きみの幸

葉羽


「はじめまして! わたしは花、あなたの名前は?」


 花は昔から溌剌とした子供だった。ぱっちりした目とよく動く表情が愛らしく、勉強よりも運動が得意。人見知りをしないその性格でクラスを超えての人気者だった。


 タイミング悪くかかった風邪で入学式に出席できず、加えて県外から引っ越してきたため顔見知りの一人もいない。段々と友達ができ始める最初の大切な時期を逃し、登校早々ひとりぼっちだった私に話しかけてくれたのが花だった。


「さち、っていうの? じゃあ、さっちゃんってよんでもいい?」


 人に自分から話しかけるのが苦手で、一人でいたいわけじゃないのに一人でいるしかなくて。引っ越す前には友達はたくさんいたし、人と話すのも楽しくて好きだったのに、そのときだけはそうはいかなかった。なにもしていないのに誰かに噂話をされている気がして、視線を感じても振り向けない。得体の知れない未知への恐怖で、頭が埋め尽くされてしまった。

 元々人見知りが激しかったのもあり、いきなり知らない人だけの空間に一人で放り込まれた疎外感が私を特別苦しめていたのだ。そんな中、キラキラした笑顔をいきなり向けられて、最初は戸惑った。


「さっちゃん、いっしょに遊ぼうよ。……外はいや? そっか。じゃあわたしもここにいるね」


 登校初日、ぽかんとするほど真っ直ぐな自己紹介をした花は、それから毎日私のところへきた。無理に遊びに誘ったり、しつこく声をかけたりはしなかった。本を読みたいと言えば隣からのぞき込んだり、眠いと言えば一緒の机に突っ伏して次の授業まで眠ったり。

 まず花は、自分の意見を無理に押し通さない。でも真っ直ぐな意志があるから私を宥めて甘やかしてそのままではなく、代わりに花と私の意見の妥協案を提案してきたりと、ただ優しいだけじゃない優しさを持っていた。

 そんな花に好意を抱くのは、人間としてごく自然な心理だと思う。そしてその優しさに何か返したいと望むのも、当然の心理だろう。


 当時から花はよく私を気遣ってくれたが、基本的に彼女の周りには決まった複数人が金魚の糞のようについて回っている。移動教室を一人で行くのは見たことがないし、花が一人の姿は想像しがたい。まるで甘い蜜に集る虫だと失礼極まりないことを浮かべるくらい『自分のために』花と仲良くなろうという意思が透けてみえる人たちに、唖然としたのを覚えている。人気者でかわいい花は、みんなの注目の的なのだ。

 それまで必死に好かれようと懇意にしていた子達は、花が私とペアのような距離感になり始めて焦ったのだろう。『選ばれなかった』けれどそばに居たい同級生の嫉妬の目が毎日のように向けられた。それでも花は気にもかけず、移動教室も二人一組のペアを組む時も、決まって私のところへくるのだ。


 優越感を抱いていない、と言えば嘘になる。私だって花が大好きなのだ。

 彼女は私の行く道を照らして救ってくれたヒーローみたいな存在で。ひとりぼっちの私に声をかけてくれた、一番最初の友達で。

 それってなんだか、すごく贅沢で、


「運がいいなぁ」


 そう何度も何度も思い口に出し、そして実感する。

 この人に会うために生まれてきたのかと思うほど、花と私の相性はいい。お互い、どうして一緒に行動するようになったかのきっかけなんて覚えていないけれど、聞き馴染みのある言葉で表して仕舞えば、それは『運命』なんて気取ったものが一番近しいはずだ。

 衝撃的な出来事が起きたわけじゃない。特別なことをされたわけじゃない。どうしてか、花とは目が合うのだ。多分最初もそんな曖昧な雰囲気だったのだろうと、昔を思い出して笑みが浮かんだ。

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