12.借りを返す


中々に立派な旅館だ、そして部屋も広い。

部屋に上がり、露天風呂があるだろう庭を見る。


「おー、これが露天風呂か、木の浴槽なんだなー、悪くないな」


2人くらいなら余裕では入れそうなサイズだ、……いや2人では入らないけどね。あくまでサイズの話。


2部屋あって、片方は寝室っぽく、すでに2つの布団が並んで敷かれていた。

部屋も広いし2部屋有るし、露天風呂まで付いてる、これ結構、いや相当良い部屋だぞ、かなりお高いのでは?

社員割があるって言ってたけど、それでも結構な額だろう、うーん、値段を聞くの怖いから聞かないでおこう。


「じゃあ荷物置いたら早速温泉にでも浸かるか」

「そ、そうだな!温泉も楽しみだな、此処のは期待出来そうだし」


加那多に促され2人で温泉に向かう、温泉近くで男と女に分かれ、別々の入り口へ。


「じゃあ、あがったらあっちの待合所で待ち合わせだからな」

「わかったー」


温泉もやはり良い旅館なんだなと感じるものだった。

温泉自体は3種類ほどあり、サウナ、水風呂なんかもあって、長時間ゆったり出来そうだ。


他にも客は居たけど少なく、ゆったり出来るスペースを十分に確保出来た。

サウナは何度も入ったりしないといけないと何処かで聞いたので明日にでも試してみようと思う。


自宅の風呂と違い、広い温泉にゆっくり浸かるのはとても気持ちよく、そして全身が芯まで暖まるのを感じる。

こういう時、1人で浸かるのは勿体ないなあなんて思って、いっそ加那多と一緒に入れたら楽しいだろうなあ、とすら思う。

実際にそうなったらゆっくり温泉に浸かる所じゃ無くなるんだろうけどさ。


温泉はとても良かった、だけど少し物足りない、そんな感じがした。


温泉から上がり、浴衣を着て、髪を乾かして待合所へ向かうと既に加那多が待ちぼうけしていた。

まあ男と女だからどうしても掛かる時間が違う、そこはしょうがないよね、と。


「中々良い温泉だった、明日もっとゆっくり入りたいな」

「お、来たか。そうだな、良い温泉だな、来たかいがあった」


風呂上がりと言えば……。


「良し!風呂上がりのビール……じゃなくてコーヒー牛乳でも飲むか!」

「良いけど直ぐに晩飯だぞ」


「大丈夫だって、コレくらい……………ぷはぁ!うんまい!でも多いから残りはカナが飲んでくれ!」

「はあ?ったくしょうがねえな、飲むぞ」


加那多が飲み始めて気付く、間接キスじゃん!いや間接キス程度で何動揺してんだ、30のおっさんが。

加那多は気にした様子も無く、グビグビとコーヒー牛乳を飲み干した。

そ、そうだよな!俺たち親友だし、そんな事を今更気にしないよな!うんうん。


◇◆◇


俺たちは部屋に戻り、身体の火照りを冷ます為に2人で縁側で風に当たってのんびりしていた。

少し寛いでいると晩飯が運ばれてきた。


そして運ばれてきた料理を見てびっくり、肉と山菜メインのすっごい高そうなお料理。

あー、もう絶対値段聞けない、絶対高いやつだコレ。しかも2泊、加那多、お前……。


いや嬉しいよ、俺の為にここまでしてくれるなんて、そこは本当に、純粋に嬉しい。

そして俺が見た目通りの16なら無邪気に喜んだだろう、だけど俺、これでも30の大人だからな?加那多はそれを忘れてないか?こんなんお値段が分からなくてもメチャクチャ高いって察するよ。


チラリと加那多を見ると微笑みながら俺を見ている。

多分だけど、加那多は俺を純粋に喜ばせたくてやっていると思う、だからこそ此処の支払いは譲らなかったし、値段の話や高いんだぞ、なんて思わせるような事は一切触れないし言わないんだろう。

