8.揺れる感情
目的地に着いた、100円ショップで何か便利そうな、足りない物を買うようだ。
俺もなんかあったかなー、と直ぐには思い付かないけど適当に店内をぶらぶらして不足品と便利そうな物を買った。
その次は駅前近くにある家具店、駐車場が混んでいて中々見つからず、先に降りて一人で店に向かう事になった。
丁度良いタイミングで、何処かで一度距離を離して落ち着きたいと思っていたから、このタイミングで心にリセットを掛けたいと思う。
まだ加那多が駐車場に停めるのに時間が掛かりそうだったので駅前の喧騒から少し離れて、ポツンと一人で考えていた。
今日はちょっと喧嘩?……うーん、喧嘩ではないか、まあ良く言えば親友同士のじゃれ合いがあって、そこで分かったというか気付いた事があった。
1つ目は俺がちゃんと可愛い綺麗な女の子にしようと思えばしっかりそれが出来るという事、これは加那多が言葉と態度で示してくれた。
まあ加那多向けにしてたから他の男にはどう写るのか分からないし、いまいちな可能性もあるけど。
2つ目は加那多と俺、つまり成人男性と未成年女子の力の差が分かった事、これは本気になった男には抗えない、加那多と少し距離を離してしまうくらいのショックで今も引きずってこんな所で悩むくらい。
このまま同棲を続けていけるか、毎日不安になりそうな、そんな事まで考えてしまう程に。
◇◆◇
「あれ~?君1人~?1人ならさ~俺等と遊ぼうよ、楽しい所知ってるよ~」
暫く考えていると、声を掛けられた。
見上げると2人組の成人男性が壁際の俺を囲む様に立ち塞がっているように見える。
「今から楽しい所行くんだけどさ、一緒に行って遊ばない?俺等だけじゃなくて女の子もいるし、絶対に楽しくなれるよ、どう?」
なんだこいつらは、ナンパか?なんでこんなおっさ……違った、今は特に可愛くて綺麗な女の子だった。
まだ意識してないと自分が女の子だと忘れる時があるなあ、特に今みたいに考え事をしていると。
「ねーねー、なんで無視するの~、あ、否定しないなら一緒に行くって事で良いんだよね、じゃあ行こっか」
「あ、すみません、友達待ってて、ごめんなさい!」
「ダメだよ、そんな嘘ついちゃあ、見てたけど誰かを待ってる感じじゃ無かったからね」
う、確かに、加那多を待ってるわけじゃなくて、時間を潰していただけだった。
意外とよく見てるじゃないか。
とはいえ付いていくつもりは無い、どう見てもダメな連中だこいつら。
「もうすぐ友達来ますから、大丈夫です、行きません」
「何いってるの、もう一緒に行くって決まったんだから、ほら行くよ」
そう言って1人がグイと俺の腕を掴み、もう1人は肩を掴んだ。
その瞬間、俺は加那多に抱き締められて抵抗出来なくなった事を思い出し、恐怖で足がすくみ、腕も身体も動かない事を認識し、周囲の視界が暗くなったように視界が一気に狭まり、音も聞こえづらく感じる。まるで水中にでもいるかのようにゴーッという音だけが聞こえる気がする。
あ、もう無理だ、連れてかれる、今までこんな事無かったのに、なんで?
怖い、怖い、誰か助けて、……助けて、加那多……。
「おい!その娘から手を離せ!この誘拐野郎!」
「……はあ?なんだおっさん?余計な事に口つっこんでんじゃねえぞ!」
「関係ねえおっさんは引っ込んでろ!怪我すんぞ!」
「なんだとてめえ!やってみろや!俺の女を誘拐しようとした事を後悔させてやる!」
頭がぼんやりする、狭い視界の外の何処かで、何か遠くで怒鳴っている声が聞こえる、誘拐だとか怪我だとかうるさい、随分とガラの悪い言葉だ、でも俺には関係ない事だ、今から何処かに連れて行かれる俺には関係ない。
……。
「おいっ!ノブ!大丈夫か!おいっ!」
何か、誰かが呼びかけているような気がする。
その聞き覚えのある声を聞いて、段々と視界が、暗かった視界が明るくなっていく。
視界に合わせて回りの音もハッキリと聞こえてきた。
声の方を見ると加那多が俺に必死に声を掛けていて、心配そうな表情をしている。
……あれ?もしかして、俺、加那多に助けられた……のか……?
