰が痛いかな、でも大丈夫だ、なんたって俺は若いからな!それよりカナは大丈夫なのか?」

「いや俺の事は良いんだ、それより腰が痛いって本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だって、まあ、ああいう男の暴走を受け止めるのが女の甲斐性なんじゃねえの、知らんけど」

「本当にゴメン、次からはこういう事が無いように気をつけるから」

「良いってば、まあ、少しだけ気を使ってくれればそれで」

「……分かった」


そういう珍しい事もあり、俺もいつもと違う気持ちを味わったのだった。


◇◆◇



金曜日、その日3度目の借りを返している時だった。

翌日が休日という事もあり、加那多も何時もより激しく、そして俺の気分は普段より高揚し、何時にも増して、キスしたくて堪らなくなっていた。


そしてチャンスが訪れた、最近キスをするような素振りを全くしてなかったから加那多も油断していたんだろう、俺の顔の近くに加那多の顔があった。


このチャンスを逃すまいと俺は両手で加那多の頭を抱き込み、無理やりキスをした。

加那多は抵抗しようとしていたようだけど、一瞬の事で対応出来なかったようだ。


加那多の動きが止まり、固まったように身体が動かなくなっていた。

俺は欲望のまま唇を貪り、口腔内にも侵入した。

やっと加那多とキス出来た喜びと達成感とよく分からない興奮状態にあって、ただ加那多を求めていた。


やっと加那多は正気を取り戻したのか、全力で俺の腕を解き、顔を離し、俺を押さえつけ、そして呆然としていた。

その時の俺の顔は多分ふにゃけていたと思う。


「ノブ……なんで……」

「カナとキスしたかった、興奮して、高揚して、カナの唇が欲しかったから……やっと捕まえた」


嬉しさで微笑んだ。


加那多は何も答えず、ただ俺を押さえつける力が強くなり……泣いていた。

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