第10話 キス?騒動②

〜そのころ治療室では(シンシア視点)〜

 私は自分の犯した罪を全て打ち明けることにしました。本音を言えばとても怖いです。大好きなイツキに嫌われるかもしれないから。それに、殺されちゃうかもしれないし。

 …けど、不思議とイツキには私のことを全部知ってほしい、イツキにだけはウソをきたくない。そんな気持ちの方がよっぽど強いです。…イツキと出会う前なら逃げてたけど、もう逃げたくない!だって私は…イツキの彼女なんだもん!

 それを聞いたイツキはすぐに出て行ってしまいました。…当然だよね。だって私は……人殺しなんだもん。私なんかが誰かを、イツキを好きになる資格なんて無かったのに…。

 「…彼はすごいな。あの若さであそこまで聡明な人は滅多にいないよ」

 この部屋に私と一緒に残ったギルマスの第一声は感心したような声色でした。エルフである彼からしたら私のことが憎くて仕方ないはずだから、どんな罵詈雑言を言われるか不安でした。だけど、彼は話しやすい話題を提供してくれました。そこら辺の気遣いは素直にすごいと感じて、その話題に乗せてもらうことにしました。

 「…はい。イツキ様はすごいです」

 「さすが3人の彼女を持つ男、ってことか」

 彼は冗談めかしてそう言いました。この部屋の最悪な空気をどうにかしようとしてくれたのかも知れないです。…でも、私にとって今はそこにだけは触れてほしくありませんでした。

 「……イツキ様の彼女は2人です。…私なんかが、か、彼女で、グスッ、いいはずが…ないんです」

 私は溢れてくる涙を止めることができませんでした。私には泣く権利もない。そうは思っていてもどうしても止まりませんでした。

 「…はぁ〜。これは難題だな。…まぁ、将来有望な新人冒険者への先行投資だと思えば安いものか。それに、これは私にしかできないものだしな」

 その呟きは私の耳に入ってきませんでした。私の頭の中はイツキ様に嫌われちゃったということがぐるぐる回っていました。嫌われても仕方ないって思っていたはずなのに、実際に取り残されるのはすごく辛い…。私は期待してたんだな。イツキ様は受け入れてくれるって。そんなわけないのに。最低だ、私…。

 「……ん。…さん。シンシアさん!」

 「えっ!」

 急に声をかけられて驚きました。

 「大丈夫ですか?…もしかして彼に嫌われたって思ってますか?」

 「…当たり前じゃないですか。私の側から離れていっちゃったもん」

 質問の意味がよく分からなかったけど私は自分の本心を答えました。

 「…どうして彼がいないといけないと思っているの?彼は部外者だよ?」

 「だって……だって」

 私はそれに答えることができませんでした。ギルマスの言葉を否定したいけど、何一つ反論することができなかったのです。私がイツキ様に嫌われてるってことこそ否定したいのかもしれないね。…私は弱いから。

 「…そう、なのかな。嫌われてないなら嬉しいな」

 「嫌ってないと思うよ。だって、退室するときにも言ってたでしょ?君の味方だって」

 「あっ!」

 私は意識の外にあったイツキ の言葉をおもいだした。

 「それにしても、エルフの里を、ねぇ」

 ギルマスがそう呟いたのに私はビクッと肩を震わせました。…私の人生はここまでかな?

 「私の第一印象だけど……傲慢ごうまんすぎない?あなたは里に何をしたの?」

 「だって私のせいで…私さえいなければ!」

 「それが傲慢なんだって。それに、エルフ族は理性的だからね。その里の人も何も言わなかったんでしょ?なら、気に病む必要はないよ。…まぁ、すぐには難しいかもしれないけどね。…私からの話は以上!イツキさん、だっけ。彼を呼んできてくれる?」

 「えっ。…でも」

 私はイツキと会うのが怖かったのです。このままイツキの側を離れれば、私は嫌われてないって思い続けることができる。でも、もし拒絶されたら…?私が私じゃなくなっちゃう。そんな確信があります。

 「…それとも何?やっぱり罰がほしいの?」

 私の沈黙を別の意味にとらえたのか、ギルマスがそんなことを言ってきました。

 「罰があった方が楽だもんね。自分が酷いことをして、でも同じように自分も苦しめば許されたような気がして。……所詮は自己満足でしかないのに」

 「そんなことはない、って言っても信じてくれないかな?…確かにイツキたちと出会う前ならそう思ってたかもしれない。だけど、イツキたちと一緒に過ごして考えが変わったんだ。サラが…友達が殺されたのはすごく辛かった。でも!…サラと遊んだのは楽しかった!それまで否定は、したくない!」

 気がついたときには握りしめた掌に爪が食い込んでいました。

 「…そっか。じゃあ、イツキさんはどう思ってたんだろうね。一緒に過ごすのは嫌だったのかな?」

 「そんなわけない!私たちに見せてくれた笑顔は嘘なんかじゃない!」

 私は咄嗟にそう返していました。

 「…なら、大丈夫でしょ?イツキさんを呼んできてくれる?」

 「はい!」

 私は元気よく返事をして部屋を出ていきました。

 「イツ…キ」

 幸いなことにイツキはすぐに見つけることができました。…アヤの肩を掴んでキスをするイツキを……。それを見た私が一番最初に感じたのは胸が張り裂けそうな程の苦しさでした。うまく呼吸することもできなくなって、今すぐにでも逃げ出したかったです。それでもギルマスから頼まれたこともあったから俯いたままイツキの方に歩いていきました。…こんな可愛くない顔は見せたくないな。


