第4話 心の距離
「ねえねえ、このスライムはどうするの?」
自分のステータスの変化に驚いて固まっている俺にサクラが聞いてきた。
「こいつはスラリンだ。俺がテイムしたから、これからずっと一緒だぞ」
「そうなんだ!よろしくね、スラリン」
サクラがスラリンに向かってそう言うと、スラリンは俺のときと同じように赤い触手をサクラに向けて伸ばした。サクラがそれを握手のように握ると「えっ?」と声を出して驚いていた。おそらくスラリンが話しかけたんだろう。俺はスラリンのステータスを見て一つ思いついたことがあったから、スラリンに聞いてみることにした。
「なぁ、スラリンは金属も溶かせるのか?」
『溶かせるよ〜』
スラリンは俺の方にも触手を伸ばし、そこから話しかけてきた。これでシンシアの隷属の首輪も取れるはずだ。俺はシンシアを呼んで首輪を見せてもらうことにした。それからスラリンのことを話して、溶解液で溶かすことにした。スラリンの体からオレンジ色の液体が出てきたと思ったら、それが鞭のようになって隷属の首輪に巻き付いた。そこから煙が出てきたと思ったらオレンジ色だった液体が黒っぽくなってきた。真っ黒に染まるころには隷属の首輪は跡形もなく消えていた。
「…うそ。外れた…の?」
シンシアは呆然と呟いた。まだ信じられないみたいで、自分の首を
『ボクも頑張ったよ。だから、捨てないで』
「…捨てるわけないだろ。一緒に行こうな」
『うん!』
俺たちはシンシアが落ち着いてからこれからの行動について話し合うことにした。
「…時間を取らせてしまってすみませんでした」
シンシアは恥ずかしそうにそう言った。
「そんなの気にしなくていいよ。友達なんだもん!…これからはいっちゃんを一緒に支えていこうね!」
「…サクラにそう言われるのは複雑だけど、まぁいいか。…もう大丈夫か?」
俺がそう聞くとシンシアは下を向きながら「…撫でてくれたら大丈夫、だよ?」と言った。俺は自分の顔が赤くなっているのを自覚しながら、シンシアの頭を優しく撫でた。
「!…えへへ」
シンシアは幸せそうに微笑んだ。その一方でサクラは羨ましそうな顔をした。しかし、シンシアのことを心配する気持ちが勝っているのか、混ざろうとしなかった。
「サクラ、おいで」
「でも…シンシアが」
サクラがこうなったらなかなか動かないことを幼馴染の俺は知っている。彼女は自分が決めたことを貫き通す芯の強さを持っているからだ。それは、彼女の長所であり、短所でもある。彼女がいつか折れてしまわないか心配していると、シンシアから声がかかった。
「…サクラさん。二人でイツキさんを支えていこうと言いませんでしたか?…サクラさんが我慢してるとイツキさんも幸せになれないと思いますよ。私もサクラさんが辛いのはイヤです」
「!…ごめんなさい。…いっちゃん。私のことも撫でてくれる?」
不安そうに聞いてくるサクラに、「サクラ、おいで」と同じ言葉を投げかけた。
「うん!」
今度は素直に頷いてやってきた。そして、頭を差し出してきたので、俺はそれを撫でた。
「…次はもう少し大胆に行っても大丈夫そうだね」
そんな声がシンシアの方から聞こえてきたが、俺は聞こえない振りをした。俺のために頑張ってくれるのは嬉しいしな。…それにしても、女子の髪ってサラサラなんだな…。
しばらく撫で続けていたが、もうそろそろ次の街を目指して進むことにした。最初に召喚されたカワラギ王国の王都セントリアからシンシアに案内されて隣国のロガルゴ帝国へと移動していた。ロガルゴ帝国とは完全実力主義で、ヒューマン族以外にもたくさんの人種が住んでいる。帝国の人々は自分の強さに誇りを持っているが、自分よりも強い者を素直に認めることができる人が多い。王国はヒューマン族が一番だと思っているので、他種族はほとんどいなかった。俺たちはこのカワラギ王国からなるべく離れようとロガルゴ帝国を目指すことにした。
「そうだ。こちらをどうぞ、イツキさん」
そう言ってシンシアが差し出してきたのは、スライムからドロップした7つの魔石だった。
「この魔石を割ってみてください。そうすれば、ステータスを強化するためにあとどのくらい必要かが分かるはずです。イツキさんはもしかしたらこれだけでもステータスが上がるかもしれません」
シンシアから教わった通りに魔石を割ると、魔石から出た淡い光が俺の体に吸い込まれた。それと同時に俺のステータスに新たな項目が追加された。
