5.2人の寝室
引き続き、転居届けやら引っ越し後の手続きをしている。
それで思ったんだけど、家主が加那多で同居人が俺なの、これって完全に同棲ってやつですよね。
どっからどう見てもそう、そうとしか見えないやつ。
そして30才と訳あり16才という年齢を見ると、イケない事をしているんじゃないかと強く感じる。
加那多は俺と同棲する事をどう思っているんだろうか。
只の親友だからなんとも思ってない?だけど俺の身体は女の子だ、意識するなという方が無理があると思う。
じゃあどう思っているんだろうか、女として、いや女として見るのだったらそもそも一緒に住んではくれないはずだ。
多分妹の衣吹ちゃんと同じように女だけど特別な理由だからだろう、加那多は衣吹ちゃんを女ではなく妹として相手している、らしい。
つまり、俺に対しても女だけど親友だから、親友として一緒に住んでくれているのだろう。
加那多は俺に心まで女になるな、と言った、それはつまり、心まで女になったら追い出すって事だ、だからそれだけは避けなければ。
でも心まで女ってなんだろう、浮気するなってのは分かるけど、加那多が嫌う女ってなんだ?
何にしても付き合わなければ問題ないんじゃないか?多分そうだろう、うん。
そういう意味では俺たちが付き合う事は無いし、心配無いと思う。
そして、俺は加那多をどう思っているかというとそりゃ親友だ、と思っているけど最近の事を思い出すと、親友だと思っているけど異性としての意識も出てきているような、そんな感覚になってきているような気がする。
俺は30にもなるおっさんだったというのに、女歴1ヶ月半でこんなにも侵食されるものなんだろうか。
そういえばあいつがどう思っているかはともかく、俺の事は女として扱っている気がする。
歩幅は俺に合わせてくれているし、重いものは持ってくれるし、初めて会った時も駅まで送ってくれた。
それに元男の俺を気持ち悪がらずに相手してくれている。
多少のセクハラもあいつなりに気をつかっているんだろう。
◇◆◇
寝る時は相変わらず加那多に俺の部屋で寝てもらっている。
もうこのままで良いんじゃないかとすら思っていて、そうする事に勝手に決めた。
今日ベッドやソファーなんかの家具類が届いたんだけど、加那多のセミダブルベッドは俺の部屋に運んで設置して貰った。
シングルの横に少し距離を開けてセミダブルが置いてある。
完全に2人の寝室になってしまった、お陰で部屋は狭いけど、まあコレで良し!
基本的にリビングで過ごす事になるだろうしな、平気平気。
舞い上がり、ウキウキとしていて、部屋に並ぶベッドを見てはニヤニヤし、浮かれながら部屋の片付けなんかをしていた。
しかし、加那多が帰ってくるまでの間、俺は段々と正気に戻っていった。自室のベッド2つを見ると恐ろしくなってきた。
俺は一体何を浮かれていたんだ、いくら親友とはいえ、同じ部屋でベッドを並べて浮かれるとか、30のおっさんがやっていい事じゃない!