〜イツキ視点〜

 俺がアヤに頼まれて額にキスをした直後にシンシアが下を向いたままやってきた。

 「?お帰りシンシア。…何かあったの?」

 俺は俯いたままのシンシアが心配で声をかけた。

 「…ギルマスがイツキに来てほしいって」

 なんとか搾り出したような声でシンシアが言った。明らかに普段と違うシンシアの様子に俺はもちろんサクラとアヤも心配そうだった。それでも俺に任せるという雰囲気で、2人からシンシアに声をかけることはなかった。信頼されているようで嬉しかった。…それを裏切らないようにしないとな。

 「…そうか。シンシアは大丈夫か?」

 俺は少ししゃがんでシンシアの顔を覗きこんだ。すぐに逸らされたけどその瞳にはかげりがあった。ここで俺が離れたらもう二度と会えない。そんな予感があった。俺はその予感を振り払うように、シンシアにずっと一緒にいてほしいと伝えるように、シンシアを強く抱きしめた。

 「…どんなことを言われたのか分からないけど、シンシアはシンシアだ。俺は、いや、俺たちは過去も含めて今のシンシアが大好きなんだ」

 耳元で囁くように呟いた。今さっきアヤが似たようなことをやっていたから参考にさせてもらったけど、俺が呟くたびに翳りが強くなってる気がする。

 「…そんなこと、言わないで!…私、頑張ったよ?イツキの彼女に相応しくなりたいから。…でも!」

 そう言って顔を上げたシンシアの頬には一筋の涙が伝っていた。更にその声には怒りのような感情が宿っていた。それはさっきのサクラと同じような感情だと不思議と理解することができた。だから俺はシンシアの肩を優しく掴んだ。

 「!な、なにっ?」

 俺はシンシアの疑問を無視してサクラたちと同じように額にキスをした。

 「〜ッ!」

 顔を真っ赤にしたシンシアは俺の胸元に寄りかかってきた。そして、弱々しく叩いてきた。

 「…これで許してあげる」

 「うん。お疲れ様」

 俺はシンシアの華奢きしゃな体を抱きしめた。それはキスの前よりも優しくしたけど、心はもっとずっと近くにあるような気がした。

 「…ありがと」

 シンシアは囁くようにそう言って腕を俺の背中に回してきた。そこからしばらくはシンシアのすすり泣く声だけが響いた。

 俺がふと顔を上げるとニヤニヤしている2人の彼女がいた。……忘れてなんてなかったよ。ホントだよ。………ごめんなさい。

 俺がサクラたちに罪悪感を抱いていると2人の唇が動いた。普段よりも意識して大きく動かしているから、声に出さなくても伝わってきた。えーっと、

 『わ・た・し・た・ち・の・こ・と・は・き・に・し・な・い・で』

 『シ・ン・シ・ア・の・こ・と・を・お・ね・が・い』か…。

 イヤイヤイヤ!そんなことできるわけないだろ!

 「あ〜っと、シンシア?バーメランが呼んでたんだよな?もうそろそろ俺は行かないと、なーんて」

 ここは逃げるが勝ちだ!

 「…分かった。待ってるから、なるべく早く帰ってきてね」

 シンシアは名残惜しそうに俺の服を一度ぎゅっと握りしめてから離れていった。まだ少し瞼が赤くなっていたが涙は止まっていた。

 「あー!イツキが逃げた!」

 「まぁまぁ。まずはシンシアから感想を聞きましょうか?…いっちゃんに抱きしめてもらった感想を、ね」

 そう言った2人もどちらかというと楽しんでいるみたいだった。

 「ふえぇ…。イツキ助けて」

 「まぁ、その、なんだ。…頑張れ?」

 「⁉︎ガーン。ショボーン」

 シンシアも普段より楽しそうだった。普通は言わないような冗談も言っていた。

 「よしよしシンシア。イツキは酷いね〜」

 アヤがシンシアの頭をナデナデしようとした。…背が足りなくてつま先立ちになって一生懸命手を伸ばしてもシンシアの顔までしかないけど。…あっ。諦めて手を撫でてる風に動かすだけにした。

 「アヤちゃん?……そうなんだよー。イツキが酷いんだよ!アヤ、慰めて〜」

 シンシアはアヤに抱きついた。アヤはそんなシンシアを優しく撫でた。…いや、違う!さりげなくシンシアを拘束してる。

 「それで、いっちゃんとイチャイチャした感想は?」

 サクラがシンシアの後ろから声をかけた。シンシアの体がビクッと跳ねた。それでも前はアヤが抱きしめているし、後ろにはサクラがいる。シンシアは困ったように俺の方を見てきたから、大きく頷いてあげた。

 「…お手柔らかにお願いします」

 シンシアは諦めたようにそう言った。だけど、その顔には嬉しさが滲んでいた。……俺もその顔を守れるようにならなきゃな。

 「…いっちゃんは早くバーメランさんのところに行かなくていいの?」

 「…あっ」

 サクラに声をかけられるまで彼女たちの可愛さに見惚れて忘れてた。俺は慌てて治療室に駆け出した。

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