いつの間にかしゃがみこんでいて、加那多も俺の視線の高さに合わせる為にしゃがんでいた。
そして俺の肩にはさっきの男では無く、加那多の手が置かれていて、それはとても暖かく感じる。
俺は手を身体の前に伸ばした。それは加那多の存在を確かめるように。
すると加那多はその手を掴んで、もう大丈夫だ、と言ってくれた。
もう加那多に触れられる事の恐怖は微塵も感じなくなっていて、ただ安心感だけがあった。
……俺はこの大きな手に、加那多に助けられたんだな。
その加那多の大きな手が愛おしくなり、無意識の内に大きな手に頬ずりをする。
こんなに心が安らぐなんて、加那多の事を怖がっていたのが嘘みたいだ。
心が落ち着いてきて、ふと思い出す、さっきの騒ぎで聞いた言葉。
"俺の女"
ふふっ、ナンパから助ける為とはいえ、そんな事を言われるなんて、しかもその言葉を嫌とは感じず、むしろ嬉しく感じるなんてな。
多分今はナンパから助けて貰って感情の揺れが大きい状態だろうし、らしくない事を考えてしまうんだろう。
ああ全くらしくない、だから少し加那多にやり返してやろう。
頬ずりしていた大きな手をグイと引き込み、加那多を引き寄せ、耳元で囁いた。
「誰が加那多の女だって?」
「!?……しっかり聞こえてたのか、少し恥ずかしいな、でもああいう相手にはああでも言わないと」
「分かってるって、今回は助けて貰ったし、大目に見るよ」
「……ああ」
身体を離し、立ち上がって伸びをする。
身体を見回し特に問題がないか確認した、うん、どこか破れてたりはしてないみたいだ。
まあ助けて貰ったし、お礼はちゃんと言っとくか、親しき中にも礼儀有り、ってな。
「加那多、助けてくれてありがとう、掴まれた時、本当にダメかと思った、あのまま……あの……まま……」
お礼の最中、その言葉だけで恐怖を思い出し、言葉がつかえ、今頃実感して涙が出てきた。
「ああ、ノブを助けるのは当然だ、それよりも怖かっただろ?ごめんな、遅くなって」
そう言って俺を優しく抱き、泣いている俺を包んでくれた。
「ううん、カナは悪くない、俺がカナから距離を離そうとして1人になったのが悪かったんだ、カナは悪くない」
「良いんだ、そもそも俺が午前中にあんな事しなけりゃ良かったんだから、だからノブは距離を取った、それに俺も気を使ってノブを1人にした、その原因は俺だ、ノブは悪くない」
……でも加那多が俺を強く抱き締める原因はそもそも俺が煽ったからだ、元を辿るなら俺が悪い。
「ごめん、カナ」
「謝んなって、それにお互いが謝ったんだからこれで終わり、俺たちは親友なんだぞ、お互いを思いやってこそだ」
「うん、ありがとう」
俺も加那多に抱き着き、気分が落ち着くまでそのまま暫く加那多の匂いと暖かさに包まれていた。
少しの汗の匂い、もしかして俺を必死に探していたのだろうか、そうだったら本当に申し訳ないな。
でも本当に助かった。加那多、ありがとう。
「──ありがとう、落ち着いた」
身体を離して、加那多にお礼を言った。
「落ち着きついでにトイレにでも言って顔洗ってこい」
「うん、分かった、トイレの近くまで付いてきてくれ」
「……そうだな、お姫様を護衛しないとな」
「というか、こんな目にあったんだ、今日はずっと側に居てくれ」
「!?……はいはい、姫の仰せのままに」
その日、俺と加那多の距離は昨日までと同じように……いや昨日より距離感が少し近くなったような気がした。
そして俺は、やっぱりかよわい女なんだ、と。
問題なのは女である自覚が足りない事、女の子らしく振る舞う事もそうだけど、今回みたいに普通の女性なら危険に感じる事が感じ取れない、そんな気がする。
女である自覚……難しい話だと思う、俺は30年間男として過ごしてきて、当たり前の話だけど女の子の自覚なんてあるわけ無い。
今回みたいに痛い目に合うと流石に変わらざるを得なくて、人気が無い所や1人を避けるってのは分かったけど、それ以外は全然だ。
今の俺に出来る事は出掛ける時におめかしして女の子らしくするくらいだろうか、ただそれって俺が思う女の子らしさなんだよな、なんか違う感が出そうな気がする。
でもその場合1人で行動したくないなあ……。
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