じゃあ、別々の部屋で寝る?それは……今の俺には無理だ。
なんだこの感覚は、気持ち悪すぎる、見た目が女の子じゃなかったら吐き気がしそうだ。
多分さっきまでの俺は女が勝っていて、今は男が勝っているんだろう、以前はこんな事は起きなかった。
加那多と会ってからだ、こんな風に俺の中の女が顔を出してきたのは。
多分それだけじゃないとは思うけど、1ヶ月経って、生理も経験して、いつの間にか女の子のような格好をする事に嫌悪感を感じなくて、加那多に女の子の様に扱われて、他人からも夫婦のように見られて、書類にだって同棲するって実感させられて。
女の子扱いされる事も、夫婦扱いされる事も、女の俺は嫌と感じず、むしろ嬉しさすら感じていた。
男の俺だって嬉しさは感じないが別に嫌ではないし、見た目女だしそういうものだと思う。
だけど今回のは違う、加那多の意を無視して、俺の部屋にベッドを並べる、これは男の俺にはやりすぎだと感じるし、以前の俺なら絶対にやらないだろう事だ。
かといって重いから動かす事も出来ない。
これは、……加那多に怒られるだろう。それも仕方ない事だ。
男の俺が感じたように気持ち悪がられるかもしれない。
ああ、なんて事をしてしまったのだろうか。
さっきまでの浮かれ具合から一気に落ち込み、ソファーの上でうずくまって加那多の帰りを待った。
◇◆◇
加那多が帰ってきた。ビクリと反応して逃げたくなるも話さないわけには行かない。
玄関で出迎えて、俺の部屋にベッドを置いた事をおそるおそる話す。
正直、喧嘩になるんじゃないかと思っている、いや、喧嘩ならまだいいかも知れない。
だって加那多は設置する位置まで指定していたからだ、それを俺が勝手に変えて、俺の部屋に置いたんだから。
「お帰り、カナ、少し話があるんだけど……」
「ただいまノブ、どうした?話って」
「ソファーとかベッド届いたよ、それでさ、ベッドの場所なんだけど……」
「もしかして、ノブの部屋に置いたか?」
「!?……なんで分かった?」
「本当に置いたのか……全く」
なんでバレたんだろう、そんな事、一言も言ってないのに。
加那多はため息をついて、やれやれと言った感じで俺の頭を撫でた。
「最近の行動に加えて、ベッドの話って言ったらそれくらいしか思いつかないだろう?」
「ごめん、勝手にやったんで怒られるかと思ってた」
「お前なあ……30のおっさんのままだったら怒ってたし、部屋に戻せって言ってたけど、女の子だから許すってだけの話だからな、まあ寝るだけだしな、……そんなに寂しいなら本当に"寝る"か?」
「!?おまっ……そういう洒落にならない冗談はよせ」
「ははっ、半分は冗談だ、だけど本当に寂しくなったらいつでもいいぞ、若くて可愛い女の子はいつでもウェルカムだ」
今の俺は少しのドキドキと可愛いと言ってくれた事が嬉しくて、そして申し訳ない気持ちと不安が混ぜこぜになっていた。
でも言うべき事は言わなければ。
「うん、カナ、勝手にベッド同じにしてごめん、それから、許してくれてありがとう」
「勘違いするなよ、可愛い女の子だから許すだけだからな」
「うん、分かってる、……けど、そんなに可愛いか?」
「……お前もうちょっと自覚しないと危険だぞ、服装も女の子らしくなって、化粧も覚えてきて、始めに家に来た時とは大違いだからな」
「そっかー、可愛いか~」
なんだか褒められてて嬉しいし照れるしで、そっか~そんなに可愛いか~。
今度鏡で自分を見直してみよう。
「調子乗り過ぎだ、ちゃんと反省しろ、それにお前はノブだ、それを忘れるな」
加那多は撫でていた手を離し、チョップをかましてきた。
「痛えな~、分かってるよ」
「それで、どんな感じなんだ?」
そう言って俺の部屋を覗いた。
「流石にベッド同士をくっつけてはいないか、そこまでしてたら引いてたし、間を空けろと怒ってたな」
「流石にそこまではな、でも空きスペースやばいだろ?ほぼ寝室だよ此処」
「お前がやったんだろうに……これはもうお前の部屋じゃなくて俺たちの寝室だな」
「まあクローゼットのスペースや押入れあるから俺の衣類はなんとか収まるけど」
「狭かったら言ってくれ、俺の部屋が空いたしな」
「分かった、その時は言う」
◇◆◇
「じゃあ着替えてくる、そしたら晩飯作ろうか」
「分かった」
今日は俺が飯作る番だ。
俺たちは夜~朝飯を毎日当番制で作っている、とは言っても俺はまだまだなので加那多に手伝って貰って作ってる。
なんとか食べられる程度の目玉焼きらしきもの、とか簡単な味噌汁くらいは作れるので朝食は1人でも作れるようになった。
とは言っても目玉焼きだって難しいから未だに焦げたり半熟だったり、上手く出来た事はない。
それでもちゃんと食べてくれるので、次こそ上手くやろう、となるのだけど。
晩飯は2人で台所に並んで作る、野菜を切ったり、肉を切る際には注意点や切り方なんかを教えて貰っている、ただ包丁がよく切れるので本当に危なく、何度か手を切ってしまった。
慎重に、丁寧に、しっかり押さえて切るのは想像していたより遥かに難しくて、俺は料理が出来る人を尊敬した。
まだ切るばっかりで炒めものなんかは出来ないけど。
だから場合によっては加那多に手を添えてもらったりして危なくない切り方を教えてもらったりしている。
ちゃんとエプロンをして、目玉焼き用のフライパンに弱火を掛け、卵を4つ取り出した。
フライパンに油を引き、馴染ませたら卵を割って落とす。
うん、ここまでは上手く出来た、次は胡椒を振って蓋をして時々焼け具合を見る。
本当は何度も見ないほうが良いらしいんだけど、始め見なくて焦がしまくったので時々見るように言われた。
あれ?今回なんか良い感じじゃないか?