【…割り振り可能魔石ポイント:7…】
驚いた俺がそのポイントについて調べてみると、どうやら様々なことに使えるみたいだった。一定のポイントを消費することで、ステータスやスキル、さらに経験値にまでできるみたいだった。
俺はそのポイントを5だけ使い、スキルを成長させることにした。その結果、新しいスキルが手に入った。
【…割り振り可能魔石ポイント:2…
新スキル
・魔カード化→自分がテイムした魔物をカードにして持ち歩くことができる。カードになった魔物は徐々に生命力が回復する(一分間に最大生命力の5%ずつ)。名前を呼ぶと呼び出すことができる。】
「できた…」
「ホント!どうなったの?」
サクラが俺の呟きに反応してそう言った。それは俺自身よりも嬉しそうで、俺も嬉しくなった。
「なんか新しいスキルが手に入ったよ。試してみてもいいか?」
俺がスラリンを持ち上げながらそう言うと、『いいよ〜』と返ってきた。それを聞いて、早速魔カード化を使うことにした。
「魔カード化」
俺がそう呟くとスラリンの体が光ったと思ったらスラリンが消えていた。そして、俺の手の中にスラリンという名前とブラッディースライムが描かれたカードがあった。
「スラリン」
俺がそう言ったら手の中のカードが複数の光に霧散して、それが集まりスラリンになった。そしてスラリンは俺に向かって触手を伸ばしてきた。
『…酷いよ。ボクはイツキと一緒がいいって言ってるのに閉じ込めるなんて』
スラリンは不満そうに言った。
「ごめんね。そんなにイヤだった?」
『…そこまでイヤじゃなかった、かな。ずっと回復魔法をかけてもらってるような感じ?…でも、自分で動くこともできなくて、外がどうなっているのかも分からない。…もしかしたら、このまま捨てられちゃうんじゃないかってずっと怖かった…』
俺がそう聞くとスラリンは少し考えてから答えた。その言葉には俺のことを信じられなかった自責が込められているように感じた。
「…ごめん。なるべくしないようにするよ」
俺はスラリンを抱いた手に力を込めた。
『…うん。ボクはさみしいと泣いちゃうよ。…一人にしないでね?』
「うん。…じゃあ、このまま行こっか」
俺は帝国に向かって歩きだした。その後ろにサクラとシンシアも付いてきた。そのときにサクラが「…いいなぁ。私もいっちゃんにテイムしてもらえば、抱きしめてくれるのかな…」と呟いたのが分かった。…もうそろそろ俺を好いてくれてるサクラとシンシアにもきちんと向き合わないとな…。そのためにも強くなって、この世界で安定して収入を得れるようにしないといけないな。…自分の気持ちに嘘をつかないためにも。
俺はサクラたちにどんな返事をするのか真剣に考えることにした。サクラは最弱の俺に付いてきてくれたし、シンシアも会ったばかりなのに俺たちに良くしてくれた。二人とも俺にはもったいない素敵な女性だからな。そんな覚悟を決めたが、周りにはバレないようにした。
「じゃあ、まずはお金を稼ぐか。どうすればいいんだ?」
「そうですね…では、冒険者になるのはどうでしょう。冒険者は魔物を狩ったり薬草などを採取したりすることでお金を貰えます。サクラさんもいるので最適な方法だと思います。私もある程度なら戦えますよ」
シンシアの言葉に少しだけ考えたが、結局冒険者になることにした。
「…そうだな。じゃあ、ほとんどサクラに頼ることになると思うけどいいか?」
「もちろん!私に任せて!」
サクラは可愛く手のひらを握りしめて頷いた。
「じゃあ、まずはシンシアの服のためでいいか?」
「そんな!悪いですよ」
シンシアはすぐにそう言った。しかし、そんなシンシアにサクラがさっきのお返しだと言わんばかりに微笑みながら言った。
「遠慮はなし、なんでしょ」
「…いいんでしょうか?…ありがとうございます、サクラさん、イツキさん」
シンシアは俺の提案を受け入れてくれたみたいだ。
「…代わりと言ってはなんだけど、私のことはサクラって呼んでくれる?」
「俺もイツキでいいぞ。…というか、イツキって呼んでほしいな」
「分かりました。サクラ、イツキ。…これからもよろしくお願いしますね」
シンシアとの心の距離がより近づいた気がした。
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