6.信親への想い


──加那多 View


土曜の明け方、まどろみからぼんやりと覚醒し、寝返りをうつとその視線の先には信親がいて、まだ寝ているようだ。

暑いのか寝苦しいのか、布団を外していて、寝巻き越しに身体のシルエットが分かる、若くて、それでいて女性の綺麗な曲線だ。艶の有る黒髪が少し乱れていて、やけに色っぽい。


信親の頭上のスマホが朝を知らせるように鳴り出した。

その音で大抵は俺も起きてしまうんだけど、今日は何となく信親が目覚めるのに合わせて、寝た振りをした。


俺は薄目で様子を見ていると信親は起きたようでスマホの目覚ましを止めてムクリと身体を起こし、伸びをしたようだ。

俺を一瞥し、まだ寝てるか、まあ休みだしな、とこぼしてベッドから降りて部屋を出ていった。


20分ほどしてからキッチンから卵焼きを作っているようなジュ~ジュ~という音が聞こえ始めた。

今朝の朝食当番は信親だ、多分目玉焼き4個と味噌汁とざく切りキャベツかなんかだろうと思う。

目玉焼きの成功率が上がってきているし、そろそろウィンナーを炒めて貰おうかな。


俺は身体を起こして寝巻きのまま部屋を出て、キッチンを見る。

寝巻きにエプロンを付けて、キッチンに立って料理をしている黒髪の美少女がいる、何度見ても絵になると思う。

これで寝巻きじゃなくてセーラー服なら最高なんだが、いや裸エプロンのほうが、いやセーラー服か、うーん、どちらも捨て難い。


そんな事を考えていると信親が俺に気付き声を掛けてきた。


「お、やっと起きたか、もう暫く待っててくれ、朝飯出来るから」

「分かった、ちょっと顔洗ってくる」

「おう」


洗面所で顔を洗い、ダイニングで席に座って信親の後ろ姿を眺めて出来上がりを待つ。


◇◆◇


俺は女性不信だけど別に女が嫌いなわけじゃない、若い女の身体は当然好きでそれは変わってない。

ただ、浮気は絶対に許せないし、女性とはそういう生き物だと思っていて、だから信用出来ないと俺は思っている。

男だって浮気するだろうと言われても、親父はしてなかったし俺もしていない、衣吹の彼氏だってしていなかったと思う。

当然女性不信になった原因はそれだけじゃなくて他にもあるけど、とにかく信用出来ないし、付き合う事なんて出来ないと思っている。

どれだけ愛していても裏切られるならそんな事は無意味だし無駄だ、いや、無意味なだけならまだしも心に大きな傷を負う、そしてそれは簡単には治らないものだ。


そんな俺の所に女になった信親が現れた。

始めはそもそも信親だと思えなかったけど、話をしていく内に信親だと信じられた。

そして思った。

信親が苦労していて、助けたいと、それが一番の思いだった。

だけどそれとは別に、女になった信親だけど親友のままでいてくれるのだろうか、と。

受け入れるとは言ったものの何処まで信じて良いのか不安だった。

それでも親友の信親には出来る限りの事をした。


そして一緒に住むようになって2週間経ち、幾つか気付いた。

所作に女らしさを感じる事がある事、時々思考が親しい女を感じる事がある事、女になって1ヶ月以上経っていて、さらに衣吹に化粧やスキンケアを教えてもらい覚えたからだろうか、薄化粧にも拘わらず見た目が極上の美少女になりつつある事。


その背中まである長く艶のある黒髪は美しく、色白な肌には染みやほくろ一つ見当たらず、卵型の輪郭に長い睫毛、切れ長で大きな瞳、通った鼻筋、艶のある桜色の唇、そこに明るい笑顔がよく似合う。

凛とした声色はよく通り、聴いた者を魅了する。足が長くて胸が大きくスタイルが抜群に良い。


はっきり言ってしまうと、惚れた、好きになってしまった。

30にもなって、とは思うが仕方がない、こんな美少女と一緒に暮らしていて好きにならないなど無理だ。

しかも中身はよく分からない16の小娘では無く、親友の信親だ、他人にとっては大きなマイナスでも、もとより友達の中でも好ましいから親友なのだ、俺にとっては願ったり叶ったりと言っても言い過ぎじゃないとさえ思う。


しかし問題が、女のような所作、そして思考の女性化、このまま行くと信親は心まで女になってしまうんじゃないかと思える。

もしそうなら俺たちの関係は終わりだ、仮に付き合う事が出来たとしても、結局裏切りに会うだろうし、そうじゃなくても女性不信の俺は信親を信用出来なくなり、今までのように付き合う事は出来ない。


だから俺はこの思いを胸に秘める、信親に余計な事を言って困らせるのは本意では無いし、そもそも信親から見れば俺は30の男で、恋愛対象では無いだろうし、好きになられても気持ち悪いだけだろう。

俺が出来る事は信親が仕事を見つけて、ここを出ていくまで支援するだけだ。


◇◆◇


「お待たせ、今日は卵焼き全部大丈夫そうだぞ、どうだ?」


悶々と考えている所に声を掛けられ、気を取り直す。


「お、見た目は良さそうだな、それじゃいただきます」

「はい召し上がれ」

「どれどれ……」


卵焼きを見てみるに問題は無さそうだ、今までだと卵焼きを作っている最中に野菜を切っていたり別の事をしてて焦がす、という事を何度もやっていたけど、今回はどれも大丈夫そうだ。

今日は片方にマヨネーズをかけて食べて見よう。


問題無く美味しかった、マヨネーズでも合うな。

味噌汁は味が濃く少し塩っ辛く、ちょっとミスったかなという感じだった。


2人で朝食を済ませて、各々の時間、信親は食器を洗って片付け、俺は洗濯を始めた。


家では洗濯は週3回、平日どこかで2回と休日1回の計3回、仕事をしていない信親は平日2回、休日は俺が洗濯している。

今の所は俺の物も信親の女物も同じように纏めて洗っている、そのうち自分の分は自分で、となるかも知れないな。


そう言えば何かで読んだが女物を干す時は男物と一緒が良いらしい、とか。

まあうちの美少女が目をつけられ始めた時に意味があるだろう。あれだけの美少女だし、下着泥棒が出ても不思議じゃない。

まあオートロック付きマンションで4Fだから盗られる心配はなさそうだけど。


さて、洗濯も終わった事だし、何時までも寝巻きというわけにも行くまい、そろそろ着替えておくか。

それに信親にも何時頃出掛けるか伝えておかないとな。


「ノブ、11時頃出掛けるからな」

「おー、分かった」


信親は時計を見て、寝室へ入っていった。

入り際、今から着替えるから覗くなよ、と釘を刺された。


大した買い物でも無いんだけどな、まあ何処へ行くか聞かれてないから信親には教えてないけど。

あんまりデート然とした格好だと逆に浮きそうだが……って、デート?

いやいや、それは無い、今日はただ出掛けるとしか言ってないからデートは無い。

それに信親に俺とデートとかそんな発想は無いだろう、勝手に期待をするな、馬鹿か俺は。


誰が楽しくておっさん同士でデートの発想になるんだ。

今からこんなでは先が思いやられる。ちゃんと胸に秘めとけよ、俺。


はーあ、無駄な事を考えてないで自分も着替えるか、ってもTシャツにジャケットを羽織るだけという簡単シンプルな大人着だ。うーん、楽ちん。


そして待つ事40分、そろそろ11時になりそうだ、流石に時間が掛かりすぎじゃないかと思うけど、服選びを慎重にしてるかも知れないし、女性の着替え時間に口出しはすまい。相手が信親であってもだ。

──いや信親なんだから言うか、そうだな、親友同士だし、何を遠慮する事があるんだ、言おう。


そう思っていたら扉が開いて、信親が姿を現した。

早速嫌味の一つでも言ってやろうと後ろを振り返り、───言葉を失った。


そこには綺麗で可愛くて、絶世の美少女が佇んでいたからだ。

はっきり言って、俺の人生30年でこれほどの美少女は見たことが無い。


白のブラウスにクリーム色の裾の長いワンピース、清楚で可憐な、それでいて明るさも感じる。黒髪には白に金縁の髪留めをしてあり、唇にも薄いリップが塗ってあるんだろうか、唇に吸い込まれそうなツヤが出ていて、それらがまたチャーミングさを引き立てる。

言ってみればシンプルだ、だけどシンプルだからこそ素の魅力が十分に引き出されていると感じる。


だからまたしても惚れた、好きだ。

俺はこの先何度惚れる事になるのだろうか、そしてその度に胸に秘める事になるのだ。

しかしこれは……容量を超えて溢れそうだ。


何も言葉に出来ず、只々見惚れていた。目が離せなかった。


先に動いたのは信親だった──


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