間話3 私の家族(アヤ視点)

 私はアヤです。兎の獣人である母と人間の父のハーフです。お料理が上手で優しい母と強い冒険者でカッコいい父、そして私に懐いてくれている可愛い弟の4人で幸せに暮らしていました。

 ずっと続くと思っていたそれが壊れたのは突然でした。私が7歳だったころです。いつもみたいにダンジョンに向かった父がいない間にガラの悪い人間の男たちが家の中に入ってきました。そして母が殺されました。獣人であるという理由だけで…。

 私は母に頼まれて3歳の弟を連れてなんとか家を抜け出しました。けれど、行く当てなんてありません。早く逃げなければ!そう思ってたどり着いた場所は冒険者ギルドでした。けれど、そこで父が3日間帰ってきてないと教えられました。おそらく魔物に殺されたのだろうということでした。

 そのときの私に残ったのは弟を守らなければならないという決意だけでした。それだけが私を私として存在させてくれました。それから私はお金を稼ぐために冒険者登録をしようと考えました。まだ子供の私がなれる職業はあまりありませんでした。けれど、私は戦う力がほとんどありませんでした。それを見かねたギルドマスターのバーメランさんはギルドの受付嬢として雇ってくれました。冒険者の人も優しくて弟も一緒にギルドで面倒を見てもらえることになりました。

 それから一年ほど経つと冒険者はだいぶ変わってきました。元々いた人は更なる強さを求めてより難易度が高い場所に移ったり、亡くなったり。それと同じように他所よそから新しく入ってきたり。そうして私たちは肩身の狭い思いをしました。それに耐えられなかった私は宿を取って4歳になった弟を1人残してギルドに働きに来ました。それが最善だと子供だった私は思ってしまいました。

 そのころには私の窓口に並んでくれる人はほとんどいませんでした。

 その日も何もなく1日が終わった……はずでした。宿屋に戻った私を待っていたのは動かなくなった弟でした。私が弟を殺してしまったんです。まだ4歳の弟が1人で待っていられるはずがありませんでした。ドアの鍵を閉めてしまったので助けを求めることもできずに弱っていってしまいました。

 それで私は本当の意味で全てを無くしました。暖かい家族も帰りたい家も生きる理由さえも。それに耐えられなかった私の心は架空の弟を創りました。それは弱い私の心を守るためでした。

 それから6年は表面上は何事もなくいつも通りの日常を過ごしました。そして私が14歳のとき、久しぶりに私の受付を利用してくれる人が現れました。その日はたまたま同僚が風邪で休みだったので私がカウンターに立っていました。すると、綺麗な女の人を2人も連れた黒目、黒髪の優しそうな青年が話しかけてくれました。

 「すみません。冒険者の登録をしたいんですけど」

 「…はい!分かりました。私が対応させていただきます!」

 嬉しくなった私はつい勢いよくそう言ってしまいました。すると相手の青年は驚いたのか目線が私の耳に移って固まってしまいました。……私は何を勘違いしていたんでしょうか?自分がどう思われるのかよく分かってたはずなのに…。

 それからいつも通りに隣のカウンターを紹介しました。けれど彼はこんな私がいいって言ってくれました。しかもか、可愛いなんて言ってくれました。そんな風に言われたのは家族以外で初めてで、よく分からない感情が湧き上がってきました。嬉しいような、恥ずかしいような、くすぐったいような。それでも全く嫌な感じはしませんでした。

 それに気をよくした私はつい分不相応な思いを抱いてしまいました。ちょっと優しくしてもらえただけで好きになってしまいました。それでも彼には既に2人も素敵な彼女さんがいました。……こんなにちんちくりんな私には高嶺の花すぎたんです。

 それから私はマニュアル通りの接客を心がけました。気を抜くとどうしても泣いてしまいそうでした。最後に泣いたのはいつだか分からないくらい前だけど、この胸の痛みには耐えられそうにありませんでした。

 それでも私はつい普段は話すことなんてない自分のことについて話していました。私と同じかそれ以上に辛い経験をしている人も多いはずなのに、彼…イツキさんは私を気遣ってくれました。

 そのまま頭を撫でてくれそうだったのに、私は拒絶しました。ちょっともったいないという気持ちもあったけど、我慢してる私にそんなことをしないでほしいです。…でないと、すぐにくるはずの別れが辛くなってしまいます。

 それなのにイツキさんの彼女のサクラさんとシンシアさんが私も彼女になってもいいって言ってくれました。イツキさんもこんな私を受け入れてくれて、頼んだら抱きしめてくれたり頭を撫でてくれました。…すごく幸せです。

 それからすぐにギルマスのバーメランさんが話に割り込んできました。それから何故か私を賭けてギルマスとイツキさんが戦うことになりました。一体どうして!?

