第11話 だれが黄昏ソウマ?

 随分と不満げな顔をしている佐奈ミナ。「大災害」なんて、随分な言いようだ。


「なんで機嫌悪いんですか。せっかく応援してる人に会えたってのに……実際問題、あんなに後半はぶっきらぼうだったんです?」


「分からなかったんですか? あり得ないほど鈍感ですね。わたしは正直言って、あの人にあったことを少し後悔してます」


「マジで分からないですよ。幻滅したとか? 例えば……あの、関西弁を隠そうとして変な感じになってる口調が嫌だったとか?」


「あなたも大概、変なところには意識が向くんですね……そんなことじゃないです。もっと、わたしのポリシーに踏み込んだような、そんな話です」


「ポリシー? 佐奈さんのポリシーって……ええ?」


 思わず足が止まる。ミナのポリシーと聞いてすぐに思い浮かぶもの。それはつまり、ソウマの正体についてだ。それに踏み込む、ということは?


「まさか、アカツキがソウマだって?」


「言葉にしないでください! そんなこと!」


 キッ、と威嚇するように睨まれる。黒いジャージでそんないかつい態度取らないでくれ。ちびりそう。


「いや、でも誘導したのは……まあいいや。でもどうして?」


「だって、ギター弾いてたじゃないですか。それって、あの曲と同じですよね……」


 そのシンプルな類推に、俺は思わず笑ってしまう。


「いやいや、『夕焼け』はエレキで、さっきのはアコギ……」


 と言いかけて、だが言葉が詰まる。確かによくよく聞いてみたら、何か演奏に共通の癖があるとか、そういう発見があるかもしれない。ギターを弾く人間、という共通項は、中々見落としてはいけない要素かもしれない。


「それに、歌だって上手でした。どこか、ソウマっぽくなかったですか、あの自信たっぷりな感じ」


「まあ確かに、雰囲気は似てたけれど……」


 俺はアカツキの歌声と、「夕焼け」の歌声を交互に思い返す。


「でも、違ったよ。『夕焼け』の方が粗削りで、それでも勢いというか、魂が籠ってた……それに歌声がそもそも違うし」


「声の違いは理由にならない。この前聞いたばかりでしょ?」


「それって、このまえのAIボイスチェンジャーのことですか? でも、あれは関係ないですよ」


 俺は首を横に振った。


「楢崎さんが話していたじゃないですか、『夕焼け』が登場した時点では、声を変換するような技術は存在しなかった。アカツキが夕焼けを歌って、それをソウマの声に変換した、なんて推理は成り立たない……」


「違います」


 佐奈ミナは、ぐっと拳を握った。そして、それを口にするかどうか逡巡するように、暫く口を開いてじっと立っていたが、意を決したように言葉を紡いだ。


「わたしが考えているのは……声変わりです」


「え?」


「あの『夕焼け』って曲は、何年か前の、あのアカツキさんの声変わり前の声の歌だとしたら。そしたら、声質の違いは説明が付きます」


「でもそしたら、今のソウマの声はどうなるんです……あ」


 そのことに気付いた瞬間、俺は思わず体を強張らせてしまった。ミナは頷く。


「そうです。今は、彼の声を自在に変換する技術がある。アカツキさんは今、過去の自分の声に変換するソフトを使いながら、ソウマとして活動をしている。そう仮定したら、色々と説明が付くんです」


 確かに、アカツキの先ほどの言動には少し不審な点が多かった。


 「夕焼け」を聞いた直後の、「これはどこで?」という強い警戒心。それでいて、「もしこの曲が普通に公表されたら、とんでもなくエグイことになると思います」という作品への愛に似た肯定。もしあの曲が彼のもので、そしてソウマの正体が彼なのだとすると、確かに納得も行く。


 でも、とミナはつぶやく。その声には悲痛の色がある。


「もしそうだったとしたら……わたし、ちょっと本当につらいです。これまで、どれだけ苦労してソウマと距離を取ってきたのか……その努力が水の泡……」


「なんか……申し訳ない」


 巻き込み事故であることには違いないのでそう謝罪すると、彼女は「本当ですよ!」と憤り、


「クリオネさん」


 と、これまた俺のめを真っすぐ見据えてきた。


「はい?」


「ソウマの正体が、アカツキさんじゃないってことを証明してください」


「ええ?」


 この説を唱え始めた当の本人はそちらでは? とか言ったら、絶対怒るんだろうな……。


「ええ、じゃないですよ。あなた、自分が何をしてくれたか分かってるんですか? 中の人の存在が明らかになるなんて、普通に考えたらVtuberにとっては死にも等しいんですよ」


