第9話 意味のない言葉でもいい
佐奈ミナを追いかけて店の中に入ると、何故か店の中でミナとアカツキの二人が見つめ合っていた。なんだ、一目ぼれでもしたのか?
アカツキが、何かを言おうと口を開いては、閉じる。一体何に困っているのか気になったのだが、
「……え、アカツキアカリ?」
と、ミナがぽかんとした面持ちでつぶやく方が先だった。って待てよ、アカツキアカリ? 俺も何となく聞いたことがあるぞ。
そのとき、店内の有線放送が切り替わる。そこで流れてきたのは、
『――だから 君の声を聞かせて 意味のない言葉でもいい』
伸びやかな、それでいて芯の通ったロングトーン。シンプルな歌詞が、これ以上ないほどストレートに伝わってくる歌声。最近動画サイトなどで流行っている、「君の声」という曲だ。
ソウマの「夕焼け」ほど俺の魂を揺さぶるわけではないが、しかし聞くたびに良い曲だなとは思う。どこかで聞いたことのあるようなメロディーかもしれないが、だからこそ流行るのもよく分かる。
けれどどこかで聞いたことある声質な気もする、と思うや否や、頭の中で何かが繋がった。
『――お聞きいただいたのは、アカツキアカリで「君の声」でした。アカツキアカリさんは大阪出身のシンガーソングライターです。数年前からインターネット上で歌い手として活動を開始しネット界で大きな人気を獲得、先月リリースのこの「君の声」でメジャーデビューし、これがSNSを中心に大ヒット。総再生回数は3000万回を超えています。そんなアカツキアカリさんから番組のリスナーに向けてメッセージを預かっています』
『こんにちは、アカツキアカリです』
そう挨拶する声は、目の前でかつ丼を目の前に気まずそうにしているアカツキのものと待ったく同じだった。
『この曲は、今は別の場所で頑張っている、俺の尊敬する人に向けて書いた曲です。幸運なことに予想以上の沢山の人々に聞いてもらうことが出来て、いろんな場所で歌う機会にも恵まれたのですが、歌うたびに色んな感情が押し寄せてくるような、そんな歌になっています。今ツアーをやっていまして、丁度東京が終わって、地元の大阪に戻ってやるつもりです。ぜひ遊びに来てもらえると嬉しいです。アカツキアカリでした』
放送が終わると同時に、急に店内が静かになったような気がした。もともと店内に俺たちと店員くらいしか残っていないせいもあるかもしれないが。
「……しくった。この時間には新幹線に乗ってる想定だったのにな」
そう頭を掻くアカツキの元に、無言でミナが近づいていく。そして、
「あの、握手してもらえませんか」
そう言って手を差し出した。
一瞬アカツキはミナを見て何かを言いかけたが、「……いいっすよ」と彼女の手を握った。瞬間、ミナの顔が華やぐ。
「あの、ニコニコ動画時代からのファンです。ハジメテノオトとか、ダブルラリアットとかのカバーの頃から聞き込んでました……!」
歌い手という言葉も懐かしい響きだ。俺も学生のころ、よく聞いてたボカロのカバーとか歌い手が居たなあ。
そのミナの言葉にアカツキも少し表情が緩んで、
「マジで? それ嬉しいな、ありがとうっす」
「ライブは仕事と被ってしまっていけないんですけれど、デジタル配信のチケットは買ったし、アルバムは予約しました! 本当に楽しみにしてます!」
しかしこの佐奈ミナという女、しっかりとオタクをしているものだ。そこは尊敬に値する。俺はもう、ソウマを追いかけるので体力が精いっぱいなもんで……。
ふんふんと頷き、再びアカツキは礼を言った。俺はそんな彼に向かって、
「まさか本人だったとは……そしたら、明日の予定っていうのはライブのことだったのか」
「そうっす。まあライブ自体は夜からで、朝からはリハとかなんですけどね……」
「なんですか。クリオネさんはお知り合いなんですか?」
俺はここまでのこと、といっても自分の分のかつ丼を食べ終えた後、店の外で困っていたアカツキと出会ったというだけなのだが、そのことを話した。
「で、あと少しで食い切れそうなところで佐奈さんから連絡があったわけ」
「ふうん……なんで6杯目とかいう嘘を吐いたのか意味不明ですけれど、まあ人助けだったのなら咎める必要もないですかね」
いや、前半のツッコミで十分刺してるから。
「クリオネさんと、佐奈さん、ですか? お二人はどういう?」
「この佐奈ミナさんもソウマニアなんですよ。そのよしみというか、なんというか……」
「別に友達とかそういうのじゃないです。監視対象です。この人は要注意人物なので」
「語弊しかない」
しかし、その言葉を持ち出したのはほかならぬ俺なのでそれ以上の反論は控えた。
「おー、なるほどね……」
そう言いながらしげしげとミナを眺めるアカツキ。
「な、なんです?」
「いや、なんでもないっす」
マジで一目惚れでもしたのか?
「で、なんでクリオネさんが要注意人物なんですか?」
そう聞かれると思った。言い出しっぺのミナは、しかし「夕焼け」のことを彼女から言い出せる立場にもない。俺はスマホを出した。
「まあ、ちょっとソウマに関する、少しデリケートな話なんですよ。……そうですね、あえてオカルティックな言い方をするけど。アカツキさんは、Vtuberにも輪廻転生みたいな世界があると思います?」
「……ああ、そういう系の話っすか。大人の世界の話ってことであれば、そりゃあると思いますよ。でもソウマのについては知らんす」
「もしソウマについてのそういう話があるとして、聞きたいですか?」
そう尋ねた途端、彼の顔つきは一気に真剣なものになった。
「どういう系のですか?」
「少なくとも悪いゴシップじゃない。ある楽曲なんだ。それも、物凄い」
「聞かせてください」
アカツキの食いつき方は相当のものだった。前のめりになっている。その勢いに俺は圧倒されながらも、彼のイヤホンと俺のスマホをペアリングし、
「いきますよ」
「夕焼け」を再生した。
その反応は、しかし、意外にも穏やかなものだった。俺が震え、ミナが泣きそうになっていたような場所を聞いても、アカツキは表情を変えない。
まさか、プロのアーティストが聞いたら大したことのない曲だというのか? 別にそれによって俺の感動が損なわれるなんてことはないはずなのだが、自分が好きなものが他人に評価されないとき、少し悔しくもなる。
たが一方で退屈そうかというと、そうでもなかった。観察してみるとむしろその逆で、それは何かと真剣に向き合うような、そんな張り詰めた雰囲気を纏っていた。
それは無表情でも無感動でもない。むしろ戦士のような、どこか悲壮感も漂う横顔で、その深い色に気づいてしまった以上、到底茶々を入れることなどは出来なかった。
曲が終わり、アカツキはゆっくりと息を吐いて、
「なるほどね」
と、低く唸った。そして、
「これはどこで?」
そう鋭く尋ねた。
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