それに加那多は多分見返りを求めてやっていないと思う、いや、あえて言うなら俺が喜ぶ事こそが加那多の嬉しい事だろう。何故そこまでしてくれるのか、とも思うけど。


だから俺は此処で余計な事は言わず、お金の事は気にしないで、普通の反応をすれば良いのだ。

そうすれば、きっと加那多も嬉しいはずだし、それで俺だって嬉しい。


「美味そうだな加那多!これ、食べて良いのか?」

「ああ、遠慮無く食べてくれ」

「よーし!いただきます!」

「はい、いただきます」


手を合わせ、いつもより元気に言う。

心なしか加那多も嬉しそうで俺も嬉しい。



俺は、前から少しだけ思っていた事があって、そうする事に決めた。

もう、これしか無い、と、そう思った。



料理を全て平らげて、お腹は一杯だ、メチャクチャ美味しくて、柔らかくて、新鮮で、とにかく旨かった。

俺と加那多はずっと、美味しいというようなニュアンスの事しか話してなかった気がする。

それくらい、美味しかった。


「この後どうする?」

「そうだな、寝るにはまだまだ時間があるし、露天風呂にでも入るか?ノブ先入って良いよ」

「あー、食べるのに夢中ですっかり忘れてた、今はお腹一杯で動けないからカナ先入ってよ」

「分かった、じゃあ先入るよ」


加那多に先に露天風呂に入って貰う事に、まじでお腹一杯で少し時間が欲しかった。


「おー!ノブ!中々良い景色だぞ!風情があるな」


外から加那多がなんか言ってる、良い景色か、そりゃあ楽しみだ。

そして加那多が露天風呂から上がり、俺が入る事に。


「覗くなよ!」

「覗かねーよ、ちょっと外行ってくる」


露天風呂に入って景色を眺める、なるほど、こりゃあ風情があるってやつだ、露天風呂、悪くない、いやむしろ良いね。

1人だと大きめの浴槽も身体を伸ばせて気持ち良いし、回りの目も気にしなくて良いし、……いや加那多の覗きだけ注意しないとだけど、とにかく良いな。


露天風呂を上がり、部屋に戻ると加那多はビールを片手におつまみを食べていた。

ずりぃぞ、1人だけ。

ってか加那多って家だと酒飲んでる所見た事なかったけど、飲むんだな。

前は飲んでたけど、俺が来てからは見た事が無かったから飲まなくなったかと思ってた。


「あー、1人だけビール飲んでる!」

「あー、見つかっちゃったかー、てかまだ時間かかると思ってたけど意外と早かったな」


「おつまみ寄越せ、ついでに少しビールもくれ」

「良いぞ、一口だけな、……って未成年だからダーメ、おつまみは食べて良いぞ」

「えー、良いじゃないかよ、一口だけだから」

「……んー、じゃあ本当に一口だけだぞ、ほれ」


「やったー、それじゃ………………あれ?なんかただ苦いだけで凄く不味い」

「ふーん、やっぱ味覚も若返ってるんだな」

「みたいだな、カナ、ビールなんて不味いもの良く飲めるな」

「お前あっさり手の平返しすぎだろ、俺には美味いからいーの」


おつまみを食べつつ、2人で楽しい時間を過ごした。

そろそろ寝ようかという時間になり、寝室に移動し、寝る準備なんかを始める。


◇◆◇


俺は以前から借りが大きすぎるという事をずっと思っていて、親友としてどう返そうか、ずっと考えていた。

俺が転がり込んだ事によって、加那多は引っ越す羽目になり、新しい場所へ、部屋数も増やす事になった。

俺の衣類や道具一式を全部購入してくれた、それに衣吹ちゃんにお願いして化粧やメイク、スキンケアなんかを教えてもらった。

2人で住む為の家具や食器、道具なんかも一通り買い揃えた。

食費や光熱費など他にも目に見えない部分でさらにお金が掛かってるだろう。

お金だけじゃない、加那多がいる事で俺がどんなに助かっているか、言葉にしきれない。

そして、事あるごとに「俺が好きでしているから、気にしなくて良い」と言う。


親友として、こんなに一方的な借りを作るのは俺自身のプライドが許さない、必ずどんな方法を使っても返そう、そう思っていた。

しかしどう返すか悩んでいる内にさらに借りが増えて、この旅行で俺のキャパシティを完全に超えた。


俺は自慢じゃないけどそんなに貯金は無い。

だから何かを買って返すとか、何か代価を渡すような事は出来ない。


だから、俺は覚悟を決めた。もうこの方法しか無い、と。

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