「そうかなあ。それなりにVtuberとしての活動と、前世からの活動を両立しながらやってるような人も居ると思うけれど……」


「いいえ、認められません」


 なんたる過激派。そのうち武器を手に取って暴れそうだ。


「大体、こんなの偶然の貰い事故みたいなもんじゃないか。アカツキと出会ったのだって」


「ちがいます。あなたが『夕焼け』を掘り起こしたり変な目的意識に目覚めたりしなければ、こんなことにはならなかったんです」


 そんなことを言われても、「夕焼け」に出会った以上、俺にこうする以外の選択肢なんてなかったというのに。 


「とにかく、アカツキさんとソウマは無縁であると、わたしに信じさせてください……じゃないと」


 ミナは、それまでの語気を急にしぼませ、うつむいた。


「わたしは大切な推しを、二人も失ってしまうことになる」


◆ 


 情緒不安定となった佐奈ミナが心配だったが、言いたいことを言って彼女はさっさと帰ってしまった。全く、怒涛のような一日だった。気が緩んだ瞬間に腹の重たさが再び思い出されて、俺も一人帰路に付いた。


 家に帰るとアカツキからLINEが来ていた。


『改めて今日はありがとうございました』


 ライン上だと「○○す」という口調が消えるんだな、とか思いながら続くメッセージに視線を走らせる。


『アドバイスというほどのアレでもないですけれど やっぱり真相に近づくんだとしたら、例えば何か仕事をソウマに発注したりするのがいいと思います 企業案件とか頼むのがいいんじゃないですか』


 なるほど、それが出来ればある意味合法的にソウマに近づくことは出来るかもしれない。なんか伝手があっただろうか……そういえばこの前の会議で、どこかの部署が新事業のプロモーション施作に困っている、みたいな話題が出ていたような。その部署への繋ぎを買って出るような形で、自然に絡むことができる、かもしれない。


 しかし、ミナが言っていた通り、俺みたいな下心を持った人がそこに近づくことが出来るだろうか?


 そう尋ねてみると、


『内部に協力者が必要ですね 俺、心当たりがあるので、裏から援護射撃できないか試してみます』


『そんなことができるの!?』


 内部ってつまりそのまま、事務所の内部、ってことだよな。流石芸能人ともなれば、それくらいのことはお手の物ということなのか?


『俺のこれも半分賭けみたいなもんですけどね ナースがどう動くか、それ次第です』


『ナース? なんでナースが出てくるんだ?』


『こちらの話です、すみません』


 それで向こうからの送信は途切れた。俺はスマホをポケットにしまい、歩きを進める。


 ナース、ナースってなんだ。俺の周りのナースと言ったら……つまり、佐奈ミナのことか? アカツキはミナのことを何か怪しんでいる?


 しかし確かに、俺の視点から振り返っても、ミナの行動にだって怪しいところはたくさんあった。


 そもそも俺との出会いのきっかけからして「夕焼け」の曲のリークを恐れ、武道館ライブ終わりに張り込みをしていたというところから始まったわけだが、単なる一ファンがそんな突飛なことするだろうか? 


 そんなことをするほどの必死さを覚える人間なんて、それこそ、本人くらいなんじゃないか。そう、つまり佐奈ミナがソウマの正体であるという説だ。


 AIボイスチェンジャーの存在を理由にミナはアカツキを怪しんでいたが、そのロジックを認めたら、当のミナだって容疑者になりうる。


 例えばアカツキは、何かミナの言動や声質からソウマを想起させるものを読み取って、怪しんでいるのかもしれない。わざわざ予定の合間を縫ってグッズ獲得のために秋葉原に寄ってかつ丼を限界まで食うような奴だし、ソウマの声の機微を見分けるのもお手の物なのかもしれない。あるいはミュージシャンであるので、もしかしたら絶対音感的な何かで気づきを得たのかもしれない。


 ……つって、しれない、しれないを重ねたところで真相には近付けないだろう。これまで通り、俺は動き続けるしかないのだ。


 とりあえずはアカツキのおすすめ通り、仕事と絡めてオフィシャルなルートで事務所にアプローチしてみよう。彼の言うところの「援護射撃」が一体どういうものなのか気になるし。


 あるいは、音声合成についてのミナの疑念を晴らすためには、もう一度楢崎に話を聞くのも良いかもしれない。ソウマの歌、アカツキの歌、「夕焼け」、その3つを比べてみるのはどうだろう。そこで得られる結論から、ミナの疑念なり「夕焼け」の正体なり、そういったものに近づくことが出来るのではないか。


 明日やるべきことをメモに残して、とりあえずその日は寝ることにした。心配なことはあったのだが、かつ丼をドカ食いしたせいか、気絶するように眠ることが出来た。

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