呪縛

kmsn

呪縛

母さんが橋から飛び降りた。


数年ぶりの帰省。

迎えの車の中で、父は唐突に話し出した。

夜、真っ暗な車内。

運転する父の顔は見えない。

父もきっと、私の顔は見ていない。


想像していた。


欄干に立つ。

深夜、眼下を流れる川は見えない。


飛ぶ。

闇へ。


何も分からない。

いつから落ちたのか。

いつまで落ちるのか。

何も見えない。

どこから落ちたのか。

どこまで落ちるのか。


やがて、衝撃。


車が止まる。赤信号だ。

父は静かに続けた。


、すぐに救助されて一命は取り留めた。

今は薬を飲んで落ち着いている、と。


薬を飲んでいるのか。

口をついて出た。


あの人が。

誰に言われようと、何を言われようと、

絶対に認めなかった、

あの人が。

薬を飲んで、落ち着いている。


どうして、今になって。

どうして、もっと早く…。


そんな話は聞きたくなかった、と。

喉から絞り出し、口をつぐんだ。

父ももう、何も話さない。

街灯もまばらな田舎道。

実家はもうすぐだった。


そんな話は聞きたくなかった。

なぜなら、

呪われてしまうから。


全てにおいて、私はあの人よりも優れていなければならない。

そうでなければ、

全てにおいて、あの人が間違っていることを、証明できないから。


本当に死ぬ勇気など無いくせに。

あの日、あの人の言葉が、頭の中をこだまする。

本当に死ぬ勇気など、誰が持っているものか。


全てにおいて、私はあの人よりも優れていなければならない。

あの人に出来て、私に出来ないことなど、あってはならないのだ。


あの人は、飛べた。

私は、どうか。


呪いはまだ、解けない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

呪縛 kmsn @kmsn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る