第2話
立藤日菜との一件があった後、俺たちは校門に向かうついでに少しだけ話をすることになった。
「そういえば自己紹介まだだったよね?」
「だったな。隣人なのに今まで話した事すら無かったからな」
隣の席なのにも関わらず今まで一度も会話した事が無かったのだ。名前くらいは知っているがお互いの趣味など、どういう人なのかまでは把握していない。
視覚的な情報だけ。
入学式から今までの一週間はただのクラスメイトで知り合いですら無かった訳だ。
それがこうして今、クラス一の美少女と話している自分に違和感を覚えてしまう。
なぜなら、大体俺のような人間は適当に学校生活を過ごして適当に卒業して適当に就職して、人生を終えるのがお決まりだからだ。
もしかして夢か?
夢なのか?
そう思うほど俺は慣れないこの状況に面食らっていた。
「天竺くん……人と話しているときにぼーっとするのはどうかと思うんですけど?」
そんな事を考えて上の空になっている様子が目にとれたのか立藤は怪訝な顔をする。
「え? ああ、ごめん。自己紹介だっけ」
「心がこもってない謝り方だね……まあいいんだけどさ」
立藤はコホンとひとつ息をつき少し間を取ってから自己紹介を始めた。
「えっと、知っての通り。わたしは立藤日菜っていいます」
「え、……ああ」
さっきまでタメ口だったのになぜか敬語が含まれ始めたのが気になりはしたが、まあ良いだろう。
「趣味は勉強をする事で部活は生徒会に入る予定です」
「趣味が勉強する事ってなんだよそれ……普通スポーツするのが好きとか服を買うのが好きとかそういうのじゃないのかよ」
なんというか……ちょっと変わった奴だな。
真面目が過ぎるというかなんというか。生徒会に入部するという事実もまた優等生を裏付ける証拠だ。
優等生は結構な事だが、それ以上に気になる点があった。
「コミュニケーション苦手なのに生徒会に入るんだな。生徒会ってイベントの運営をする他に行事の挨拶とかしないと駄目じゃないのか?」
話すことが苦手な立藤がわざわざ人の前に立つ部活に入る理由が分からない。学級委員の事だってそうだ……じゃんけんで負けて渋々することになったのではない。
担任が「誰かやってくれる人いない?」と訊ねるや否や
「だって、かっこいいじゃん! これまでそんなのやってきた事無かったから憧れ的な?」
「よく出来るな……すげぇよ」
「そうかな?」
「いや、そうだろ……」
俺にはそんな事到底出来ない。
飛んで火に入る夏の虫。
自分から危険なところに乗り込んでいくのなんてまっぴらごめんだ……ストレスが溜まって胃にデカい穴が空くだろうな。
「まあまあ。じゃあわたしはここまでで置いといて、次はキミの番だよ」
立藤はキリの良さげなところで話を止めると、次に俺に自己紹介をするよう促す。
「分かった」
ひとまず、最低限の自己紹介だけはしておかないといけないが、とはいっても人に話せるほどの物を持ち合わせていない。
何を言おうかと考えた結果。
「名前は天竺隼人でバスケ部に入部する予定って感じだな……あと、趣味は無い」
結局、これくらいしか思いつかなかった。最後のは蛇足だった気もするけど何か適当に言っておけば良かったのだろうか。
「え!? バスケ部入るんだ……なんかちょっと意外かも」
が、思いの外立藤は興味を示してくれた。
もちろん、バスケ部ってところだけに。
「なんでバスケ部なの?」
「小学校の3年生からやってたし、高校でもやろうかなって……」
「かっこいいじゃん! ギャップ萌えって奴狙ってる?」
「……狙ってない」
ギャップ萌え、ねぇ……あれだろ?
相手が思っていたタイプと違ったときとかに感じる心のときめきの事。
でも、残念ながらああいうのって空想上の物だと思っている。それに、もし存在したとしてもそれ以前に俺の身に起きる確率は0%だ。
「でも、趣味が無いってところはザ・陰キャって感じだね……これからが心配だよ」
立藤は他人事かのように憐れんだ目を俺に向けてくる。
おいおい。一体どの口が言ってるんだ?
もしかしてさっきの出来事をもう忘れてしまったんじゃないだろうな。お前も人の事を心配できるようなレベルじゃないぞ。
俺は知っている。
クラス一の美少女で完璧と言われている立藤日菜はとんでもない『コミュ症』だということをな!
「コミュ症も陰キャもほとんど変わらないようなもんだろ」
「聞き捨てならないセリフだね。天竺くんとわたしじゃ全然違うよ」
「お前も相当だぞ。この俺ですら人と話すとき、あそこまでならないから俺よりヤバいんじゃないかって思うけど」
「それはぜーったいにない! 周りにバレてないからまだコミュ症なんて思われてないわけで……それに、天竺くんの方がもっと酷いと思う!」
「それはないな」
「ある!」
「ない」
「ある!」
「ないって……」
「あるから……!」
ああ、頭がくらくらしてきた。
ただの自己紹介から意味不明な論争にまで発展して、どっちの方が酷いのかという幼稚で滑稽な論争を立藤と数十分にも渡り、繰り広げた。
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