4.夫婦の買い物
スキンケアや薄い化粧を練習して、昨日からシャンプーとコンディショナーを使ってアフターケアもしっかりやり出して、これは素直に面倒くさい。
世の女性はこんな時間を掛けてこんな事をやっているのか、まあ慣れてくれば良いのかも知れないけど、それに目に見える違いが余り分からない、これ続かないぞ多分。
色々買ってもらった加那多には悪いけど3日坊主に終わりそう。
そう思って洗面所兼脱衣所を出ると加那多と鉢合わせた。
俺の顔と髪をジッと見ている、ちょっと恥ずかしいから見つめないで欲しいんだけど。
そっと俺の髪を撫でて、一房手に取り、続いて頬を撫でる。
な、なな、なんなんだ一体…… 。
「うん、良いな、まあ18才以上に見えるし、元が良いから綺麗で可愛くて、凄く美人になったぞ。うん、綺麗な黒髪も凄く似合ってて、本当に美人だぞ」
「!!?お、おま、お前、カナ!!」
おまえ、おまえぇぇぇ!!急に誉めんな!しかもなんだ!誉め殺しする気か!
心臓の鼓動が早くなり、緊張して視界が揺れる、あと顔が近い!
「なんだ?嬉しくないのか?」
「!?……いや……嬉しいけど……」
「じゃあ良いじゃないか、これなら一緒に住んでても大丈夫だろう、多分な」
「……」
軽くそう言って洗面所に入っていく加那多、俺は顔を真っ赤にして、暫く動けなかった。
そして落ち着いてきて、思考が出来るようになってきた。
想像以上に褒められた事が嬉しくて、うん、なるほど、続けられそうだ。
努力を認められるのは嬉しい事で続けたいと思える、また褒められたい、そう思う、好循環だな。
良し!やる気出てきた!そのうちもっと綺麗に、加那多を一目惚れさせるくらい美人になってやる!
◇◆◇
引っ越しの手続きを自分の分と、加那多の分も纏めて俺がやる事になった。
どうせ仕事も無く暇してるから別に良いんだけど、あんまり期間的余裕は無くて、色々と忙しくなりそうだ。
転出届は自分の分と加那多の分、2人分だ。
他にも解約手続きなんかも2人分あるし、ネット契約もしないといけない、てかネットは間に合わないか。
そして金曜日、引っ越しの日、この日は流石に加那多も仕事を休んで一緒に引っ越し業者に指示したり、小さい荷物なんかを自分の車で運んだりした。
まだまだダンボールや紙袋に入りっぱなしな荷物を自分の部屋に広げ、クローゼットを買わないと駄目だなあとか揃えなきゃいけない家具を考えていた。
女になって衣類増えすぎだよ、秋冬だから嵩張るし。
今日は引っ越しが終わった後にホームセンターや家具屋に行って必要そうな物を購入するらしい。
荷物が少ない事もあり、無事に引っ越しが終わって家具屋に買い物に来ている。
「これとか大分ふかふかで良いんじゃないか?俺は好きだな」
「ああ、悪くないな、ちょっとふかふか過ぎるような気もするけどノブが良いならこれにしよう」
「いやいや、買うのカナだぞ、カナが納得した物じゃないと駄目だろ、別のを探そう」
「そうかあ?うーん……」
そんな感じに2人でやりとりしながら各自の部屋の家具以外にもリビングで2人でくつろげるようにソファーを買ったり、ダイニングに置く2人で食事が出来るような机や椅子なども購入した。
始めは店員さんからは奇異な目で見られていた気がするけど、俺たちの距離が近い親友同士のやりとりを見ていて少し年の離れた夫婦だと思ったようで、お店の人からは完全に夫婦のような扱いに変わった、加那多は一々言い返すのも面倒なのか反論はせずに曖昧に返事をして買い物を進めていた。
お互いの呼び方が"カナ"と"ノブ"とあだ名なのも相まってより夫婦感が出ているんじゃないだろうか
いや、実際の夫婦とかよく分からんけども。
ただ、カナとノブだと、言葉の響きから俺がカナで加那多がノブだと思わるようで、理解するまで頭に?が浮かんでいた。いっそチカにでも変えて貰うか、それなら違和感も無いだろうし。
そして俺はというと、2人の家具を一緒に買うとか夫婦っぽくない?と店員さんに言われる前から薄々感じていて、店員さんに言われる事でやっぱり夫婦じゃん!と完全に自覚してしまった。
今は食器を選んでいるんだけど、加那多が食器は同じ物を2つ以上買う事、バラバラにすると重ねにくいし嵩張るから大変だ。と力説していた、学生時代の経験かもしれない。
というわけで、2個セットか同じ物を2個づつ選んでいるとますます夫婦感が強くなってきて、何か良く分からない高揚感、いや、何だかウキウキしている自分を自覚しだした。
これは……買い物が楽しいだけ、だからウキウキしてる、そう思い込む事にした。
食器を買い終え、加那多の所へ戻ると、寝具コーナーで悩んでいた。
「お、来たか、食器類は選び終わったか?」
「なんとかな、どれもこれも2個セットか同じのが2個づつだ、カナは何悩んでんだ?」
「今度はちゃんとした俺の部屋もあるし、ベッドのサイズ大きくしようと思ってな、セミダブルかなーと」
「確かにカナは身体も大きいし良いんじゃないか、でも悩むような事か?」
「いや、そんで、今使ってるベッドを廃棄するのもなんだし、ノブに譲りたいと思うんだけどどうかなと思って」
「あー、……別に良いぞ、買う手間が省けるしな」
「そう言って貰えるとありがたい、じゃあこれ買うとして、マットレスは今と同じじゃないと駄目なんだけど、ここにあるかな?」
「あのマットレス良いよな、毎日寝かせてもらってるけど良い寝心地だ」
店員さんを呼び、セミダブルサイズのベッドと指定のマットレスに布団を購入する事を伝える。
店員さんは俺たちを見てうなずいた。
いや俺たちはそういうのじゃないからな!