 それから闘技場で激しい戦いが始まりました。目で追うのもやっとなそれは徐々にイツキさんが押されているみたいでした。それでも私はイツキさんが勝ってくれることを祈るしかできません。

 そんな攻防で普段から外さないギルマスの帽子が取れました。すると、その中から人とは違う尖った耳が顕になりました。…ギルマスはエルフだったみたいです。それに驚いた私は隣にいたシンシアさんの異変に気付けませんでした。サクラさんの声に驚いて横を見るとシンシアさんは倒れていました。

 それからすぐに戦いは終わりました。イツキさんが呼び出したブラッディースライムによるあっという間の出来事でした。

 …やっぱり私は必要ないんでしょうか?シンシアさんのためには本気を出して、私のときは手を抜いていたのでしょうか?シンシアさんも私と一緒はイヤだったから?

 どんどん暗い妄想が浮かび上がってきました。何より辛いのは私も近くにいたはずなのにシンシアさんの異変に気付けなかった私自身です。

 それからシンシアさんを治療室に運び込むことになりました。私の暗い気持ちもイツキさんに打ち明けて、一緒にいたいと伝えたら力強く肯定してくれました。それだけでもう大丈夫なんだと思えました。

 シンシアさんはそれから一晩魘されていました。私に出来ることなんて少しでも早く良くなるように水を汲んで濡らした布を頭に乗せてあげることだけです。それでも何もしないよりはマシだと思って何度も繰り返しました。

 それからシンシアさんは目を覚ましました。どう声をかけようか迷っていると、シンシアさんはイツキさんに抱きつきました。何があったのかわからないけど、私は邪魔をしないように退室することにしました。昨日から何度も往復した道をもう一度だけ通りました。それから戻ってくるとイツキさんが寝ているシンシアさんの額にキスしていました。それで私は少しだけ時間をずらして中に入りました。

 それから目を覚ましたシンシアさんから話を聞きました。シンシアさんにも辛い過去があって、私だけが被害者じゃないんだって思えました。……シンシアさんが王女様だったことには驚いたけど、シンシアさんはシンシアさんだよね。

 それからギルマスとシンシアさんだけを部屋に残して私たちは外に出ました。それはイツキさんがシンシアさんを信頼しているからだと私には分かりました。シンシアさんなら一人でも乗り越えられる。そう信じているのです。

 それでもサクラさんにはそれが不満なようでした。それでもイツキさんから理由を言われて納得したみたいでした。そのままイツキさんに頭ナデナデまでしてもらっていました。……いいなぁ。

 その気持ちが伝わったのか、イツキは私も呼んで同じようにしてくれました。それで私の気持ちは抑えが効かなくなってしまいました。まだ出会って1日くらいしか経ってないイツキさんに、彼氏にキスをねだってしまいました。イツキさんが私のことも愛してくれてる、という証拠が欲しかったのです。もちろん、愛されてないなんて思いません。

 …もしかしたら温もりが欲しいのかもしれません。安心できる相手からの無条件の優しさを望んでいたのでしょうか?両親がいなくなって弟は守らなきゃいけない存在だから私は誰にも甘えることができませんでした。

 …それっぽい理由を並べてみても、やっぱり本心はシンシアさんが羨ましかったんです。私だけそういうことをしてないのかと思ったら悲しかったです。だけど、どうやらサクラさんもまだキスしてもらってなかったみたいです。

 ここでほんの少しのイタズラ心が湧き上がってきました。私はサクラさんの勘違いに気付いて、あえてそれを指摘しないで先を譲りました。そのことに純粋に感謝されたときは少し罪悪感があったけど、おおむね私の想定通りに進みました。だけど、最後は耐えきれなくて笑ってしまいました。

 それからサクラさんに頬をむにっ、って引っ張られました。痛くはなかったけど、イツキさんにも見られてると思うと少し恥ずかしいです。それでもすぐに離してくれたサクラさんに呼び捨てで呼んでほしいと頼まれました。私はそれを受け入れました。

 両親を失った私に優しい彼氏と彼女仲間で姉のような、友達のような存在が2人もできました。

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