10.日常と変化の兆し


加那多にナンパから助けられて約1週間が経とうとしていた。

加那多との関係に特に変化は無く、特段親しくなったり、進展は無い。

というか進展てなんだ。


あいつは今まで親友だったのが頼れる親友になっただけだ、……いや今までも十分過ぎる程に頼れる親友だった。


俺の為に広い部屋に引っ越してくれたり、衣類や小物類を買ってくれたり、俺が過ごしやすいように色々と気を使ってくれているのが分かる、……あれ?あらためて振り返ると簡単には返せないほど重いな?


ま、まあそういう面にプラスして、なんというか……腕力というか頼もしさというか、より男を意識させる、そういう面が増えたと思う。

男らしいな、加那多。今の俺にはどう頑張っても手が届かないもので羨ましくも頼もしい。


さて、俺も加那多の家でただゴロゴロしているわけじゃなくて、ちゃんと仕事探しはしている。

ただ、正社員志望という事で相当な難易度で、しかもTS症の16の女だ、扱いづらいだろう、だって16なのに大卒なんだから。

そういうわけで難航している、尽くお祈りされちゃう。

新卒でもない、元30男で大卒の16女とか、そりゃなあ……。


いっそバイトでも始めてみるか、そう思ってバイト情報を探してみるも年齢の問題で時給が安いのしかない。

それに時間制限もあって一人暮らしする事を考えたら中々厳しい。


こりゃバイト始めるにしても暫く加那多に厄介になるなあ。

ただでさえこれ以上背負いたくないくらい借りが出来てるというのに、どうしたもんか。


そりゃ加那多は気にするなっていうだろうけど、そういうわけにも行かない。


◇◆◇


と、そんな事をリビングのソファーで考えていると加那多から声が掛かった。


「おい、晩飯出来たぞ、手伝ってくれ」


加那多は事ある毎に手伝ってくれ、と言ってくる。

これは加那多なりに気を使ってるんだろう、色々やらせて貸しと感じさせないようにしよう、という。

いやこんな事で軽くなるような借りじゃ無いんだよなあ……。


「おい、手伝えって、聞こえなかったか?」

「あ、すまんすまん、手伝うって」


ご飯をよそい、ダイニングの机に並べる、麦茶をコップに入れて置く。


「今日はなんだ?」

「今日は豚の生姜焼きだ、簡単で美味しいし、ビタミンBも豊富で夏バテに良いぞ」

「いやもう夏は終わりっていうか、もうすぐ11月だけどな……。それにカナの簡単は当てにならないから、この前簡単だからって教えて貰ったら大変だったし」

「そうか?まあ慣れれば簡単だから、ノブはまだまだ覚える事いっぱいだからな」


うーん、美味しそうだ、っていうかいつも美味しい、一日の楽しみ。

加那多様様だ。


「いただきます」

「いただきまーす」


パクパクと食べ進む俺を、自分も食べつつ加那多は眺めている。

どうやら俺が美味しそうに食べるのを見るのが楽しくも嬉しいらしい。

まあ気持ちは分からんでもない、俺だって作った料理を加那多に美味しそうに食べられて褒められた時は舞い上がりそうなほど嬉しかったもんな。


身体が小さくなって胃袋も口も小さくなったから、口に放り込める量が減って、咀嚼回数が増えて、結果、沢山食べなくてもお腹一杯になるようになった。


「うん!いつもカナの料理は美味しいな!」

「当たり前だ、旨くないと俺が困る」

「なんでお前が困るんだよ?」

「なんでって……そりゃあお前に美味しく食べて貰いたいからだよ」

「……確かに不味いもん食わされるのは勘弁だな」


はー、料理も美味いし、家事も出来るし、俺が女じゃなけりゃ嫁に欲しいくらいだ。

俺が男のままで加那多が女になってりゃ俺がほっとかなかったのにな。

洗濯は出来るけどそれ以外はさっぱりな俺が女になるんだもんな。



…… 加那多は女の俺の事をどう思ってるんだろうか、多少のセクハラはあるから女として見てるのは間違いないと思うし、おめかしした時は綺麗だ可愛いとどうやら本気で褒められたみたいだし、悪く思ってはなさそうだ。


そういやその時、告白されたんだよな、やり返し目的の冗談で。

あれは本当に冗談だったんだろうか、……仮に本気だったとしても、告白されても困るし、今の俺じゃ……うーん、まあ……少しは?……いや、受けられない……かな、いやいやそれ以前にあいつは女性不信だ、だからこそあれは冗談で通ったんだ。

はあ……本当、あいつが女になった方が丸く収まったんじゃないか?