頃合いを見て、フライパンから皿に移す、おお、今回は上手くいった……ように見えるな。
まだ半熟かも知れないから安心出来ないけど。
こんな感じで4個目玉焼きを作った。
俺の練習を兼ねているので俺が作る時は必ず4個目玉焼きらしきものが出来上がる。
加那多は嫌な顔……いや焦げた時は流石に嫌な顔をしてたけど、文句一つ言わず食べてくれるし、上手く出来た時は褒めてくれる、それが嬉しい。
今回は4個中2個は上手く出来た、残り2個は半熟と少しの焦げ、まあこのくらいなら許容範囲だ。
卵焼きを作り終えて横を見ると、加那多が野菜を切ったりして、野菜炒めの準備をしていた。
炒めもの作るのを見てて思ったのだが、調味料でこんなに差が出るとは思わなかった事だ。
特によくつかうみりんや調理酒、そして醤油に砂糖と塩、この5つは出番が多くて使う量と炒め方や時間でガラッと味が変わる、作る側に周るとそれを凄く感じる、料理って凄い。
さあ晩飯が出来た、卵焼きを加那多は褒めてくれて、半熟も良い感じの半熟だったのでそれも美味しいと褒めてくれた。
加那多はソース派だったけど、最近はそれ以外にも醤油やら胡椒やら色々と味変している。
まあ俺の時は毎食卵焼き2個は出るから飽きないようにしているんだろう。
加那多が作った野菜炒めは美味しく、俺もコレくらい出来たらなあと思わせる。
明日の朝飯は野菜炒めの残りと味噌汁、そして卵焼きだ。
食後、2人で新しいソファーに座り、座り心地を話しながらのんびりしていた。
◇◆◇
お風呂に入り、軽くゲームをして、そろそろ眠ろうかという時間に。
リビングの電気を消し、2人で寝室へ。
そう、俺の部屋ではなく、俺たちの寝室になった部屋へ。
なんだか緊張してきた。
別に一緒に寝る訳でもないのに、昨日までも同じように同じ部屋で寝ていたのに。
ベッドが2つ並んだ部屋、ベッド同士はくっついていない、人が一人通れる程度の隙間が空いている。
距離は変わっていない、はずだ。いや、むしろ離れたかも知れない。だけど。
同じ高さで寝るという事、それは横になった時に目が合うという事。
そしてお互いの姿が良く見える。
落ち着きも安心もしたけど、今はそれ以上に緊張している。
「なんか高さが違うから新鮮だな、下からだと顔とかよく見えなかったからな」
「そ、そうだな、俺もなんか新鮮に感じるな、すぐに目が合うし」
加那多は何事か考えているようだった。
「明日は土曜だし、ちょっと出掛けようと思ってるけどどうする?」
「え?そうだな、家に居ても特にやる事もないしな、付いてこうかな」
「そうか、じゃあお昼前には出るから、そのつもりでな」
「分かった、準備しとく」
「それじゃあ寝る、おやすみ」
「おやすみ」
加那多は反対を向いて、眠りに入った。
加那多も少しは恥ずかしかったのだろうか、でも反対を向いてくれた事で緊張も溶けて、眠りについた。
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