「わっ、それ、すごいよさっちゃん! 『アタリ』だよ!」


 高校生になった私たちは、小学生から変わらず同じ学校同じクラス、そして一番仲のいい友達のまま成長した。部活には入ろうか悩んだけれど、やりたいこともないから帰宅部になった。花も同じ理由で、バイトをするでもなく二人きりで帰るのがルーティーンに組み込まれた。


 案外私と花の家は近所と呼べる距離にあって、それこそ徒歩十分ほどの場所に位置している。それだともちろん最寄り駅も同じだし、駅から降りての道もほとんど被っている。冬は駅近くのコンビニで肉まんを買って半分こ、夏にはアイスを手にダラダラ歩く。一日の終わり、二人きりで過ごすこの時間が私の何よりの生きがいだった。


 私の手元を何度も確認し花が興奮したようにぴょんぴょん跳ねる。食べ終わったばかりで少し湿ったアイスの棒に目を落とせば、『アタリ』と濃い茶色で書かれてあった。口元にはまだソーダの甘さが残っている。


「わたし、そのアイスのアタリなんて初めてみた!」

「……そうなの? 花、このアイス好きだから一回くらいはあると思ってた」

「ないない! だってわたし、昔っから運悪いんだもん」


 さっちゃんも知ってるくせに、と腕を組んでむ、と顔を顰める。

 確かに、花は地区のビンゴ大会でもワーストで数えた方が早いし、雨の日に歩けば必ずと言っていいほど車に水を撥ねられて頭からびしょ濡れになる。

最近なんかは私の隣を歩いていて、鳥のフンが花の頭のてっぺんに降ってきたのだ。衝撃的すぎる出来事にあたふた騒ぐしかできなかった私よりも、当事者の方が落ち着いて対処しているのは申し訳なかった。


 そんな花に対して私は、おかしいやつだと白い目を向けられるだろうからあまり言えないけれど。神様に愛されているのかもしれないと思うくらい……それこそ、宝くじを引くのが怖いくらいには運がいい。


 アイスのアタリだってこれが初めてじゃないし、なんならアタリ付きのアイスを食べると二分の一の確率でアタリが出る。電車に乗り遅れると思ったら電車は遅延し、テストの選択問題は絶対に外さないという根拠のない自信とともに必ず結果もついてくる。もちろん地区のビンゴ大会では一番か二番にあがり大きなお菓子をもらって、参加賞のチロルチョコを持って不貞腐れた花と分け合うのだ。


 幸運、と呼べる才能があるのではないかと、母はいつも(間違ってはいないが)人ごとみたいに微笑みながら言う。


 どうしてこんなにも運がいいのかは、当事者である私が分からないのなら神様くらいしか知らないのだろう。

 このびっくり体質は特に遺伝というわけでもなく、逆に家族はびっくりするほど運は悪い。花と同じか、それ以上に日常生活を送る上での不運が多いのだ。弟はよくコップを割り、母はよく化粧道具を落として壊し、父はよく趣味のパズルをグチャグチャにしている。

怪我も多く、家には病院かと思うくらいの包帯や絆創膏、薬やその他の応急処置に必要な道具が常備されている。大きな事故に遭っていないのが奇跡だと笑い話にしているが、私は心配でそれどころではないのである。

私だけが運がよかったって、大好きな人たちが不運なら意味がない。花も同じだ。


 花に出会えたのは、私の人生においての一番の幸運だ。花に出会ったからこそ今の私があり、学校が憂鬱でないほど花と会うのは何事にも代えがたい喜びなのだ。だからこの運の良さには、とても感謝している。


 自分の溶けかけたアイスを食べ終えた花が、そういえば、と脈略なく言った。


「席替え、よかったじゃん。翔吾くんの隣なんて最高の特等席! わたし、少女漫画みたいでドキドキしちゃった」

「うん、うれしいけど……緊張で話しかけられないかも。花助けにきてよ」

「そこは自分でどうにかしなさい!」


 テストごとにあるクラスの席替え。くじ引きで最近気になっている翔吾くんの隣をゲットした。サッカー部のかっこよくて優しい男の子だ。次の席替えで近くに、あわよくば隣にと祈っていたから、その通りになるなんて思いも寄らない心嬉しい出来事だったのだ。


「花の隣は誰だったの?」

「北原君だったよー」


 さらっと名前を出した北原君は、高校入学後すぐに花に告白して玉砕している、野球部のガタイのいい男の子だ。何度も花に絡んでは困らせているため、少し心配だ。


「それって大丈夫なの?」

「うん、全然大丈夫! 悪い人じゃないし、話してみると楽しいよ」

「そっか。変なことされたら教えるんだよ」

「あはは、わかってるって」


 隠し事が多いのは花の唯一の悪いところだ。みんなの人気者だからこそ、誰彼かまわず本心を言える環境がなくなり、隠すのがくせになっていると以前自分で話してくれた。

 いろんな人に好かれるからこそストーカーや嫌がらせをしてくる人はいる。だから私は、花に何もあげられない代わりに、安心して本音を吐ける信用に足る人物であるとずいぶん昔に誓ったのだ。


「あ、家ついちゃった。じゃあね、また明日」

「うん、また明日!」


 手を振って花と別れる。今日も楽しかったな、と緑の田んぼが揺れるのをみて息を吸い込む。


 こんなに楽しく学校に行けるのは、やっぱり花のおかげで。翔吾くんの隣はもちろん嬉しいけれど、私に笑いかけてくれるあの朗らかささえあればこれからも人生を謳歌できるのだと、暮れ初んだ空を見ながら思った。

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