食事が終わり、2人でリビングのソファーに腰掛けて寛いでいると。


「なあノブ、仕事の方は見つかりそうか?」

「いやあ、厳しいな、大卒16ってとこなのか、30元男なのか、どれも悪い点ばっかだ」

「やっぱ厳しいか、まあゆっくり探せ、なんならさ……ずっといても良いんだぞ。そうだ……俺の、よ、嫁にでもなるか!」

「そういう冗談止めろよ……女性不信のくせに無理して言うから吃ってんじゃん。でも気を使ってくれたんだろ?ありがとな。それにそういうわけにも行かないだろ、いつまでも迷惑を掛けるわけには行かない、早く出て行かないと」


「俺は!…すまんデカい声出して……ノブを迷惑なんて思った事は無い」


急に声が大きくなってびっくりした。

加那多は優しいからな、俺に気を使わないように言ってくれているんだろう、女性不信が無理するからだ。


それに迷惑じゃないわけが無いのだ、俺のせいで引っ越す事になって、出費も衣類や家具、何十万使ったか、下手すりゃ100万近いんじゃないか?

お金だけじゃない、心理的な面でも支えて貰っている、そこにいるだけで1人で落ち込まずに済む、俺の話を聞いてくれる、相手をしてくれるだけでどれだけ心の負担が減っているか。


「いつもありがとな」

「なんだ突然、気持ち悪いやつだな」

「それは酷くないか、まあその方がカナらしいけどな」

「なんか俺のイメージ悪くない?」

「普段の言動を思いだせ、ってな、嘘嘘、いつも感謝してるって」


「俺だってノブには感謝してるよ」

「はあ?俺の何処に感謝する要素があるんだよ」

「沢山あるぞ、飯を作ってくれるところ」

「それは当番だからだろ」

「洗濯してくれるところ」

「それも当番だな」

「男物と女物一緒でも嫌がらないところ」

「分けたら可哀想だろ」

「当番の時、朝起こしてくれるところ」

「カナは朝苦手だよな」

「文句言わずに色々手伝ってくれるところ」

「まあそりゃ、俺も手伝って貰ってるしな」

「俺が1人で寂しくならずにいられるところ」

「そりゃあ……俺が転がり込んだからだ、俺のお願いだから」


「全く、ノブは素直に受け取れよなあ……。あ、ひとつデカいのがあるぞ、俺と親友な事、だ」

「俺だってそれは同じだ、今回の件だけじゃなくて、もっと昔からそう思ってる。俺のほうがカナが親友で良かったって心から思ってる」

「俺だって心底思ってる」

「いやいや俺のほうが……と言いたいけどちょっとアレな感じするから此処までにしとこう、まあ俺たち同じくらいお互いを大事な親友だと思ってるって事で」

「……だな!」


俺たちは2人掛けのソファーに座ってて、お互い反対の肘掛けに身体を預けつつも、顔は向き合っていた。

加那多は俺の顔を見つめて、にっこりと優しく俺に微笑んだ。

ドキッとした、俺も負けじと見つめてニコリと微笑み返す。


時間が止まったように感じる、あーこれ、恋人同士ならキスする流れじゃないか?

まあ俺たちは親友なんでそれは無いけども。

でもなんだこの変な空気は、いや俺が勝手にドキドキしてそういう空気を感じているだけだ。

この空気、耐えられない!


「あー、じゃあ、風呂入ってくる」

「ああ、分かった……」


加那多が少し残念な顔をしているように見えたけど多分気のせいだ、俺がそういう空気を感じて、そう見えただけだ。

さ、風呂入って気分をリセットだ!


◇◆◇


風呂を上がって加那多に風呂が空いた事を伝える。

髪を乾かし終わる頃に加那多が風呂から上がって来た。

そして寝室でお互いベッドで横になった時に加那多が声掛けてきた。


「今度の三連休さ、ノブの気分転換に旅行行かないか」

「気分転換って、別にカナのお陰でそんなに落ち込んでないぞ」

「それは嬉しいなあ、でも気分転換は要るだろ?行こうぜ」

「んー、別に良いけど旅行かあ、どういうところだ?」

「温泉旅館なんだけど、部屋の庭に露天風呂ついてるとこ、福利厚生のサービス割で安く行けるとこがあるんだよ」

「温泉に露天風呂かあ、良いね、それは楽しみだ」


露天風呂付きの旅館に2泊3日の旅行かあ、旅行なんて久しぶりだなあ。

確かに気分転換には良いかもなあ、広い風呂にゆっくり浸かれるとか、最高かもなあ。

ヤバい、まだ先の話なのに楽しみでテンション上がってきた、ちょっと目が冴えて眠れなくなってきたぞ。


隣の加那多を見ると既に穏やかに眠ったようですうすうと寝息を立てている。

整った凛々しくも間抜けな寝顔がちょっと可愛いと思ってしまった。

ハッと我に返ると頭を振り、正気に戻る。

男の顔を可愛いとか、何でそう思うんだ俺は。


テンション上がってたからに違いない、早く寝よう!

と言って直ぐに眠れるはずもなく、暫く唸っているのだった。


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