隣の立藤さんには『弱点』がある。

ありせ

第1話


 ある日、完璧でクラス一の美少女の『弱点』を知ってしまった。


 隣の席にいる、言わば隣人だ。


 シルクのようなベージュの髪が特徴的な女の子で入学式の次の週にして一躍クラスのアイドルとなった生徒。


 彼女の名前は──立藤日菜たちふじひなの


 顔も可愛いいし、おまけに勉強も出来て峰星ほうしょう高校の特待生入学。他にも新入生の交流を深めるためのレクリエーションでは目を見張る運動神経を見せていた。


 十全十美じゅうぜんじゅうび

 誰もが非の打ち所のない完璧な女の子と認めざるを得えないだろう。


 俺とは生きている世界がまるで違うし、何があっても交わる事のない対極に位置する存在。

 今までも、そしてこれからも。

 そう──前までは思っていたのだが。


 俺こと、天竺隼人てんじくしゅんとはある事を皮切りに彼女との接点が生まれた。


 偶然知ってしまったのだ。


 完璧な彼女の唯一の弱点を。

 人と話すのが大の苦手な


 ──いわゆる『コミュ症』だという事を。




   ◇ ◆ ◇




 放課後、授業が終わると隣の席で立藤を含めた3人の会話をしている様子が視界に入ってきた。


「日菜ちゃんってなんでも出来るんだね! 学級委員にもなるし運動も出来て完璧って奴?」


「ほんとだよ。全知全能じゃん!」


「あはは……! そ、そんな事ないよ!」


 必要以上に褒めちぎりヨイショする友達に対して立藤は乾いた笑いで返す。


 おいおい、立藤さんよ。さすがに無理しすぎじゃないのか?

 その様子を気付かれないようにちらりと横目で窺っていた俺は彼女のある変化を見逃さなかった。


 傍から見れば上手く会話を繰り広げ平生へいぜいを装っているようだが、たらりと額からつたる汗と不自然に強張っているその表情が。

 

 いや、でもわかる。その気持ちもわかるぞ。だって俺もあがり症だ。必要以上に緊張しまくって仕方がない。

 プレゼンテーションのときなんかはもってのほかだ。心臓が浮き出てくるんじゃないかってくらい強く拍動する。


「もう少し日菜ちゃんと話したいところだけど……私たち部活の体験あるからそろそろ行くね!」


「うん。わかった!」


「日菜ちゃんも来ればいいのに」


「わたしはもう入る部活決まってるから」


「「そっか、また明日! おつかれー」」


「うん!」


 別れの挨拶を交わして彼女らが教室を出るのを見届けたあと、立藤は一安心したのかふぅっと深い溜め息する。

 

 教室内には俺たち二人しか残っていない。

 

 俺もそろそろ帰るとしよう。

 明日期限ののダルい宿題も出てるし、なによりこの空気が気まずくで仕方がない。


 間も無くして、机の中から教科書やノートを取り出し、帰り支度を済ませて席を立とうとすると──


 不意に隣の席から声がした。


「あの、天竺てんじくくんだよね? 前から思ってたけどもしかして……キミって気付いてる?」 

 

 声の主は立藤。

 彼女は焦りを孕んだ声で歯切れの悪い、抽象的な質問を投げかける。


「……え?」

 

 そんな予期しない急展開に俺は思わず顔を顰めた。

 

 見ていたのがバレていたのか?

 あるいは他の事?

 いずれにせよ『気付いてる?』という言葉の意味を推測するのは容易かった。


「気づいてるよね」


「え……いや、なんのことだ?」


 しかし、突然の出来事に狼狽した俺は咄嗟にシラを切る。


 挑発をしたいとかそういう意図はない。ただ、関わりもない立藤日菜に話しかけられるとは思いもせず返答に困ったのだ。

 それに、こういう場合「うん。気付いてる」と素直に答える奴はそうそういないだろう。内気な俺だからこそ、そんなことは言えるはずもなく。


 正直、クラス一の美少女と謳われる立藤が名前を覚えてくれていたのは光栄だけれど。


「絶対嘘じゃん……!」


「ほんとだって。まずなんのことか分からないし」


「さっきもだけど、よくこっち見てるの気付いてたから……」


 もう確信しているらしい。

 知らないと伝えてもなお、彼女の疑うような目線は俺を捕まえて離さない。


「あれはただぼっーと虚空を見てただけで、話についていくのしんどそうだなって思ってた訳じゃ――」

 

「「……あっ」」


 立藤と俺が発した声のタイミングが綺麗に合致する。


 ヤバい、やってしまった……。

 馬鹿だ。いくらなんでも馬鹿すぎる。


 口を滑らした事に気づいたのは良いものの、ほとんど全てを言い終えてしまった状態。


「い、今のなし」


「もう言質とってるから言い訳は通用しないよ」


「うっ……」


 そりゃあそうだ。弁解をする線は今のでとっくに途絶えた。その場しのぎのためについた嘘はあっさりと見破られた……というより、自爆だ。


 話すのを止めれば逆に怪しまれてしまうと思い何も考えずに無我夢中で話し続けた結果がこれだ……これが語るに落ちるっていう奴か?

 やっぱり、口下手だなと俺はつくづく痛感する。


「ごめん」


「あ〜、やっぱり……」


 立藤は唇を噛んで苦い表情をする。

 察するにどうやら知ってはいけない情報だったらしい。


「……その、バレたくなかったのか?」


 他意は無いがなんとなく訊ねてみた。


「うん。なんか、もう優等生でなんでも出来るってイメージが定着しちゃったからこのまま乗り切らなきゃって」


「つまり、実は人と話すのが苦手だという事を知られるのが嫌だ、と」


 俺の要約に立藤はぶんぶんと顔を上下に揺らして頷く。


 優等生なる者は完璧にこだわる傾向があるのだろうか。


 なんでもこなせる人間より少し駄目なところがあるというかそっちのほうが親しみやすい気がして人間らしく感じるが。


 十人十色。

 人それぞれ考え方があるのだろう。


「なあ、ちょっと訊きたいんだけどいいか?」


「え? うん」


「ずっと思っていたが今、流暢に話しているのが違和感でしかないんだが……さっき女子といたときのコミュ症丸出しの立藤とは大違いで」


「ああ、それは……」


 内心どう思っているのかはさすがに読めないけれど、目に見える範囲で動揺した様子は見えない。


「えっとね〜……」


 立藤は数秒の間顎に手を添えて考える素振りを見せると言い放つ。


「多分天竺くんから同じ匂いがするからかな」


「おい……」


 同類愛憐れむ。こんな言葉もあるように親近感を覚えるものなのかもしれない。


「ごめんごめん。でも、初めて話したけど天竺くんが一番話しやすいって意味だから」


「ありがとう……なのか?」


 何か付け足したように思えたが、とりあえず今は良い風に解釈しておこう。

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