7.揶揄いと本音
加那多は黙ってジッと俺を見つめている、見定められていると感じる。
何処か変な所があるのだろうか、気になる、早く言って欲しい。
今日出掛けるという事で、前から考えていた外出用の服装、女の子らしいお洒落した格好という物を実践してみた。
完全に女の子として可愛く見られる事前提で服を着たりメイクしたりするため、相当に勇気を出して、30のおっさんがこんな格好……と思いながらも、まるでデートにでも行くような、そして加那多が好きそうな格好をしたのだ。あいつの好みは良く分かってる。
これだけ頑張ったのだ、何か少しでも良いから褒めて欲しくて、そういう言葉を待っていた。
──長い沈黙が続き……………ん?加那多のこの感じ、もしかして、俺に見惚れてたりするんじゃないか?
多分そうだ、あの加那多がこの姿を見て何も言ってこないわけが無い。
それならば、今回は俺が加那多を揶揄う番だ。
まずは加那多の手を両手で握る。
加那多はビクッと反応した。
「カナ……どう……かな……似合ってる?」
加那多は我に返ったようにハッとして立ち上がり、俺が握った手を見ていた。顔は真っ赤になっている、これは完全に見惚れてたわ、間違いない。
「あ、いや……その……だな、うん、凄く綺麗でびっくりした、とても…似合ってる……」
真っ直ぐな加那多らしくない反応に俺の心は喜んでいる、気分が高揚している。
少し戸惑うも、ここからが揶揄いの本番だ、ここで流されるな。
手を離してニヤリと笑みを浮かべる。
「おいおい~、どうしちゃったのかな~?まさか俺に見惚れてるのか~?チョロすぎ~、30のおっさんザコすぎんか~?ザ~コザ~コ」
少し下から覗き込むようにして煽る、俺の数少ない有利な状況だ、この機を逃すな。
「!!!」
加那多は口に手をやって、頬を赤くしたまま視線を逸した。
図星なのか?おいおい、まじかよ。
「くそザコチョロおっさん、図星かよ~、ほらほら、手を握ってあげるから喜べ~、優しいな~俺~」
そう言ってもう一度手を握る、なんかプルプル震えてやがるぜ~。
そんなに嬉しいか、そーかそーか。
そう思っていたら加那多は手を振りほどいた。
──そして突然に俺に抱き締めてきた。
少しキツめに締めてくる、ちょっと苦しいぞ、こら!
「ちょ!手を離せ!苦しいって!」
「ノブ、お前が好きだ!結婚しよう!俺のものになってくれ!」
とんでもない事を言ってきた、いくら俺に魅了されたとは言えなんて事を言うんだ。
それに俺にそんな気は無い!というか、男は無理だっつの!
「カナ!お前何言って……!離せ!正気になれ!」
「……」
加那多は返事をせず、無言でより強く抱き締めてくる。
これはもしかしてあれか!俺に揶揄われたからその仕返しか!くそっ力ずくとか卑怯だぞ!
「ちょ、苦しいから、マジで正気に戻れって!」
「……」
ギュ……。
さらに締めてきた、マジで苦しい!
「分かった!分かったから!俺が悪かったよ、ゴメンて!」
「……!」
そう言うとやっと力を緩めてくれた、でも緩めただけで抱き締められている状況は変わらない。
ジッと俺の目を見ていて、何か言って欲しそうに見える。
え、何?もしかしてさっきの告白に答えないと離してくれないとか?
いやそれは……まだ無理なんだけど。
「あー、えっと、カナの気持ちは嬉しいんだけど、その、今はまだ男と付き合う気は無いというか、もう少しまって欲しいというか……ごめん」
「…………」
加那多はやっと手を離してくれて、人心地ついた。
加那多は俯いていた、……が顔を上げて叫んだ。
「──騙されやがったなノブ!俺がお前に告白なんかするわけないだろうが!大体俺は女性不信だぞ!付き合うとか考えた事も無いわ!」
「なっ!!」
なんてやつだ!俺は真面目に答えたというのに、騙すなんて!
「はぁ!?だってお前抱き締めて告白してきたじゃねーか!俺の事好きなんだろ!嘘つくなよ!」
「力いっぱい抱き締めたのはお前に煽られてムカついたからだバーカ!謝ったからノブの負けな!力でかなうと思うなよ!」
「うわ最低だこいつ!女の子に力で勝って当たり前だろうに、見惚れてたくせによー」
見惚れてたくせに、そう言うと加那多はスッと俺を上から煽る姿勢を正した。
な、なんだなんだ、次は何をするつもりだ?俺は身構えた。
「──見惚れてたのは事実だ、だからあの時の言葉も本当だ、……今のお前はとても綺麗だ」
!!!??
突然の不意打ちに一瞬で俺の顔はゆでダコの様に真っ赤に、心臓は早鐘を打ち鳴らし始めた。
こ、こいつ……出来る!!油断してたぜ……。
冗談だと分かっていてもその言葉は強く、心は暖かくなるのを感じる。
「カナ!そういう不意打ちは卑怯だぞ!」
「いや、これは本音だ。素直に聞いて欲しい」
「!?」
やばい、良いようにやられっぱなしだ!これが本音だと!?
呼吸が早くなり、心臓の早鐘は加速していく。
騙されるな、ここで鵜呑みにしたらまたバーカバーカと煽られるぞ。
「騙されるか!そ──」
「本当だ」
俺の反論に静かに被せてきた!
くそ、……本当なのか……。本気にして良いのか?
さらに鼓動が早く、過呼吸で頭がぼーっとして視界が揺れてきたように感じる、これは……結構やばい状態?
身体がぐらりと揺れて、加那多が慌てて支えてくれた。
そのままお姫様だっこで抱えられた。
俺はぼんやりした視界でぼーっとする頭でそこまでは認識出来た。
最後に加那多の言葉が聞こえた。
「すまん、やり過ぎた」
マジでそうだよ……ばか……。
そのまま意識が途切れた。
◇◆◇
段々と意識が戻ってきて、目が覚める。
気付くとベッドで寝ていて、多分加那多が運んでくれたんだろう、いやあいつのせいだけどな!
時計を見ると12時少し前、そこまで長い時間寝ていたわけじゃなさそうだ。
身体を起こし、ベッドから降りてリビングに戻る。
「おう、起きたか、体調はどうだ」
「あー、誰かさんのお陰で身体が痛いよ」
「全く酷いやつもいたもんだ」
「お前だお前!」
「そうだった、ゴメンな」
「はぁ、うん、許す、ただもう力ずくは勘弁してくれ」
「そうだな、善処する」
「いやまじでな」
「分かったよ、使い所を気をつける」
「ああ、もうそれで良いや」
ぼんやりした頭で考える、加那多のやつあんなに力強かったっけ?
本気で組み伏せられたら俺じゃ抵抗出来ないな、あれじゃあ……。
……少し考えてゾクリと寒気がした、女の本能のような警戒心が反応した気がする。あれ?結構危険な事をしてるのでは?そう思えた。
同棲とは本来付き合っていて結婚を前提とした、ある程度心も身体も許した関係で行うものだ。
今の俺たちでしていい行為ではないのでは?そんな事を思った。
いやいや待て待て、俺たちはそういう関係じゃないはずだ、あくまで親友同士、そのはずだ。
でも、衣吹ちゃんが言ってたように隣で寝ていて、力ずくで間違いが起こせるとしたら、加那多がその気になったとしたら……。
「で、どうだ?出掛けられそうか?」
ポンと肩を叩かれ、飛び上がりそうになるほどビクついた。
表向きは平静を装い、ドキドキしながらも答えた。
「ああ、うん、大丈夫だ」
あー、俺のバカ、今はそんな気分じゃないだろうに、……でも断るのも悪い気がした。
「じゃあ途中で飯でも食ってくか」
「おう、そういや腹減ったな」
適当に答えすぎだ。もうね、全然腹とか減ってないの、それどころじゃなくて、心が落ち着かない、この状態で俺は加那多と一緒に行動出来るのだろうか。不安だ。
それから飯を食って、目的地に着くまで、俺は何となく加那多から距離を取っていた。
歩いている最中も今までより10センチほど距離を開けて、椅子に座る時も対角線に。
俺が距離を取っている事、それは気取られてるかもしれないけど、かと言って今まで通りの距離感は心情的に難しい。
加那多も何か思う所があるのか、距離を詰めてこないし、何処かで一度落ち着ける距離を取りたいと思う。
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