加那多が店員さんと話し終え、買い忘れがないか2人で店内を1週ぐるりと回る。
「あ、そういや枕買ってないんじゃないか?ノブの分」
「そういやベッド貰ったから忘れてた、そっか、枕に布団がいるな」
「俺のセミダブルだと布団のサイズ合わないし、どうせなら一式全部貰ってくれよ」
うーん、まあ布団なんかも要るし一式貰っとくか、買う手間も費用も掛からなくていいし。
「良いよ、纏めて俺が貰うよ」
「よっしゃ、んじゃ俺この枕を買うかな」
「……え?一式って枕も込みなの?」
「そうだが?」
「いやまあ良いけどさあ……」
なんか枕はさ、めっちゃ加那多の匂いがするんだよ。
布団からもするし掛け布団からも加那多の匂いがする、でも枕からが一番で。
でもそれは嫌な匂いじゃないし、どちらかというと、まあ、うん、良い匂いで安心を感じるんだ、不思議な事に。
良い匂いなら問題ないじゃないかと思うかも知れないけど、あの匂いは俺の女としての自意識が覚醒していくのを感じる。それは良い事じゃないので困る。
距離が近くて時々ふと加那多の匂いを感じると、とても安心できて、もっと加那多に近づきたいと思ってしまう、これは非常に不味い。
加那多が俺に求めているのは親友の信親であって、女の信親じゃない。
むしろ女の信親になってしまったら、親友ではなくなり家を追い出されてしまう、それは嫌だ。
「まあこんなもんかな、結構買い込んだな、ノブも大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫だ、買い忘れは無いと思う」
「よし、結構遅くなったし何処かで食べて帰るか」
荷物を車に載せてレストランへ向かう。
そこで晩飯を食べて帰路につく。
適度にポツポツと話をしている時、家具店での話になったので気になってた事を聞いてみた。
「なんか途中から完全に夫婦扱いだったんだけど、なんで否定しなかったんだ?」
「別に一々否定するの面倒くさかったってのもあったけど……否定する事で変な勘ぐられ方するほうが嫌じゃないか?」
「……なるほどな」
確かにそうかも、それなら勝手に夫婦と勘違いされたほうが穏便に済みそうだ。
しかし夫婦か、まあパパ活と思われるよりは遥かに良いか。
それに今後も2人で行動する時はそういう風に見られる事が増えそうだし、気にしなくていいか。
◇◆◇
家に着き、早速ベッドだけでもノブの部屋に動かすか、と加那多が言い出した。
まあいいかと2人でなんとか移動させたが、俺は自分の力の無さをあらためて実感した。それに関しては加那多も結構ショックだったようで、認識をあらためないとな、と言っていた。
その後は引っ越し荷物を整理したり、買った物を出したり、夜遅くまでかかって落ち着いた。
風呂に入り、寝る事に。
おやすみーと挨拶を交わしてお互いの部屋へ、ベッドに入り眠りにつく……。
……なんだろう、知らない部屋、久しぶりの1人の部屋、……なんだか寂しい、眠れない、ベッドの横を見てもそこには加那多は居ない、……う~ん、どうしよう。
あー!もう、くそう、俺がこんなに寂しがりだったなんて。
布団から起き上がり、加那多の部屋へ。
加那多は床に毛布をひいて横になっていた。
「ん?どうした?何かあったのか?」
「カナ、ちょっと相談がな」
「どうした?」
真面目な顔をして尋ねてくる。すまん、こんな理由で。
「新しい部屋で寂しくて眠れないんだ」
「──ん?なんて?」
「だから!新しい部屋で!1人寂しくて!眠れないんだって!」
「ノブお前……30にもなって何言ってんだ」
「俺だって30のおっさんが何言ってんだって思うけど、寂しくて眠れないのは事実なんだ」
「……どうして欲しいんだ?」
「出来れば俺の部屋で、その……寝て欲しい」
「一緒のベッドじゃなくて良いんだな?」
「うん」
「分かった、それならお前の部屋で寝よう、それで良いんだな?」
「頼む」
毛布類を持って俺の部屋に入り、ベッドの横で広げて……なぜか俺のベッドに入ってきた。
「いやいや、隣で寝てくれれば良いんだけど」
「分かってるって、冗談だ」
「ちょっと焦ったぞ」
「いやそれくらい分かれよ、それにしても、……1週間もノブが寝ていたからベッドからお前の匂いがするな」
「え?そうか?俺にはお前の匂……いや、なんでもない、てか俺の匂いか……」
まあ自分の匂いは分からないって言うしな。
加那多は自分の毛布に入っていった。
俺は自分の……1週間前までは加那多のベッドに横になり、目を瞑る。
あ、凄い安心感だ、そこに加那多がいる、それだけでこんなに違うなんて。
「うん、カナのお陰で眠れそうだ、ありがと」
「お役に立てて何よりだ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
俺は加那多の匂いに包まれ、存在に安心して、眠りについた。
======================================
気に入っていただけましたら星やレビューや応援をお願いします。
作者のモチベーションに繋がってとても嬉しいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます